ばけばけ

『ばけばけ』ハーンは、なぜ妻セツに英語を教えたがらなかったのか?放った「冷たい言葉」

ハーンと暮らすようになったセツは、会話に不便を感じ、英語を習得したいと思うようになりました。

彼女は夫に英語を教えて欲しいと頼み、熱心に学習に励みましたが、出産をきっかけに中断してしまいます。

その後、生活が落ち着きレッスンの再開を望んだセツでしたが、ハーンは「OK」とは言ってくれませんでした。

結局セツは、生涯を通じてごく簡単な会話以上の英語を話せるようにはなりませんでした。

子どもたちには厳しく英語を教えたというハーン。なぜ彼は妻へのレッスンを拒んだのでしょうか。

今回は、ハーンが英語を教えたがらなかった理由に迫ります。

英語の勉強に励むセツ

画像 : 明治時代に作られた英単語を学ぶ木版画『流行英語尽し』public domain

松江から熊本へ転居して約2年が経った明治26年(1893)1月頃、セツはハーンから英語を学び始めました。

ハーンは簡単な英文や単語を教え、セツはそれを『英語覚え書帳』に書き記しました。

彼女は聞き取った英語の音をカタカナでノートに記し、その傍らに意味を添えています。

一例を挙げると、次のようになります。

・old→ オオルダ ふるえ
・warm→ ワールム のくえ
・You are not hungry.→ ユウ・アーラ・ナタ・ハングレ あなた・くうふく・なえですか

「い」が「え」になったり「ぬ」が「の」になったりと、ところどころに現れる出雲なまりにセツらしさが感じられます。

セツは熱心に英語学習に取り組み、ノートは2冊に及び、計130ページに達しました。

その甲斐あって、彼女の英語はめきめきと上達していったようです。

ハーンも彼女の努力を認めており、3月に西田千太郎宛てに送った手紙には次のように記しています。

「セツは英語に立派な進歩をしています。彼女は、夏には大兄に少し英語で話ができるだろうと考えているのですよ」

長谷川洋二著『小泉セツの生涯』より

しかし、この英語学習は、セツの妊娠と出産によって中断せざるを得ませんでした。

英語学習の再開を望むセツにハーンが放った冷たい言葉

画像 : 東京帝国大学 public domain

ハーンが帝国大学の講師となり、一家で上京した翌年の明治30年(1897)、まもなく4歳を迎えようとしている長男・一雄の家庭学習が始まりました。

英語はハーンが担当し、国語はセツの父であるおじじ様が教え、セツもそれを補助しています。

この頃、ハーンは日本語の読み書きに挑戦しようと思い立ち、セツから片仮名や平仮名、さらに数を表す漢字を習い始めました。

一雄やハーンが学ぶ姿を見て、セツも中断していた英語学習を再開したいと望みましたが、ハーンは承知しません。

セツは家庭の事情で下等小学校しか卒業できなかったものの、利発で探求心が強く、勉強熱心でした。

彼女は、どうしても英語の勉強をあきらめきれなかったのでしょう。

ハーンが一雄に英語を教えているそばで、こっそり立ち聞きしていました。

しかし、妻の盗み聞きに気付いたハーンは、「あなたには他にあなたの仕事があります」と言って、すぐにその場から立ち去らせました。

さらに、

「あなたが英語が達者になれば、つい言はぬでもよい事を西洋人に話したりなどして、ろくなことは無い」

小泉一雄『父「八雲」を憶ふ』より

とまで言い放ったのです。

これにはセツも深く傷ついたに違いありません。

実はこの頃、ハーンは信頼していた者に裏切られることや、発表前の自分の作品を人に知られることを非常に恐れていたのです。

セツを傷つけるような厳しい言葉は、こうした不安や警戒心から生まれたものだったのかもしれません。

活発な女性よりも優しくてしとやかな女性が好き

画像 : 上野広小路 public domain

ハーンがセツに英語を教えなかったもう一つの理由に、日本女性が英語を話すことを好まなかったという点がありました。

何事も日本風を好みまして、万事日本風に日本風にと近づいて参りました。西洋風は嫌いでした。西洋風となるとさも賤しんだように「日本に、こんなに美しい心あります。なぜ、西洋の真似をしますか」という調子でした。

小泉セツ著『思い出の記』より

セツが語ったように、すべてにおいて日本風を尊んだハーンは、日本人女性の洋服姿と英語を嫌いました。

彼はおしとやかな日本人女性こそ最も美しいと感じ、英語はその美を損なうものだと信じていたのです。

あるとき、夫婦で上野公園の商品陳列所を訪れた際のことです。

ハーンが「これはいかほどですか?」と日本語で尋ねたにもかかわらず、応対した女性は英語で値段を返しました。彼女なりに外国人の客に気を使ったのでしょう。

しかし、ハーンは不快そうな顔をしてセツの袖を引き、その店では買い物をせず出て行ってしまったそうです。

英語を嫌った一方で、上品な日本語を使う女性は大のお気に入りでした。

知人宅を訪れた際、玄関で出迎えた奥様が「よくおいで下さいました」と言って案内をしてくれたことに感激し、帰宅するや靴を脱ぐ間もなく「奥方が英語ではなく上品な日本語でうれしかった」と興奮気味にセツに報告したほどでした。

その喜びようは、まるで外から帰るなり「お母さん、聞いて!」と叫ぶ子どものように見えます。

また、ハーンは活発な女性よりも優しくてしとやかな女性を好み、目も西洋人のようにパッチリとした目ではなく、観音様やお地蔵様のような伏し目がちな目を美しいと感じていたそうです。

世界で一番可愛い女性

画像 : 小泉節子(セツ)public domain

英語学習の再開を断られてから3年半が経った頃、セツはようやく英語の筆記学習を許されました。

筆記に限られてはいたものの、長く願っていた学習の再開が叶ったのです。

ハーンは妻専用の英文を考え、自ら書いたお手本を渡しました。

ハーンの英文には、夫妻の3人の男の子たちの日々の様子が綴られており、かわいらしい子どもたちのようすに頬を緩ませながら、セツは手本通りに英文を書き写していきました。

彼女の練習ノートは15ページにわたっています。

しかし、ハーンがセツに教えたのはこの筆記練習だけであり、結局、生涯を通じてセツが話せた英語はごく簡単な会話に限られていました。

それでも、彼女にとって夫と共に過ごした英語学習の時間は、かけがえのない貴重なひとときだったのです。

セツが遺した『英語覚え書帳』には、日本語訳が添えられていない一文があります。

英語のレッスンを始めて間もない頃、ハーンがセツに書き取らせたその文章は、

「ユオ・アーラ・デー・スエテーシタ・オメン・エン・デー・ホーラ・ワラーダ」。

「あなたは世界で一番スウィートなかわいい女性です」という意味です。

前後の文章にはきちんと日本語訳が添えられているのに、この一文だけはあえて訳を残さなかったセツ。

彼女は、恥ずかしさを覚えながらも、ハーンの深い愛情を心の中でかみしめていたのかもしれません。

【参考文献】
小泉セツ『思ひ出の記』.ハーベスト出版
小泉一雄『父「八雲」を憶ふ』警醒社,昭和6. 国立国会図書館デジタルコレクション
長谷川洋二『八雲の妻 小泉セツの生涯』潮出版社
文 / 深山みどり 校正 / 草の実堂編集部

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深山みどり

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