海外

10回も暗殺未遂に遭っていた習近平 【ボディーガードの条件とは】

今の時代に暗殺?

現代の暗殺案件といえば、北朝鮮の金正男の暗殺を思い出す方も多いのではないだろうか?

金正男は、マレーシアのクアラルンプール国際空港で突然2人の女性に襲撃された。

猛毒のVXガスを顔に塗られて空港の中でも治療が施されてたが、そこでは治療できないと判断され、搬送されている最中に心肺停止となり死亡が確認された。

実は中国の最高指導者・習近平も、暗殺の危機が幾度もあったという。

10回も暗殺未遂に遭っていた習近平

画像 : 習近平

2012年の就任からの5年間で、少なくとも10回の暗殺未遂があったのである。

健康診断の時に毒を注射されそうになったり、交通事故を仕組まれたこともある。さらに会議室に爆弾を置かれるなど様々な手法で暗殺されかかっていたのだ。

習近平は毛沢東とよく重ねられることがある。

毛沢東に関しては、中華人民共和国の父として盲目的に英雄視している人や、文化大革命を批判し黒歴史とする人もいる。その毛沢東はなんと35回も暗殺未遂に遭遇している。それだけ中国の指導者は危険が多いのである。

習近平は自身だけではなく、側近や妻も何度となく暗殺未遂にあっている。
その度に色々な情報が漏れるのだが、デマも多くその全てが真実というわけでもないようだ。

習近平のボディガード

各国の首脳たちには優秀なボディガードがついているが、習近平も同様である。
習近平の最も身近なボディーガードは中央警備局が管理している。

ボディーガードの人選は非常に厳しい。人数も最初は1組8人だったが12人に増員された。
警備に当たる人物は8種類以上の武器に熟練している必要がある。
同時に両方の手で銃を扱えなければならないという。常に3丁の拳銃を携帯しており、さらに2本の短剣を所持している。

ボディーガードの条件

10回も暗殺未遂に遭っていた習近平

画像 : 警備される習近平

身体的、技術的にも色々な厳しい規定があるボディガードだが、思想的な面も厳しく審査される。

政治上の思想は特に厳しく審査される。習近平と共産党に絶対の忠誠を誓っていなければならない。親族や友人についても詳しく調べられる。

さらに中央警備部での6年以上の審査を経てから、ボディーガードでの採用となるのである。

ボディーガードの基本的な警備方法は以下である。

例えば現場に3人の警備がいたとする。
警備1号は攻撃があった時にまず1番に警護対象に覆い被さる。そして警備2号は敵に最初の打撃を与える。警護3号は周りに他に敵がいないか見極め、適切な対応をする。そして他に敵がいない場合、警護3号はすぐに2号の援護に入るという形になっている。

そして主なボディーガード以外にも周りには多くの覆面警備がいる。厳重な警備の中で習近平は護衛されているのである。

中国では共産党大会が終了したばかりである。今後の動きにも注目したい。

 

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 日本人には馴染みのない 中国圏の変な迷信 「梨を分けてはならない…
  2. 【カンボジアの悲劇】 ポル・ポトという怪物はいかにして生まれたの…
  3. 近年の中東における「中国」の存在感を振り返る ~日本にとって脅威…
  4. 人皮装丁本 ~人間の皮で作られた本が世界で100冊以上存在する …
  5. 【奇跡の鶏マイク】 頭部を失った鶏が、なぜ1年半も生きたのか?
  6. 初めて日本に訪れた台湾人に聞いてみた 「日本の感想」~前編
  7. 台湾の歴史を簡単に解説 「日本と中国との関係」
  8. 旅の参考書「地球の歩き方」が存続の危機!?

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

夜空を焦がす奇祭!京都洛北・花背で体感する「松上げ」の炎と祈り

京都洛北花背で行われる火の祭り平安京の北方を守護する鞍馬寺から、さらに街道を北へ進むと、花背峠を…

『最強の縁切り神社』京都・安井金比羅宮の「縁切り碑」とは

安井金比羅宮(やすいこんぴらぐう)は、京都の祇園・花見小路のほど近くに位置し、縁切り・縁結びの神社と…

武士に憧れた公家・近衛信尹の苦悩【秀吉が関白を奪う原因を作り公家から袋叩きにされ心を病む】

近衛信尹とは近衛 信尹(このえ のぶただ)は、公家でありながら武士に憧れ、豊臣秀吉の朝鮮出兵…

なぜ大名たちは「羽柴」だらけになったのか?豊臣秀吉の苗字支配戦略

豊臣秀吉は、最初の「木下」から最後の「豊臣」に至るまで、生涯の中で五つの異なる名乗りを用いている。…

昭和初期に散った17歳の心中歌姫 〜高輪芳子の短すぎた舞台人生

昭和7年(1932)12月、東京・四谷のアパートで男女の心中事件が発生した。男性は一命を取り…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP