世界史

「人体冷凍保存」された最初の人間、本当に蘇るのか 〜60年眠り続ける

1967年、最初に冷凍保存された人間

画像 : ジェームズ・ヒラム・ベッドフォード(James Hiram Bedford)public domain

1967年1月12日、カリフォルニア州グレンデールで1人の男が息を引き取った。

彼の名はジェームズ・ヒラム・ベッドフォード(James Hiram Bedford)、享年73。

カリフォルニア大学系で職業心理学を教えていた教育者であり、若者の進路指導や職業適性に関する著作をいくつも残した研究者であった。奇抜な発明家でも空想家でもない堅実な学問の世界に身を置いた人物である。

そんな彼が死の直前に下した決断は、なんと「冷凍保存」だった。

死亡確認後、医師たちと「人体冷凍保存(クライオニクス)」を推進していた民間団体の関係者が集まった。
彼らはまず遺体を氷で急速に冷却し、人工呼吸と心臓マッサージを続けながら血液を排出し、不凍液を含む溶液へ置き換えた。これは細胞内に氷結晶ができるのを抑えるための処置である。

そして最終的に、彼の身体は液体窒素の保存容器へ収められた。零下196℃。生体活動は完全に停止する温度だ。

こうしてジェームズは、法的死亡後に冷凍保存された最初の人間となった。

なぜ彼は冷凍保存をしようと思ったのか

画像 : 人体冷凍保存の準備作業イメージ(1985)Alcor Life Extension Foundation CC BY 2.5

では、なぜジェームズは自身の冷凍保存を決断したのだろうか。

その最大の理由は、病であった。
彼は腎癌を患い、それが肺へ転移していた。1960年代当時、この状態に対する有効な治療法は存在せず、死は時間の問題であった。

そんな絶望的な状況だったジェームズに大きな影響を与えたのが、物理教師ロバート・C・W・エッティンガーの著書『The Prospect of Immortality』である。

そこでは「未来の医学が進歩すれば、現在は不治とされる病も克服できるはずだ」と論じられていた。ならば身体を保存し、その未来を待てばよい、と彼は考えたのである。

1967年当時は、主要な臓器1つでさえ長期凍結後に完全な機能を取り戻すことはできなかった。ましてや数十兆個の細胞と複雑な神経回路をもつ人体全体を、損傷なく維持できるという保証はどこにもない。

つまりジェームズの選択は、「確実な延命」ではなく「未来への賭け」であった。

彼の身体は半世紀以上が過ぎた今も、アリゾナ州の施設で液体窒素の中にある。

60年経っても蘇生例はゼロ

画像 : 液体窒素貯蔵タンク(2009)Toby Hudson CC BY-SA 3.0

ジェームズが自身を冷凍保存した1967年から約60年の歳月が流れた。

宇宙には人が常駐し、遺伝子編集も現実となった。それでも、凍結された人間が目を覚ました例は1件もない。

最大の壁は、凍結そのものが生体を破壊してしまうことである。細胞内の水分は氷となって膨張し、微細な構造を押しつぶす。特に脳は神経細胞とシナプスの精密な配線で成り立っており、そのわずかな損傷が記憶や人格の消失につながってしまう。単に心臓を動かすこととは次元が違う難題なのだ。

近年は「ガラス化」と呼ばれる方法が研究されている。凍らせずにガラス状に固め、氷結晶の形成を防ぐ技術だ。
動物の臓器においては短時間の保存に成功した例もある。しかし人間の全身を、しかも死亡後に完全な形で保存し、さらに機能回復させる段階には至っていない。

もう一つの課題は時間である。法的に死亡が宣告されるまで冷凍処置は始められない。その間に血流は止まり、細胞は虚血損傷を受ける。どれほど迅速に冷却しても、ゼロからのスタートではない。

現在の科学ができるのは、あくまで損傷を「減らす」ことまでである。損傷を「なかったことにする」技術は存在しない。ナノテクノロジーが未来に解決するという期待はあるが、それはまだ仮説の域を出ていない。

近年の冷凍保存者数

人体冷凍保存は、もはやジェームズ1人の奇抜な実験ではない。

2016年の時点で、世界全体の保存人数はおよそ350人と報告されており、現在はそれをやや上回る規模とみられている。

その中心となっているのはアメリカで、アリゾナ州のアルコー延命財団、ミシガン州のクライオニクス研究所などが主要施設だ。保存費用は一人あたり数万ドルから十数万ドル規模に及ぶ。

有名な保存例としては、メジャーリーガーのテッド・ウィリアムズがいる。

画像 : テッド・ウィリアムズ(Ted Williams)public domain

彼は2002年に死亡後、冷凍保存された。これは家族間で訴訟に発展し、大きな話題となった。

また2016年、英国で14歳の少女が死後の冷凍保存を希望し、高等法院がこれを認めた例もある。
裁判所は科学的妥当性を判断したわけではなく、家族間の決定権の問題として扱ったにすぎないが、結果として少女はアメリカで保存された。

さらに、ロシアの民間企業「クリオルス(KrioRus)」の公式資料によれば、2014年10月28日、日本人女性(Mihoko 87歳)が横浜から搬送され全身凍結保存されたことが記載されている。保存者一覧に掲載されており、日本人が海外で冷凍保存された事例として確認できる。

現在、KrioRusだけでも100人を超えており、冷凍保存は米国やロシアなど複数の国で実際に行われているのだ。

このように人数や施設も増え、技術面においても当時に比べれば一定の進展は見られるが、その核心は変わっていない。
人体の蘇生成功例は未だゼロである。

とはいえ、今も数百人が未来の科学を前提に保存されているという事実は、現代社会の死生観の変化を示していると言えるだろう。

参考 :
・Time, “Medicine: Never Say Die,” 3 February 1967
・Mike Darwin, “Evaluation of the Condition of Dr. James H. Bedford After 24 Years of Cryonic Suspension,” Cryonics, August 1991
・Список людей, крионированных в “КриоРусе”
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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