
画像 : 北欧諸国 public domain
ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月24日開始)は、欧州の安全保障環境を一変させた。
特にロシアと地理的に近い北欧諸国において、徴兵制の復活や強化を促す契機となった。
フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマークといった北欧諸国は、冷戦終結後に徴兵制を縮小、または廃止していたが、ロシアの軍事的脅威の高まりを背景に、防衛力強化の一環として徴兵制度の見直しや再導入を進めている。
この動きは、NATO(北大西洋条約機構)との連携強化や、国民全体の防衛意識向上を目指す戦略の一環でもある。
以下、北欧諸国の具体的な動向とその背景を概観する。
フィンランド 「伝統的な徴兵制の維持とNATO加盟 」

画像 : フィンランド軍のレオパルト2戦車 wiki c Vestman
フィンランドは、1300キロメートルに及ぶロシアとの国境を有し、歴史的にロシア(旧ソビエト連邦)との緊張関係を経験してきた。
第二次世界大戦中のソビエト侵攻(冬戦争)以来、国民皆兵の理念に基づく徴兵制を維持しており、18歳以上の男性に7~11カ月の兵役を義務付けている。
女性は志願制だが、参加率は低いものの選択肢として存在する。ウクライナ侵攻後、フィンランドは軍事的中立を放棄し、2022年5月にスウェーデンと共にNATO加盟を申請。2023年4月に正式加盟を果たした。
世論調査では、侵攻直後の2022年2月にNATO加盟支持が53%だったが、3月には62%に上昇し、国民の危機感が強まったことが窺える。
フィンランドの徴兵制は、予備役を含め約28万人の動員力を保持し、欧州でも屈指の軍事力を誇る。
侵攻後の動向としては、既存の徴兵制をさらに効率化し、訓練の質を高める方向性が強調されている。
スウェーデン 「徴兵制復活と男女平等の兵役」

画像 : スウェーデンの立法府 リクスダーゲン wiki c Ankara
スウェーデンは、2010年に徴兵制を廃止し志願制に移行したが、ロシアのクリミア併合(2014年)を機に安全保障環境の悪化を認識。
2017年に18歳以上の男女を対象とした徴兵制を復活させた。
毎年約8000人が徴兵され、兵役は選択制を採用し、適性や本人の意思を重視する「スカンジナビア方式」が特徴だ。
質問票には「軍隊に適性があると思うか」といった項目があり、強制感を軽減している。
ウクライナ侵攻後、スウェーデンはNATO加盟を2022年5月に申請し、2024年3月に正式加盟。
ロシアのバルト海での活動活発化への警戒から、ゴーテンブルグに上陸部隊を再配置するなど、防衛態勢を強化している。
国民の反対は少なく、徴兵制復活は広く支持されている。
ノルウェー 「女性徴兵の先駆者と増強」

画像 : 演習中のノルウェー兵士 wiki c Fredrik Ringnes/Hæren
ノルウェーは、2015年に欧州で初めて女性を徴兵対象に含める法律を施行し、男女平等の徴兵制を確立した。
毎年1万人以上が徴兵検査を受け、約15%が入隊する選択制を採用。ウクライナ侵攻を受け、2024年4月にノルウェーは徴集兵の数を増やす方針を発表。
ロシアとの国境警備を強化し、スキーを履いた兵士が国境をパトロールする姿が象徴的だ。
NATO加盟国として、ノルウェーは同盟内での役割を拡大し、防衛予算の増額も進めている。
徴兵制強化の背景

画像 : NATO加盟国 wiki c Janitoalevic, Patrick Neil
北欧諸国の徴兵制強化の背景には、以下の要因がある。
第一に、ロシアのウクライナ侵攻が示した軍事的脅威の現実性だ。
クリミア併合以降、ロシアはバルト海や北極圏での軍事演習を増やし、北欧諸国は直接的な危機感を抱いた。
第二に、NATOとの連携強化である。
フィンランドとスウェーデンの加盟は、北欧全体の安全保障を、より一体的な集団防衛の枠組みに組み込む動きといえる。
第三に、現代戦の高度化に対応するには、専門性の高い少数精鋭による志願制だけでは不十分だという認識が広まりつつある。
ただし、強制的な徴兵に対する若年層の反発や、人権意識の高まりから、北欧では選択制や柔軟な制度設計が重視される。
課題と展望
徴兵制の復活や強化は、兵力の確保に一定の効果をもたらす一方で、さまざまな課題も浮き彫りになっている。
スウェーデンやノルウェーでは、志願を前提とした選抜制を導入し、個人の意思を尊重する制度を維持しているが、実際に兵役に就く割合は限定的にとどまっている。
一方、デンマークは2026年から18歳以上の女性にも徴兵義務を課す方針を打ち出し、男女平等の実現を図る姿勢を示している。ただし、制度の急速な転換に対しては国民の間に懸念の声もあり、運用面での負担や合意形成の難しさが課題となりつつある。
北欧諸国は、徴兵制度を単なる兵力増強の手段ではなく、国民全体の防衛意識や社会的な結束を高める装置と位置づけている。
ウクライナの事例では、徴兵逃れや不公平感が社会問題化したように、北欧でも公平性や透明性が求められる。
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部
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