2003年6月24日、イギリスの王立化学会が衝撃的なプレスリリースを出した。
それは『How to make a Perfect Cup of Tea(一杯の紅茶の完璧な淹れ方)』
王立化学会といえば、 化学の推進を目的としたイギリスの学術機関(専門機関)である。
1980年にイギリス王室の勅許(女王による免許)により、王立化学協会など複数の機関が合併して設立された英国でも随一の専門機関だった。
その王立化学会が研究するほどの紅茶の淹れ方となると、イギリス人でなくとも気になるところだ。しかし、こと紅茶に関してはイギリスほどこだわる国もない。
なぜ、イギリスでは紅茶の文化が発展したのだろうか?
イギリスの緑茶
イギリスに「お茶の文化」が入ってきた当初、イギリス人が飲んでいたのは「緑茶」だった。原産地の中国から輸入したものだったので、当然のことである。紅茶が本格的に広まったのは比較的新しく、200年ほど前のことだ。実際には17世紀の中ごろである。
17世紀のイギリスには海外から色々なものが輸入されていた。国際的な保険市場として有名なロイズ (Lloyd’s)も、当時はコーヒー豆を輸入しており、貿易商や船員とのつながりがあった。それが海事ニュースを発行するサービスへと広がり、やがては保険引き受け業者が集まるようになる。
インドの紅茶も例外ではなく、エリザベス女王Ⅰ世統治下のイギリスでイギリス東インド会社が設立されたことに始まる。1600年のことだ。
1664年、東インド会社が国王であったチャールズ二世に紅茶を献上して以来、イギリスでは紅茶が流行することとなり、当時東インド会社は中国からのお茶を独占的にイギリスに供給することとなった。
これにより、イギリス人は紅茶の味を知ることになる。
紅茶の普及
それまでヨーロッパにはなかった、芳醇な香りと透き通る紅色を持った紅茶に、イギリスの上流階級の人々はたちまち虜になった。なぜなら、当時のヨーロッパには酒類以外に安心して飲める飲料が少なかったからである。
今でもそうだが、水は不純物が混じっていたり、伝染病の原因になることもあり健康に良くない。そのため、飲み物といえば主にビールが飲まれていた。だが、紅茶ならビールのように酔うこともなく、様々な香りと味が楽しめる。イギリスに紅茶文化が芽生えた。
しかし、輸入品だけに当初は高価な贅沢品であり、中流階級や貧しい労働者の間にまで広がるには18世紀の末ごろまで待たねばいけなかった。
それでも、インドの紅茶は特別で、アッサムやダージリンなど代表的な品種も東インド会社により栽培されたものである。
紅茶のグレード
紅茶にもグレードがある。といっても、良し悪しを分ける等級ではなく、茶葉のサイズや形状、見た目に関して付けられるグレード、つまり種類分けのようなものだ。
グレードには大きき分けて3種類がある。用途別に分けられるものが2種類、摘み取った時期で分けられるものが1種類。
まずは、「フルリーフ」。その名の通り、切断されていない状態の茶葉を指すグレードで、茶殻を見ると葉の形がそのまま残っていることが分かる。
枝のどの部分に付いている茶葉なのかを示し、グレードは先端から「ペコ」「オレンジ・ペコ」「ペコスーチョン」がある。「オレンジ・ペコ」は耳にすることも多いが、これ以外は工業用や加工用に使われることが多い。
その他、茶葉を切断したり、砕いた「ブロークン」、粉砕した「ファニングス」といったグレードがある。
また、紅茶の旬による分類もある。
新茶を指す「ファースト・フラッシュ」は強い香りと発行が浅く、色が緑に近いのが特徴だ。
その中でも「セカンド・フラッシュ」、つまり「2番摘み」のものは味や香りのバランスが良く、非常に高品質な茶葉として有名である。
アフタヌーン・ティー
イギリス人の紅茶の楽しみ方で真っ先に思い浮かぶのはアフタヌーン・ティーだ。
しかし、意外にもその歴史は浅く、19世紀の中ごろに始まったとされる。
イギリスにおいてアフタヌーン・ティーの習慣が始まったのは女性向けの社交場であるとともに、夕食の時間帯とされる19~21時頃は観劇やオペラ鑑賞などにあてられるため、夕食前までのつなぎとして食べられていた。
イギリス人にとって紅茶ない一日は考えられない。朝昼晩の食事だけでなく、起床時、午前や午後の休憩時にも紅茶を楽しむ。そのため、アフタヌーン・ティーも午後のお茶というより、ちょっと遅い昼食といった感じであった。
ティースタンドはアフタヌーン・ティーにおける象徴的なアイテムであるが、本来は狭いテーブルや低いテーブル上を有効に活用するために使われる。
食事の順番としては、サンドイッチ、スコーン、ケーキなどのデザート類の順番で食べるのが正しいとされ、サンドイッチも肉ではなくキュウリのみのものだった。
肉は労働者階級が食べるものとされ、新鮮なキュウリを食べることがステータスだったのである。
そのため、サンドイッチ専用のキュウリが栽培されたこともあった。
完璧な紅茶の淹れ方
さて、最後に話を戻して王立化学会が発表した「一杯の紅茶の完璧な淹れ方」について見ていこう。
その内容は以下の通りである。
『紅茶を楽しむために最適な環境を手に入れるため、静かで落ち着きのある自宅のお気に入りの場所で紅茶を飲むための位置を完成させようとする試みは、紅茶のひとときを特別な時間へと引き上げる。最高の結果のためには、あらかじめ冷たい雨がひどく降る中で少なくとも30分は重い買い物袋を担ぎ、犬を散歩させる。この準備は紅茶の味をこの世のものとは思えないものに変える』
※王立化学会正門
いかがだったろうか?
まさに正論だが、これは完璧な「ジョーク」なのだ。
特にイギリス人はエイプリルフールなどのジョークは「すぐに分かるレベル」を好まない。さらに「あれはジョークでした」などという訂正もしない。
「これが事実なのか」「いや、そんなことはない」といって議論することも含めてイギリス人はジョークを楽しむのである。
最後に
由緒ある専門機関がジョークのネタにするほどに、イギリス人と紅茶は切っても切れない存在だと分かった。
もともと世界の様々な食材が集まるイギリスだったからこそ、上流階級に広まり、それが一般市民へと普及してゆく。
イギリス人の紅茶好きには、まさにイギリスというお国柄を表す由来があったのだ。
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