
画像:暫定大統領になったデルシー・ロドリゲス。ベネズエラの未来は彼女が握っている public domain
マドゥーロ大統領がアメリカ軍による軍事作戦で拘束され、政権の空白が生じる中、ベネズエラ最高裁は副大統領のデルシー・ロドリゲスを暫定大統領に指名しました。
マドゥーロ大統領の拘束直後、暫定大統領に指名された彼女は、トランプ政権を激しく批判していました。
アメリカの行動を「野蛮行為」と断じ、その目的は「我々のエネルギー資源の奪取だ」と言い放っています。
しかし1月4日夜(現地時間)、彼女の態度は一変しました。
「私たちの国民と地域に必要なのは、戦争ではなく平和と対話です」
トランプ大統領宛ての声明で、対話と関係改善に向けたメッセージを出し、トーンを軟化させたのです。
なぜ彼女は、わずか1日で態度を変えたのでしょうか。
そしてトランプ大統領は、ノーベル平和賞を受賞した民主化運動のリーダー・マチャド氏ではなく、なぜ独裁政権の副大統領をパートナーに選んだのでしょうか。
その背景には、チャベス派(※)という「首なき体」の存在があります。
※チャベス派とは、前回の記事で触れたウゴ・チャベス前大統領の政治理念を継承する勢力。「21世紀の社会主義」を掲げ、石油収入を原資とした福祉政策と反米路線を特徴とする。チャベスの死後、マドゥーロがその後継者として政権を引き継いでいる。
チャベス派という「首なき体」〜マドゥーロ拘束後も残る権力構造

画像:ベネズエラの英雄でもあるウゴ・チャベス前大統領 public domain
今回のアメリカによる「斬首作戦」で重要な点は、マドゥーロという「首」が失われても、チャベス派という「体」は依然として残っているという事実です。
マドゥーロ個人のカリスマ性に依存した独裁体制ではなく、マドゥーロ政権は複数のチャベス派有力者による集団指導体制でした。
政権の実務を担っていたのは、デルシー・ロドリゲス副大統領と、その兄ホルヘ・ロドリゲス国会議長です。
二人は内政と外交の中枢を掌握し、政策の立案から実行まで幅広く関与しています。
チャベスの後継者としてマドゥーロは大統領の座に就きましたが、ただの「看板」に過ぎなかったと見られています。
だからこそマドゥーロが拘束されて数日が経過しても、ベネズエラ国内の統治機構は表面上、何も変わらない状態が続いているのです。
チャベス派政権が瓦解したわけでは決してありません。
ここにトランプ政権が直面する課題があります。
一人の独裁者を排除すれば政権が崩壊するという単純な構図ではなく、首から下の身体、つまりチャベス派の権力構造を解体しなければ、真の政権交代は実現しないという形です。
軍を繋ぎ止めた利益供与の仕組み

画像:兵員約34,000人を擁するベネズエラ陸軍 public domain
なぜマドゥーロ政権はこれほどの経済破綻を起こしながら、12年以上も存続できたのでしょうか。
その答えは軍幹部への利益供与にあります。
国営石油会社の社長職は、本来であれば石油産業の専門家が就くべきポストです。
ところがマドゥーロは、軍人を要職に任命しました。石油産業の知識がない軍人が経営するのですから、生産性が低下するのは当然です。
そして、軍人にとっては巨額の資金が動く国営企業のトップに就くことで、莫大な利益を得る機会が生まれました。
食料配給のポストも同様です。国民が飢えている中で、食料の配分を決める権限は絶大な力を持ちます。
軍幹部はこうした要職を握ることで、合法・非合法を問わず私腹を肥やすことができました。
さらに重要なのは、軍幹部の多くが人権侵害や麻薬取引に手を染めていたという事実です。
国連人権高等弁務官事務所などは、治安当局による強制捜査の過程で多数の死者が出ていると繰り返し懸念を示しており、年次によっては1年間で3000人から5000人規模の死亡が報告されています。
さらに、治安回復作戦を名目に特殊部隊がスラム街へ突入し、住民が死亡する事例も指摘されています。
反政府派の抗議行動に参加しただけで逮捕される若者もおり、未成年者を含む900〜1000人規模が政治犯として拘束されているとの集計もあります。
拷問も日常的に行われており、肉体的・精神的・性的な虐待が報告されているため、軍幹部たちは政権交代すれば、自分たちが裁かれることを理解しています。
国際刑事裁判所(ICC)や人権団体からの追及を逃れるには、チャベス派政権を維持し続けるしかなく、汚職と人権侵害への関与が、逆説的に彼らをマドゥーロに縛り付けているのです。
デルシー・ロドリゲスという「取引材料」
マドゥーロ拘束後に行われたトランプ大統領の記者会見では、多くの人が驚愕する展開がありました。
前述したようにマドゥーロ拘束を受けて、ベネズエラ最高裁が副大統領のデルシー・ロドリゲスを暫定大統領に任命しました。
そしてトランプ大統領は彼女と協力してベネズエラを「運営する」と表明し、政権移行を管理する意向を示したのです。

