西洋史

【自動でチェスを指す人形】18世紀ヨーロッパを驚かせた「トルコ人形」とは?

18世紀のヨーロッパでは、科学と芸術が融合した機械仕掛けの装置が数多く発明され、人々を楽しませていましたのをご存じでしょうか。

その中でも特に有名なのが、「トルコ人形」と呼ばれたチェスを指す自動機械です。

画像 : トルコ人形の内部構造 Carafe CC BY-SA 3.0

この装置は、まるで人形が自ら思考し駒を動かしているかのように見せかけ、当時の知識人から宮廷の君主に至るまで、大きな驚きと称賛を集めました。

このトルコ人形を制作したのは、オーストリアの発明家であり官僚でもあったヴォルフガング・フォン・ケンペレンという人物です。

彼は見世物の範疇を超えた技術と演出で、「知性ある機械」という幻想を巧みに生み出しました。

今回はこのケンペレンの人物像とともに、トルコ人形の構造と逸話、そしてその正体を見抜いた文豪エドガー・アラン・ポーの洞察についてご紹介します。

発明は皇后の一言から

画像:マリア・テレジア public domain

物語の始まりは1769年、ウィーンの宮廷で催されたある余興にさかのぼります。

神聖ローマ皇帝フランツ1世の皇后マリア・テレジアが、外国から訪れた奇術師の演技を見物していた場面に、ケンペレンも同席していたと伝えられています。

正確な記録は残されていませんが、後世の証言によれば、このとき皇后がケンペレンに「あなたならもっと素晴らしいものを作れるのではありませんか」と声をかけたともいわれています。

画像:炭で描かれたケンペレンの署名付き自画像 public domain

ともあれ、ケンペレンは機械仕掛けによる新たな装置の製作に取り組むことになります。
彼はそれを単なる娯楽ではなく、自らの技術力と創意を示す機会と捉えました。

そして彼が選んだテーマは「チェス」でした。

当時、チェスは高貴で知的な遊戯とされており、そこに機械が挑むという構図は、人々の好奇心を刺激するにはうってつけだったのです。

こうして誕生したのが、ターバンを巻いた木製の人形が、机に組み込まれたチェス盤の前に座り、対局を行う「トルコ人形」でした。

1770年、この機械はウィーン宮廷で初めて披露され、次々と対戦相手を打ち負かす姿に、皇后をはじめ多くの人々が驚嘆しました。

からくりの内側に潜む知性

画像:トルコ人形の仕掛けを描いた絵 public domain

ケンペレンのトルコ人形は、見た目こそ自動で動くように見えましたが、実際には非常に巧妙な仕掛けが施されたからくりでした。

その最大の秘密は、装置の内部に人が隠れていたことです。
機械内部には小柄な人物が入り込み、チェスの対局を人形を通じて操作していたのです。

この操作は複雑で、チェス盤の裏に組み込まれた磁石や機構を使い、相手の動きを内部の操作員に伝える仕組みになっていました。
操作員はレバーや滑車を使って人形の手を動かし、まるで人形が自ら考えて駒を動かしているかのように見せかけたのです。

装置の構造は入念に設計されており、見物人に中身を一部公開して透明性を装うパフォーマンスも行われましたが、実際には複数の仕切りや回転する板が巧妙に仕込まれており、内部の人間の存在を隠す工夫が施されていました。

人形の動きには、ときに人間のような「間」や「癖」が見られました。

そのため機械の自律性を疑う者もいましたが、当時の観客にとってこのような高度な技術は未知の領域であり、演出の巧みさも相まって、多くの人々は本当に機械が思考していると信じたのです。

皇帝ナポレオンとの対局の真偽

画像 : 皇帝時代のナポレオン public domain

トルコ人形はヨーロッパ各地を巡回し、貴族から市民まで幅広い観客の注目を集めました。

その中でも特に有名な逸話として、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトとの対局があります。

これは1809年に、ウィーン滞在中のナポレオンがこの装置と対局したとされる話で、ナポレオンがわざと反則を繰り返すと、人形が駒を払いのけて怒りを表現したというものです。

この逸話は有名ではありますが、信頼できる同時代の一次資料は確認されていません。

そのため、後にトルコ人形の所有者であったメルツェルが、興行を盛り上げる目的で広めた宣伝的なエピソードだったと考えられています。

こうした逸話が長く語り継がれてきたのは、人形が人間と対等に振る舞う演出が、当時の人々にとって非常に魅力的だったからだといえるでしょう。

若きポーが見抜いた人の気配

画像:エドガー・アラン・ポー public domain

1830年代、このトルコ人形はアメリカにも渡り、各地で公演が行われました。

その様子を観察した一人に、後に怪奇小説で名を馳せる文豪エドガー・アラン・ポーがいました。

若き日のポーは、この機械が純粋な自動機械ではないと考え、その考察を1836年に「メルツェルのチェスプレイヤー」という論文にまとめています。

ポーは、人形の手の動きや間合い、観客の反応に合わせた挙動に注目し、それが人間の意志によるものだと見抜きました。
さらに装置の構造や演出を分析し、内部に人が潜んでいる可能性を明確に指摘したのです。

この論文は、ポーの初期の散文作品として評価され、観察と論理によって真実を見抜く力を示す好例となっています。

ケンペレンのトルコ人形は、ただのからくりではなく、もっと大きな意味を持つ存在でした。
機械が人間のように振る舞うことで、私たちの知覚や認識を映し出す鏡の役割を果たしたのです。

完全な自律装置ではなかったものの、「知性を演じる」ことによって、知能とは何か、そして機械と人間の境界はどこにあるのかという問いを投げかけました。

ケンペレンは同じ時期に、人間の声をまねる音声合成機も手がけており、人工的な知能や表現に強い関心を抱いていたことがうかがえます。

トルコ人形は、人工知能という言葉すらなかった時代に人々の想像力をかき立て、科学と芸術が結びついて生まれた知的娯楽の象徴だったと言えるでしょう。

参考 :
The Turk : The Life and Times of the Famous Eighteenth-Century Chess-Playing Machine/Tom Standage
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
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