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「大和国一宮 大神神社」 三輪山を御神体に、原始の信仰を伝える日本最古級の名社【日本全国神社紀行】

三輪山をそのまま御神体とする神社

画像:古くから神の山として信仰を集める三輪山。(撮影:高野晃彰)

画像:古くから神の山として信仰を集める三輪山。(撮影:高野晃彰)

大和国一の宮の格式を誇る大神神社(おおみわじんじゃ)は、奈良県北部・奈良盆地の東北部に位置する標高467.1mの美しい円錐形の山・三輪山そのものを御神体とする神社です。

同社は、拝殿から三輪山自体を神体として仰ぎみる原始神道の形態を今でも色濃く残し、他の神社にみられる本殿がありません。拝殿と禁足地の間には、三つの明神形鳥居を一つに組み合わせた古い形式を伝える三輪鳥居(国重文)があり、ここが人と神との境となっています。

その三輪山は、縄文時代・弥生時代から自然物崇拝を行う原始信仰の対象であった信仰の山。山中には今でも数多くの巨石遺構祭祀遺跡が残ります。

実は三輪山は、江戸時代以前は禁足の山として厳しい入山規制が敷かれていました。

現在は「入山の心得」を遵守すれば特別に登山が許可されます。三輪山登拝口は、後述する摂社・狭井神社の境内にあります。

画像:狭井神社境内にある三輪山登拝口。(撮影:高野晃彰)

画像:狭井神社境内にある三輪山登拝口。(撮影:高野晃彰)

とはいえ、三輪山への登拝はあくまで「お参り」が主眼。

観光・登山・ハイキングとは異なることに十分留意し、敬虔な心で入山することが大切です。

そして、山中では水分補給以外の飲食、写真撮影なども一切禁止であることを理解しましょう。

祭神は、大国主神の和魂・大物主大神

画像:大神神社拝殿。(撮影:高野晃彰)

画像:大神神社拝殿。(撮影:高野晃彰)

大神神社の主祭神は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)で、大己貴神(おおなむちのかみ)少彦名神(すくなひこなのかみ)を配祀します。

大己貴神は、大黒様としても知られる大国主神と同一神です。このことについては、『日本書紀』にこんな記述があります。

大己貴神が少彦名神とともに国造りを行っていたところ、少彦名神は国造りなかばで常世に遷ってしまった。

大己貴神が「これからどのようにして国造りを行えばよいのか」と嘆いたところ、海原を照らして神が現れた。その神は大国主の幸魂・奇魂(和魂)であり、三輪山に祀れば国造りに協力するといった。この神こそ、三輪山に鎮まる大物主大神である。

画像:大神神社二の鳥居。(撮影:高野晃彰)

画像:大神神社二の鳥居。(撮影:高野晃彰)

このように、大神神社の祭神は、国造りの神様として、農業・工業・商業など全ての産業開発、 方除(ほうよけ)・治病・造酒・製薬・禁厭(まじない)・交通・航海・縁結びなど、世の中の幸福を増し進めることを計られた、人間生活の守護神として尊崇されているのです。

初期ヤマト政権と密接な結びつき

画像:二の鳥居から拝殿への参道は厳かな雰囲気が漂う。(撮影:高野晃彰)

画像:二の鳥居から拝殿への参道は厳かな雰囲気が漂う。(撮影:高野晃彰)

『記紀』などの文献による大神神社の創建は、崇神天皇7年に、大田田根子に大物主大神を祀らせたのが始まりと記されます。

大田田根子は、大物主大神と活玉依毘売の間に生まれた男子で、三輪氏の祖とされる人物です。

画像:大田田根子を祀る摂社若宮神社。(撮影:高野晃彰)

画像:大田田根子を祀る摂社若宮神社。(撮影:高野晃彰)

ただ、三輪山が原始より信仰の対象であったことを考えれば、その起源は紀元前後まで遡れる可能性が高いのではないでしょうか。

では、なぜ『記紀』に崇神王朝との密接な結び付きが記されているかというと、やはり初期ヤマト政権が三輪山の周辺、いうなれば纏向エリアに宮=本拠を構えていたこと。さらに、崇神王朝が邪馬台国を引継いだ政治基盤であった可能性があることによると考えられます。

それは、以前の記事で『箸墓伝説』をもとに

箸墓古墳の主・倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめ)は誰だ? その正体を検証する
https://kusanomido.com/study/history/japan/yayoi/73964/

で考察したように、崇神天皇が従来の邪馬台国の鬼道から、出雲系の大物主大神による神道に乗り換えたからではないでしょうか。

崇神天皇が大物主大神を祀るきっかけとなったのは、国中に疫病が流行し、死者が増大したことでした。

この直前に崇神天皇は、大殿に祀っていた天照大神倭大国魂神の二柱の勢いを恐れ、ともに暮らせなくなったといいます。

画像:崇神天皇が天照大神の神霊を遷したとされる檜原神社。(撮影:高野晃彰)

