年末が近づくこの時期、世間はもうすっかりクリスマスムードだ。
大人たちが日々忙しさに追われる中、幼い子供たちはある1人の老人が自分の元に来てくれることを心待ちにしている。
その老人とはもちろん、「サンタクロース」のことだ。
サンタクロースには、モデルとなった人物がいることをご存じだろうか。その人の名は「聖ニコラウス」、または「ミラのニコラオス」、「ミラの聖ニコラオ」とも呼ばれている。
今回は聖人・聖ニコラウスの伝承や、サンタクロースの起源についても解説しよう。
聖ニコラウスとは
聖ニコラウスは正教会において、キリスト教的生活を体現した聖人として崇められる人物だ。
正式な呼び名は「ミラ・リキヤの大主教奇蹟者聖ニコライ」であり、今も世界中で篤く崇敬されている。
西暦300年前後に実在した神学者であり、小アジア南西部のリュキア地方にあった古代都市ミラ(現在のトルコ・アンタルヤ県デムレの近く)で大主教を務めた人物でもある。また死後に遺体がイタリアのバーリに移されたことから、「バーリのニコラウス」と呼ばれることもある。
聖ニコラウスの記憶日は命日である12月6日と、聖遺物となった遺体がイタリアに移された12月19日の年2回とされている。
毎週木曜日に行われる祈りの儀式においては、数多の聖人の中でも特に重視される人物でもあるのだ。
聖ニコラウスの伝承
聖ニコラウスにまつわるエピソードは数多く、どの話からも彼がいつでも弱き者たちの味方であったことが読み取れる。さらに彼は善行を施したことを他人に知られたくない類の人物であった。
ここで聖ニコラウスの伝説を2つ紹介しよう。
1つ目は、3人の少女を売春の危機から救った話だ。
まだ司祭だった頃のニコラウスはある日、貧しさに困窮して娘たちを身売りさせなければならなくなった商人一家が近所にいることを知る。
その家族を哀れに思ったニコラウスは、人目を忍び真夜中にその家を訪れ、窓から金貨を投げ入れた。この金貨のおかげで娘たちは身売りをしないで済んだ上に、長女は無事に結婚までできた。
家族の父親は大いに喜び、金貨を投げ入れた人物を突き止めようとして、また窓から金貨を投げ入れようとしていたニコラウスを見つけた。慈悲深いニコラウスの足元にひれ伏し感謝の涙を流す父親に、ニコラウスは自分が行ったことを他人に教えないよう伝えたという。
この伝説は、「サンタクロースは夜中がこっそり家に忍び込んでプレゼントを置いていく」という話に繋がっている。
もう1つは、彼が子供の守護聖人と呼ばれる所以になった伝説である。こちらの話は金貨の話よりも内容がいささか衝撃的だ。
ある日、3人の幼子が肉屋に泊めてもらうことになる。しかし肉屋はあろうことか子供たちを殺し、その死体を解体して食用の塩漬けのようにしてしまった。
それから7年後、近くを通ったニコラウスもその肉屋に泊まった。ニコラウスは夕食に「7年前に塩漬けにした肉」を望んだ。肉屋の主人は自分の悪事がばれたことに驚き逃亡するが、ニコラウスは肉屋の罪を悔い改めさせた。
その後、ニコラウスが子供たちの肉片が塩漬けにされた桶に3本の指をかざし声をかけると、3人の子供たちが復活するという奇跡が起きたという。
このエピソードは日本ではあまり馴染みがないが、中世ヨーロッパでは人気のある逸話だったため、多くの画家が宗教画のモチーフにした。
サンタクロースの起源
日本ではイベント扱いのクリスマスだが、キリスト教においては「神の御子の生誕日」という最も重要な日なのだから、サンタクロースのモデルがキリスト教における聖人であることに違和感はない。
だがしかし、なぜトルコ地方出身の聖人が、北国に住むサンタクロースの起源となったのだろうか。
聖ニコラウスは「子供の守護聖人」でありながら、「海運の守護聖人」でもある。そのため海運が盛んなオランダや隣国のドイツ、ベルギーでは古くから崇敬されていた。そしてオランダ語で聖ニコラウスは「シンタクラース」と呼ばれる。
オランダには11月の終わりになるとシンタクラースが蒸気船に乗って来航し、12月6日の記憶日に行われるシンタクラース祭まで白馬に乗って各地を練り歩くという風習がある。その時に人々は祭日を祝いプレゼント交換を行うのだ。
17世紀に入り、アメリカに入植してきたオランダ人がシンタクラースにまつわる風習を伝えたことから、シンタクロースが英語訛りとなりサンタクロースという名前が生まれた。
そして現代まで続くサンタクロースの、白髭をたくわえて白い毛皮で縁取りされた赤い帽子と服をまとう恰幅の良い老人というイメージは、アメリカのコカ・コーラ社の商業的なイメージ戦略によって決定づけられたのだ。
そのため古来から聖ニコラウスを崇敬していたヨーロッパ諸国には、日本人がイメージするサンタクロースの外見とは異なるサンタクロースが多数見られる。
たとえばロシアのサンタクロースといわれるジェド・マロースは青い服を着ている。
ドイツのサンタクロースは聖職者の格好をして、クネヒト・ループレヒトという悪い子供をこらしめる同伴者を連れて現れるのだ。
もうすぐクリスマス
読者の皆さんは、サンタクロースに対してどのような印象を持っていただろうか。日本では時に大人が作り出した商業主義の権化といわれてしまうサンタクロースも、由来を調べてみると実に興味深いものだった。
子供の守護聖人である聖ニコラウスも、まさか後世の極東の国で子供に言うことを聞かせるための釣り餌のように扱われる未来は予想していなかったかもしれない。
サンタクロースの弟子となった親たちは今年も愛情と期待を添えて、安らかに眠る子供たちの枕元にプレゼントを置くだろう。
しかし慈悲深き聖ニコラウスなら、愛する子供の躾に悩む親たちの必死の策略を、赦してくれるのではないかと期待してしまう今日この頃である。
参考文献
葛野 浩昭『サンタクロースの大旅行』
ジョゼフ・A. マカラー『サンタクロース物語: 歴史と伝説』
賀来 周一『サンタクロースの謎』
『世界大百科事典 [2007年] 改訂新版』
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