『750年前の南宋時代ちまきが発掘』 端午の節句「ちまき」の起源とは

端午の節句

端午の節句「ちまき」の起源とは

画像 : 粽(ちまき) wiki cc Miuki

筆者が在住する台湾では、端午の節句に「ちまき」を食べる風習があるが、日本のそれとは少し異なる。

台湾のちまきには、様々な具材がもち米の中に包まれているのだ。各家庭や各団体でちまきを作るイベントが開催され、この時期には飽きるほどちまきを台湾人からもらうことが多い。

「味が違うから、うちのも食べてみて!」と言われることが多いが、結局は同じ味にも思えてしまう。それはおそらく筆者が醤油をかけて食べるからだろう。台湾のちまきには、豚肉、栗、卵黄、エビ、ピーナッツなど、様々な具材が入っている。

今回は、このちまき(中国語では「粽子」と呼ばれる)の起源と、750年前のちまきの発掘について紹介したい。

ちまきの起源 ~楚の国

端午の節句「ちまき」の起源とは

画像 : 春秋時代、中原を窺う大国楚国の図 wiki cc 玖巧仔

幾千年前の中国、戦国時代に(そ)という国があった。

楚国には多くの大臣がいて、楚の王である懐王に様々なアドバイスをしていた。その中に屈原(くつげん)という大臣がいた。

屈原は名門出身の優秀な政治家で、詩人でもあり、楚国を愛していた。

端午の節句「ちまき」の起源とは

画像 : 楚の屈原(清代) public domain

屈原は、秦の張儀の謀略を見抜き、懐王がその策略に踊らされようとしていることを必死で諫めたが、懐王はそれを受け入れなかった。この状況に絶望した屈原は、楚国の将来に希望を見出せず、自らの命を絶つことを決意した。

屈原が楚国の滅亡を遠い地で聞いたのは5月5日の端午のことだった。悲しみに暮れた屈原は、石を体に括りつけて汨羅江に身を投げた。
そのことを知った人々は必死で川を探したが、ついに屈原の遺体を見つけることはできなかった。

そこで住民たちは「魚が屈原の体を傷つけないように」と、川に葉で包んだ米を投げ入れた。

これが後に「端午の節句」の起源となったと言われている。

この風習は、屈原の忠誠心と愛国心を偲び、彼の精神を受け継ぐものとして今なお続いている。

750年前、南宋時代のちまき

1988年、中国江西省徳安県で南宋時代の墓から、750年前のちまきが発掘された。

この墓の主は1274年に亡くなった周氏という女性であり、発掘時には右手に40センチの桃の枝を持ち、その先に2個のちまきが結びつけられていたという。

発見されたちまきは、長さ6センチ、幅3センチの菱形で、葦の葉で包まれ、麻の紐で結ばれていた。保存状態は非常によく、宋時代のものであることが判明した。現代のちまきとほとんど変わらないその姿は、歴史的な食文化の継承を物語っている。

専門家の推測によると、墓の主はちまきを食べるのが好きで、端午の節句を迎える前に亡くなったため、家族が哀悼の意を込めてちまきを一緒に埋葬したのではないかと考えられている。

ちまきには塩辛いものと甘いものがあり、宋時代にはどちらが食べられていたのかが気になるところである。現代の塩辛いちまきは明の時代から始まったとされ、それ以前は甘いものが主流であったという。このことから、宋時代のちまきは甘いものであった可能性が高い。

しかし、このちまきは一度解いてしまうと元に戻すことができないため、その中身は永遠の謎として残ることとなった。

博物館では、透明な長方形のケースに展示され、その神秘を保ちながら多くの訪問者の関心を引いている。

最後に

筆者が住む台湾では、端午の時期になると市場にはちまきの材料が豊富に並ぶ。

最近では、お店に注文する人も増えているが、それぞれの店で味が異なるため、主婦の間では「ちまき討論」が盛んに行われている。筆者は特にこだわりはないので、提供されるちまきをありがたくいただくだけだが、大量のちまきが冷凍庫を占拠することになる。

それでも、ちまきを食べるたびにその歴史と文化に思いを馳せ、感慨深い気持ちになる。ちまきに込められた家族の愛や歴史の深さを感じながら、これからもこの伝統を大切にしていきたいと考えている。

参考 : 世界最古老的粽子 封存750年內餡是甜是鹹

 

アバター

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Audible で聴く
Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. ジュディ・ガーランドの波乱すぎる生涯【オズの魔法使いのドロシー】…
  2. シャネルの創設者、ココ・シャネルについて調べてみた
  3. ベルリンの壁は東西ドイツを分断した壁ではなかった
  4. 【2個の子宮を持つ女性】 男児出産からわずか26日後に双子を出産…
  5. 戦闘民族 マオリ族の歴史 【タトゥーは身分証明だった】
  6. 台湾で起こったクジラ爆発事件 「悪臭が数ヶ月続く」
  7. 5000年前の集団墓地から判明した 「新石器時代の悲劇の痕跡」
  8. 自分のドッペルゲンガーを目撃して亡くなった人々

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

【横浜中華街】 媽祖廟の御祭神・媽祖(まそ)とは? 「実在した海の守り神の伝説」

横浜中華街の一角に鎮座する媽祖廟(まそびょう)。関帝廟と並ぶ観光名所として、多くの人々が参詣…

誕生日石&花【7月21日〜30日】

他の日はこちらから 誕生日石&花【365日】【7月21日】直感力と洞察力に優れる。好奇心に溢…

矢部禅尼は、北条政子に次ぐゴットマーザーか? 「三浦氏の血を存続させた北条泰時夫人(初)」

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の主人公、北条義時の息子・泰時の夫人(初)は、夫より賢く、洞察力が…

意外に残念に感じた、京都の観光名所 5選

四季を問わず観光客に人気の街「京都」。寺社仏閣が街中に点在し、世界的に有名な観光スポット…

中世ヨーロッパの迷信的な治療法 「トレパネーション、水銀風呂、ミイラの粉」

医療は人類の歴史とともに進化してきましたが、その過程には、現代では信じられないような医療行為や治療法…

アーカイブ

PAGE TOP