神話、伝説

「本当にいたかもしれない」伝説の怪物たち 〜狒々・鴆・レモラ

画像 : かつてゴリラは架空の生き物と思われていたが、19世紀に実在が確認された public domain

妖怪や怪物と聞けば、一般的にはフィクションや伝説上の存在とされている。

だが、その背後には、かつて実在した人物や動物、あるいは実際に起きた出来事が影響していると考えられる例も少なくない。
中には、記録や伝承をたどることで「実在の可能性があるのでは」と指摘される存在もある。

今回は、そうした「架空とは言い切れない」怪異たちについて、その由来と背景をひも解いていく。

1. 狒々

画像 : 狒々 鳥山石燕『今昔画図続百鬼』より public domain

狒々(ひひ)は日本に伝わる、巨大な猿の如き妖怪である。

かのマントヒヒなどが属する「霊長目オナガザル科ヒヒ属」の猿たちの、名前の元ネタになったという説が存在する。

獰猛かつ貪欲な化け物であり、人畜をたやすく引き千切る怪力を有するという。
また、女を誘拐し手籠めにする好色さも持つ、まことに救いがたき害獣として語られることが多い。

江戸時代の医師・寺島良安(1654~?)が著した百科事典『和漢三才図会』の解説によれば、狒々は元々中国大陸の西南部に生息する怪物であり、全身毛まみれで身長は約3mほどあるという。

人間を見つけると不敵に笑い、その様相はめくれた上唇が目を覆い隠す、不気味なものであるとされる。
そして恐れをなす人間を、「ヒヒヒ~」と笑いながら凄まじい俊敏さで捕らえ、生きたままバリバリ貪り食うといわれている。

また、狒々は鳥のような声で人の言葉をしゃべり、生死にまつわる予知能力をも持っていたとされる。
つまりこの怪物は、「間もなくお前は死ぬ」などと言いつつ、犠牲者を食い殺すということだ。
これでは予知もへったくれもないではないか。まったくとんでもない畜生である。

しかし唾棄すべき害獣だからこそ、その対処法は熟知されており、猟師たちは、狒々が笑って唇をめくりあげた瞬間を狙って錐(きり)を突き刺し、額ごと貫いて殺すのだという。
狒々の髪の毛はカツラの材料になり、血液は染料に利用されたとのことである。

さて、この狒々だが、なんと実在の可能性も示唆されている。

アメリカの動物学者エドワード・シルベスター・モース(1838~1925年)が、日本の大森貝塚(いわゆるモース貝塚)を調査した際、そこで発見された骨の中に、巨大で正体不明の類人猿のものとされる遺骨があったとする逸話がある。

モースは過去の日本に、このような大型の猿がいたかどうかを調べるため、古書物を紐解いた。 そして狒々の伝承を知り、この骨は狒々が実在した証拠になり得ると仮定したという。

また、狒々の「唇がめくれる」といった特徴が、インドネシアに生息するクロザルという猿の外見と酷似していることにも着目した。

画像 : クロザルの自撮り public domain

そして貝塚から出土した件の骨には、そのクロザルの特徴が見られたという。

かつて日本列島にも、クロザルに近い種が存在しており、それが狒々と呼ばれて人々に恐れられていた可能性も、まったくの空想とは言い切れないのかもしれない。

2. 鴆

画像 : 鴆『三才図会』より public domain

(ちん)は古代中国に伝わる、致死性の毒を有する鳥である。

カラフルな羽毛と、銅のごとく赤い嘴を持つ、見るからに毒々しい姿をしていたという。

毒蛇を好んで餌とし、その毒を骨の髄まで蓄えた、いわば生ける劇薬保管庫といった存在であり、人々はこの鳥を大いに恐れたそうだ。
毒の効力は激烈であり、飛ぶだけで地上の作物は全て枯れ果て、ひり出した糞は岩をも砕くといわれている。

この鳥の毒は「鴆毒」と呼ばれ、かねてより中国では毒殺に用いられてきた歴史があるのだという。
鴆の羽を酒などにチョイと浸すだけで、即席の毒酒が出来上がるというからお手軽である。
しかもこの毒は無味無臭ゆえ、ターゲットに感づかれることなく抹殺することが可能だったそうだ。

鴆毒を用いた暗殺、すなわち「鴆殺」があまりにも横行したためか、晋の時代(265~420年)には、鴆を長江以北に持ち込むことを禁じる法律があったとされる。

宋の時代(420~479年)に入ると取り締まりはますます厳しくなり、鴆の巣を山ごと焼き払ったり、雛鳥を所持していた者が処刑されることもあったという。

だが唐の時代(618~907年)になると、鴆は架空の鳥にすぎないとされ、存在そのものが否定されてしまったそうだ。

画像 : ピトフーイの一種「ズグロモリモズ」 wiki c markaharper1 – Flickr Hooded Pitohui

しかし近年、「ピトフーイ」というニューギニア固有種の鳥類から毒が発見され、さらには「ズアオチメドリ」や「チャイロモズツグミ」といった既知の鳥も、有毒であることが判明した。

このことから鴆は妖怪の類ではなく、かつて古代中国に実在した毒鳥である可能性が浮上したのである。

3. レモラ

画像 : レモラ Jacob van Maerlant『Der naturen bloeme/The Flower of Nature』より public domain

レモラ(Remora)、あるいはエケネイス(Echeneis)とは、古代ギリシャやローマで語られていた伝説の怪魚である。

その存在は、博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(23~79年)の著作『博物誌』にも記されている。

この魚は全長およそ30センチほどとされるが、頭部に吸盤を備え、船底に吸いつくことができるという。
驚くべきことに、たった一匹のレモラが巨大な軍艦の動きを完全に止めてしまうとされている。
この特性はさらに拡張され、レモラは妊婦の不正出血を抑え、胎児を保護する働きがあるとも信じられていたのである。

別の伝承によれば、レモラは極寒の海に生息し冷気を操ることができ、船の周囲を凍らせて動きを封じてしまうとされる。

その正体は「コバンザメ」であると考えられている。

画像 : コバンザメ wiki c Richard ling

コバンザメは個体によっては恐ろしいほどに臭く、一般的に食用とされることは少ないが、味は美味だとされる。
また、出血を止める等の効能も確認されていないが、吸盤部分は漢方として取引されることがあるという。

コバンザメは暖かい海にしか生息していないが、かつては冷たい海に生息する亜種が存在していた可能性もあるだろう。

参考 : 『史記』『神魔精妖名辞典』『和漢三才図会』他
文 / 草の実堂編集部

草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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