画像:崇神天皇が天照大神の神霊を遷したとされる檜原神社。(撮影:高野晃彰)

天皇は、天照大神を大神神社摂社の檜原神社(ひばらじんじゃ)に祀り、倭大国魂神を大和神社(おおやまとじんじゃ)の地に遷します。

檜原神社が元伊勢の一つに数えられるのはこのためで、大神神社は、その後は朝廷から深く崇拝され、『延喜式神名帳』では名神大社に列したのです。

筆者おすすめの参拝方法とめぐり方

画像:樹齢500年と伝わる巳の神杉には参拝者が卵とお酒を供える。(撮影:高野晃彰)

画像:樹齢500年と伝わる巳の神杉には参拝者が卵とお酒を供える。(撮影:高野晃彰)

大神神社はとてもアクセスが良い神社です。

鉄道ならJR奈良駅から、JR万葉まほろば線で約35分。車なら奈良市内からおおよそ40分。

巨大な一の鳥居を潜ると、参拝者専用の大きな無料駐車場があるので便利です。

画像:高さ32.2m・柱間23mの偉容を誇る日本一の大鳥居。(撮影:高野晃彰)

画像:高さ32.2m・柱間23mの偉容を誇る日本一の大鳥居。(撮影:高野晃彰)

三輪駅・駐車場ともに境内入り口の二の鳥居まで徒歩約5分ですが、筆者はいずれの場合も、参道沿いにある今西酒造 参道店で、生卵と小瓶のお酒のお神酒セットを2個購入してから参拝します。

先ずは、白蛇が棲むという樹齢500年の巳の神杉に、お神酒セットをお供えし、拝殿で大物主大神に祈り、緑に包まれる小径を歩いて摂社の狭井神社に向かいます。

画像:病気平癒の神様として信仰が篤い狭井神社。(撮影:高野晃彰)

画像:病気平癒の神様として信仰が篤い狭井神社。(撮影:高野晃彰)

狭井神社は、三輪の神様の荒魂・少彦名神を祀ります。その力強いご神威から病気平癒の神様として信仰が篤い神社です。

ここでもお神酒セットをお供えし、祈願した後に、万病に効くという薬水が湧き出る薬井戸で、ご神水をいただいてから駅または駐車場に向かいます。

画像:狭井神社に湧く薬井戸。(撮影:高野晃彰)

画像:狭井神社に湧く薬井戸。(撮影:高野晃彰)

大神神社には摂社・末社がたくさん鎮座します。

狭井神社に向かう途中には、崇神天皇に召され、三輪の神様にお供えする酒を造った高橋活日命をまつる活日社(いくひしゃ)、岩をご神座として少彦名神を祀る磐座社(いわくらしゃ)が鎮座。

画像:大神神社から狭井神社への途中に鎮座する磐座社。(撮影:高野晃彰)

画像:大神神社から狭井神社への途中に鎮座する磐座社。(撮影:高野晃彰)

また、狭井神社から駐車場に向かう途中にも、智恵の神様で、受験合格・学業向上の霊験あらたかな久延彦神社(くえひこじんじゃ)、大物主大神の子・大田田根子を若宮として祀る大直禰子神社(おおたたねこじんじゃ)が鎮まります。

画像:高台に建つ久延彦神社。(撮影:高野晃彰)

画像:高台に建つ久延彦神社。(撮影:高野晃彰)

この他にも、狭井神社から山の辺の道を歩くこと約20分の檜原神社。拝殿・巳の神杉の近くの崇神天皇を祀る天皇社、熊野三山の神を祀る神宝神社(たからだじんじゃ)などがあります。

また大神神社の周辺には、神社創建と関係が深いと思われる纏向遺跡・纏向古墳群もあります。

大神神社参拝の折には、そうした史跡・遺跡もあわせて訪ねてみることをおすすめします。

画像:三輪の里 池側の素麺。(撮影:高野晃彰)

画像:三輪の里 池側の素麺。(撮影:高野晃彰)

最後に。三輪と言えば、やはり三輪そうめんを忘れてはいけないでしょう。

大神神社の近くには、万直し・森正・三輪の里 池側などのそうめん処がありますので、ぜひ味わってみましょう。

※DETA
三輪明神 大神神社(おおみわじんじゃ)
住所:奈良県桜井市三輪町1422
電話:0744-42-6633
時間:境内自由
公式サイト:https://oomiwa.or.jp/

※参考文献
招福探求巡拝の会著 高野晃彰編 『日本全国一の宮巡拝パーフェクトガイド 改訂版』メイツユニバーサルコンテンツ 2023年4月

 

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高野晃彰

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編集プロダクション「ベストフィールズ」とデザインワークス「デザインスタジオタカノ」の代表。歴史・文化・旅行・鉄道・グルメ・ペットからスポーツ・ファッション・経済まで幅広い分野での執筆・撮影などを行う。また関西の歴史を深堀する「京都歴史文化研究会」「大阪歴史文化研究会」を主宰する。

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