科学

頑固は損?ブレる人ほど成功する?遺伝子が明かす意外な真実とは

画像 : ヒトCOMTの結晶構造 public domain

パーキンソン病は、手足が震えたり筋肉がこわばったりする病気、脳内のドーパミンが不足するのが原因です。

その治療薬の1つがCOMT(カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ)阻害剤。

この物質は、ドーパミンを代謝してしまうCOMTという酵素の働きを阻害することで脳内のドーパミン量を増やし、病状の進行を抑える役割を果たします。

性格を左右するCOMT

しかし、このCOMTは単なる神経伝達物質の調節にとどまらず、人間の性格や社会的適応能力にまで影響を及ぼしている可能性があります。

米国ブラウン大学のフランク博士は、COMT遺伝子の変異が、人がどの程度自分の意見を押し通すのか、あるいは他人の意見に流されるのか、という性格の違いに関係していることを発見しました。

COMT遺伝子には、本来とは異なる種類のタンパク質を作る変異型COMTが一定の割合で存在しています。
そして、遺伝的にこの変異型COMTを持つ人は、他人の意見に流されやすい傾向があることが明らかになったのです。

興味深いのは、この変異型COMTを持つ人は人類全体の57%を占めていること。
生物学的に見て、生存に不利なだけの遺伝子は通常3%以下に抑えられると言われています。

つまり、これほど高い割合で存在する遺伝子には、何らかの生存上の利点があるはずなのです。

では、「他人の意見に流されやすい」という特性が、人類の生存にどのようなメリットをもたらしているのでしょうか?

画像 : 活躍する脳科学者 草の実堂作成(AI)

適応と柔軟性:進化の鍵

進化の観点から見ると、「環境に適応できる柔軟性」は、種の存続にとって極めて重要な要素と言えます。

人間は何百万年もの間、狩猟採集生活から農耕社会、そして産業社会へと移行してきました。
この過程で、外部環境に適応する力は、個人のみならず集団としての生存に不可欠でした。

たとえば太古の時代、狩猟採集民が移動を余儀なくされたとき、新しい土地での生存戦略を模索する必要が生じます。
このような時、頑なに過去の習慣を守る者よりも、他者の意見や新しい情報を柔軟に受け入れる者のほうが、生存確率が高かったと考えられるのです。

また、社会的な観点からも、「同調性」は集団の結束を強める要因となります。

厳しい自然環境や外敵との闘いの中で、個人の意志を強く貫くよりも、周囲と協調しながら行動することのほうが、生存率を上げることにつながったのです。

「ブレること」の価値を再考する

現代社会において、「ブレないこと」はしばしば美徳とされます。

選挙ポスターなどに「私はブレない」という旨のキャッチコピーが掲げられていることがありますが、これは政治家が「信念を貫く」という意思を示すためのものです。

もちろん、リーダーシップにおいて一貫性が重要である場面は多いでしょう。

しかし時として、状況の変化に応じて方針を修正し、新たな選択肢を模索する能力もまた重要となります。
歴史を振り返ると、「ブレる」ことが結果的に成功をもたらした例は結構多いのです。

以下にいくつか事例を紹介します。

• チャールズ・ダーウィンは、当初はキリスト教的な創造論を信じていたが、ガラパゴス諸島での観察を通じて、進化論へと考えを改めた。もし彼が初志貫徹を貫いていたならば、『種の起源』は生まれなかったかもしれない。

• スティーブ・ジョブズは、一度アップルを追放されたが、新たな視点を得て復帰し、iPhoneの開発へとつながった。もし彼が「アップルを去った自分は終わりだ」と考えていたら、その後の成功はなかった。

• 日本の戦国時代では、織田信長や豊臣秀吉が革新的な戦略を次々と採用した一方で、旧来の戦術に固執した武将たちは敗北していった。

画像 : 戦国武将 草の実堂作成(AI)

このように、状況の変化に応じて「考えを変える」「方向を修正する」ことは、決して否定されるべきものではありません。

それどころか、生き残るためには必要不可欠な能力なのです。

「揺らぐこと」は弱さではなく、強さの証

多くの人は、「一度決めたことを貫くことが強さ」だと考えがちです。
しかし、本当の強さとは、状況に応じて適応できる力ではないでしょうか?

変異型COMTを持つ人々が57%もいるという事実は、「他人の意見に流されること」が単なる欠点ではなく、人類にとっての適応戦略の一つである可能性を示唆しています。

「ブレる」ことは、「学び」「成長し」「進化する」ことと同義、と言えるでしょう。
どんなに確固たる目標を持っていても、それが絶対的に正しいとは限りません。

環境の変化、時代の変化、そして新たな知識の獲得によって、柔軟に考えを修正することが、最終的には最善の道へとつながることもあることを、忘れてはなりません。

「揺らぐこと」を恐れず、変化を受け入れることこそが、進化し続ける人類の真の強さなのです。

参考:『Bradley B. Doll, Kent E. Hutchison, and Michael J. Frank1, ”Dopaminergic Genes Predict Individual Differences in Susceptibility to Confirmation Bias”, The Journal of Neuroscience, 31(16): 6188-6198. 』
文 / 種市孝 校正 / 草の実堂編集部

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種市 孝(たねいちたかし)

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超心理物理学者・エセ科学バスター
【NPO】国際総合研究機構付属理論物理学研究所・所長
超心理現象(テレパシー、ミクロPK等)をまじめに科学する理論物理学者。 同時に「科学的とはどういうことか」、「科学思考はなぜ重要か」を掘り下げる。
川崎生まれ、新潟育ち、東京在住。

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