宗教

『七福神の大黒様』 実は死神だった ~なぜ商売繫盛の神になった?

『七福神の大黒様』

画像 : (千葉県市川市大野町 本光寺)の金大黒天 wiki c 尾藤宏明

七福神のメンバー「大黒様」といえば、打ち出の小槌を持ったふくよかな顔立ちで、豊穣の神さまとして商売繫盛・金運を高めてくれることで有名です。

こんな温和なイメージの大黒様ですが、もともとは「死神」だったことをご存知でしょうか。

今回の記事では、そんな物騒な神様だった大黒様がどのようにして現在の姿に落ち着いたのかを見ていきます。

温和な表情の大黒様は、実は死神だった

ヒンドゥー教では「マハーカーラ」と呼ばれる神様がいます。

これは直訳すると「大いなる黒いもの」つまり「大黒」です。

『七福神の大黒様』

画像 : マハーカーラ(12世紀、ルービン美術館収蔵) public domain

大黒様は「温和で人を助けてくれる神様」というイメージがありますが、実は「カーラ」という言葉の意味は「死神」。

マハーカーラは破壊神シヴァの別名のひとつで、シヴァ神が世界を灰にする時「マハーカーラ」、つまり「大黒様」になるとされているのです。

大黒様はもともと戦闘や破壊、冥府といったイメージが強い神様であり、破壊神・戦闘神として闘いを続ける神様なのです。
私たちが想像する柔和な顔の大黒様とは、かなりかけ離れています。

実際、インドやネパールでは鬼のような怒った顔をして描かれていることが多く、手に武器を持っていたり、ドクロの装飾品をつけていたり…とかなり怖い印象で描かれています。

『七福神の大黒様』

画像 : マハーカーラ public domain

こんな物騒な神様でしたが、仏教は仏の教えを守る「護法神」として取り入れました。

大黒様は「仏教の神様」と考える方が多いと思いますが、ヒンドゥー教から仏教へと移り変わった結果、仏教の神様になったというわけです。
仏教は懐が深く、異国の神様であろうとすべて柔軟に取り入れてしまうところが面白いですね。

恐ろしい怒った表情をしている大黒様はこうして仏教に取り入れられましたが、インドでもただ怖い神様として祀られたというわけではなく、なぜか台所に置物や像が置かれ、「台所の神様」としても祀られたと言われています。

そして大黒様の信仰は中国へと渡り「台所の神様」「戦闘を司る神様」というイメージが薄くなってから、平安時代に日本にやってきたのです。

しかし、日本では長らく「仏教」と「神道」の区別が明確にされていませんでした。

そのため、大黒様を始めとした七福神は、寺と神社の両方で祀られることになります。

大国主命と同一視されるようになる

そして中世以降、大黒様はまた新たな解釈がされるようになりました。

「ダイコク」という音が同じことから「大国」と混同されるようになったのです。

「大国」は「オオクニ」と読むとピンとくる方もいるかもしれません。
そう、「大国主命(オオクニヌシノミコト)」です。

画像 : 出雲大社にある、大国主神の銅像。 wiki c Flow in edgewise

大国主命といえば「因幡の白兎伝説」が有名です。

また、日本神話では国を造る大偉業を成し遂げた国津神(地上で生まれた神さまのこと)を代表する神様として描かれています。

大国主命は、ヤマタノオロチを退治することで有名な 素戔嗚尊(スサノオノミコト)の子供、もしくは6代目の子孫とされています。

国造りという大偉業を成し遂げるも、天照大御神(アマテラスオオミカミ)が「作った国をこちらによこせ」と言い出し、大きく抵抗することなく国を譲ったという賢明な神様です。

「ダイコク」という音が同じこと、そして神道の神さまたちは、実は様々な仏さまたち(菩薩や天部なども含む)が姿を変えて現れたとする本地垂迹説の考え方から、大国主命と大黒様は同一人物と考えられるようになり、信仰を広げていったのです。

さらに大国主命が燃え盛る火の中で、ネズミに脱出口を教えてもらったおかげで助かったという神話から「ネズミ」つまり「(ね)」の神信仰とも結びつきました。

現在でも関東地方を中心に多く見られる「子」の神社では、大国主命と一緒に大黒様が祀られていますが、こういった理由から来ているのです。

七福神のメンバーに加入したことで現在の姿に

画像 : 七福神 public domain

そして、私たちにとってなじみ深い神さまである「七福神」の一人となったことで、大黒様は知名度を爆発的にアップさせ「商売繁盛の神様」として恵比寿さまと共に、家庭でも祀るようになったのです。

ちなみに大黒さまと恵比寿さまは、ほぼセットで祀られていますが、実はこの二人は親子関係という設定です。

大黒様は大国主と同一視されるようになった」と前述しましたが、この大国主の息子に当たる事代主(コトシロヌシ)という神様が、恵比寿さまのモデルになったとされています。

色々な変遷を経て、現在の姿に落ち着いたというわけですね。

おわりに

「財福の神様」というイメージの大黒様ですが、意外な歴史を持っていたことが分かりました。

インドでは恐ろしい表情をした死神である大黒様は、日本にやってきて性質が変わり表情も柔和になったのです。

私たちが思い浮かべる「大黒様」は、日本独特の姿なのです。

参考 :
目からウロコの日本の神様 著:久保田裕道

 

アバター

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. トリノの聖骸布「浮かび上がるのは嘘か、真か」
  2. 暦(こよみ)の歴史について調べてみた(ユリウス暦 グレゴリオ暦)…
  3. なぜ明治時代に「人物を祀る神社」が急増したのか?政府の狙いと選ば…
  4. 「いけばな発祥の地?」京都・六角堂に伝わる聖徳太子の伝説と華道の…
  5. 『狛犬だけじゃない』狛猫・狛カエル・狛ウサギ〜ユニークな狛〇〇に…
  6. お墓・埋葬の歴史と現代のお墓事情について説明
  7. 聖槍「ロンギヌスの槍」の魔力に魅せられた権力者たち 【ナポレオン…
  8. 【カトリック, プロテスタント, 正教会】キリスト教宗派の違い

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

楊貴妃の悲劇的な最後【傾国の世界三大美女】

楊貴妃(719年~756年)は、中国の唐王朝第九代皇帝・玄宗の妃です。絶世の美女とし…

今川義元は本当に暗君だったのか調べてみた

はじめに戦国武将は現代ではアニメやゲームなど様々なメディアで取り上げられ、どの武将も現実よりかな…

明治まで「天皇の諡号」を送られなかった淳仁天皇とは 【淡路廃帝】

第47代淳仁天皇(じゅんにんてんのう)は、第46代孝謙天皇(こうけんてんのう)との対立が影響…

服部正成 ~半蔵門の由来となった二代目服部半蔵

槍の遣い手の二代目半蔵服部正成(はっとりまさなり)は江戸城の半蔵門にその名を遺した徳川家…

豊臣秀吉の「種なし説」は本当か? 〜秀吉公認の浮気で秀頼は生まれた説

天下人であった豊臣秀吉は、なかなか跡取りに恵まれなかったが、そもそも「種なし」だったという説…

アーカイブ

PAGE TOP