画像 : エドムンド・ゴンサレス 欧州議会 CC-BY-4.0
2024年の大統領選挙で野党側候補として担がれたエドムンド・ゴンサレスではなく、ノーベル平和賞を受賞し、民主化運動の象徴となったマリア・コリーナ・マチャドでもありません。
独裁政権の副大統領、それもマドゥーロの最側近が選ばれたのです。
トランプ大統領の選択は、一見すると矛盾に満ちています。
マドゥーロは選挙で敗北したにもかかわらず、就任を強行したため「正当な大統領ではない」とトランプ大統領は、主張してきました。
その論理に従えば、正当でない大統領が任命した副大統領も、正当性を欠くはずです。
それにもかかわらず、なぜデルシーが選ばれたのでしょうか。
正当性ではなく有用性
その答えは「正当性」ではなく「有用性」にあると考えられます。
移行期における最大の課題は、チャベス派の残存勢力を説得し、政権から離脱させることです。
軍幹部や政府高官の多くは、汚職や人権侵害に深く関与しています。
政権交代後に裁かれることを恐れ、最後まで抵抗する可能性が高いため、関係者を説得して恩赦と引き換えに政権を去らせるか、あるいは亡命を促して国外に出すか、いずれにせよ繊細な交渉が必要になります。

画像:昨年、ノーベル平和賞を受賞したマリア・コリーナ・マチャド。彼女に出番は回ってくるのか public domain
ノーベル平和賞を受賞したマリア・コリーナ・マチャドは、民主主義のシンボルとして「綺麗すぎる」ため、人権侵害の加害者たちと交渉のテーブルに着き、取引をするには彼女の立場はあまりに高潔といえます。
さらに民主化運動を率いてきた彼女が、独裁者の協力者たちに恩赦を与えることを支持者は許さないでしょう。
一方、デルシー・ロドリゲスは違います。
彼女は長年、チャベス派の中枢におり軍幹部たちと行動を共にし、政権運営の裏側も知り尽くしています。
だからこそ、彼らとの交渉ができると判断されたのです。
行政機構を回し続けるための選択
デルシーの役割には、もう一つ重要な側面があります。
移行期においても、国家の行政機構は機能し続けなければなりません。
電気、水道、食料配給、治安維持といったシステムが停止すれば、大規模な混乱が発生します。
マチャドは行政経験が十分とは言い難く、現在も表立った活動が難しい状況にあります。
エドムンドも同様に、政権の外に長年いました。
二人ともベネズエラの官僚機構をどう動かせばよいのか、実務レベルでは把握していない可能性があります。
対照的にデルシーは、副大統領として実際に政権を運営してきました。
「新しい人物が突然トップに立つよりも、既存のシステムを活用した方がスムーズに運営できる」とアメリカは考えたのでしょう。
トランプ流「ディール」の論理

画像 : ベネズエラ・ボリバル共和国の暫定大統領に就任したデルシー・ロドリゲス(2026年1月5日) Presidencia de Venezuela Public domain
トランプ大統領にとって重要なのは、理念や正当性ではなく「ディール」であり、実際に機能するかどうかです。
デルシーに与えられたミッションは明確でした。
・行政機構を機能させ続けること。
・チャベス派の体制を解体すること。
この二つが達成されれば、移行期の「地ならし(フェーズ1)」は完了します。
そして「もう大丈夫だ」という段階に達して初めて、民主主義の正当性という「綺麗な世界の話」が始まるという計算です。
選挙が実施され、ゴンサレスとマチャドが表舞台に立つのは「フェーズ2」であり、今はまだ「フェーズ1」に過ぎない。
トランプ政権はそう考えていると見られます。
デルシーは従うのか、裏切るのか「第2波」という警告
ただし、デルシー自身の思惑は別問題です。
彼女が本当にトランプ政権の期待通りに動くかどうかは、まったく保証されていません。
彼女には独自の権力基盤があります。
兄のホルヘ・ロドリゲスは国会議長であり、チャベス派の中でも強い影響力を持つ人物です。
デルシーは「はい、何でもします」と表面上は従いながら、実際には時間稼ぎをする可能性もあります。
その間にイランやロシア、あるいは他の国々に支援を求めるかもしれません。チャベス派の残存勢力を結集し、反撃の機会をうかがう可能性も否定できないのです。
だからこそ、トランプ大統領は記者会見で明確なメッセージを発しました。
「今回の作戦は大成功だったから、第2波はないと思う。けれどももし第2波が必要になることになったら、第2波は第1波を遥かに超える大規模な波になる」
続いて登壇したマルコ・ルビオ国務長官も、念を押すように語っています。
「トランプ大統領は有言実行の人だよ。言ったことは絶対実行する」
二つの発言は、デルシーに向けられた警告に他なりません。
サボタージュをしてチャベス派の延命を図るような動きを見せれば、本格的な軍事作戦が待っていると告げているのです。
今、デルシーは究極の選択を迫られています。
トランプ政権に協力してチャベス派を解体するのか、それとも時間稼ぎをして抵抗を試みるのか。
彼女の選択が、今後のベネズエラを大きく左右することになるでしょう。
【参考文献】
坂口安紀(2021)『ベネズエラ――溶解する民主主義、破綻する経済』中央公論新社.
坂口安紀(2025)「ベネズエラ 2024 年大統領選挙―何が起こり、なぜ政権交代につながらなかったのか」『ラテンアメリカ・レポート』Vol. 42, No. 2, pp.25-40
文 / 村上俊樹 校正 / 草の実堂編集部
























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