世界史

死体に電気を流したら動いた…『フランケンシュタイン』の元ネタになった18世紀の実験

暗い部屋にビーカーや試験管が並び、その中でボコボコと得体の知れない液体が泡立っている。

電気を発する奇妙な機械からバチバチと音がして、不健康そうな顔をした白衣の男が人体のような何かに向かって電極らしきものを押し当てようとしている。

恐らく生成AIにマッドサイエンティストのイメージ画像を作らせたら、このようなものが典型例として出てくることだろう。

こういったステレオタイプ的マッドサイエンティストのモチーフは、間違いなく『フランケンシュタイン』だ。

イギリスの作家メアリー・シェリーが1818年に発表した小説『フランケンシュタイン』は文学史的にはゴシック小説の代表作とされるが、科学技術を背景とする着想が見られることから、最初のSF小説とする評価もある。

20世紀以降は何度も映像化され、記事執筆時点の最新作であるギレルモ・デル・トロ監督の『フランケンシュタイン』は、米アカデミー賞の最優秀作品賞候補になっている。

画像:1931年映画版のフランケンシュタインの怪物(演:ボリス・カーロフ) Universal Studios, NBCUniversal – Dr. Macro public domain

ところでよくある誤解なのだが、「フランケンシュタイン」がマッドサイエンティストによって生み出された怪物の名前だと思っている方は少なくないことだろう。

実はフランケンシュタインとは怪物の名前ではなく、怪物を生み出した科学者の名であり、スイス生まれのヴィクター・フランケンシュタインという人物である。
一方、怪物の方には名前がなく、本文中でも一度として固有名詞で呼ばれることはない。

『フランケンシュタイン』の主人公は、あくまでも狂気の科学者ヴィクター・フランケンシュタインだ。
名無しの怪物は敵役であり、もう一人の主役でもあるがあくまでも助演ポジションなのである。

もちろん、この怪物の存在は全くのフィクションだ。

もしも本当に死体を合成して新しい生命を生み出せたら科学史上の大発見であり、生命に関する激しい論争が巻き起こることだろう。

だが、驚くべきことにフランケンシュタイン博士の「生命に電流を流して蘇らせる」という発想にはリアルなモチーフが存在するのだ。

『フランケンシュタイン』の1831年改訂版の序文に、このような記述がある。

「死体を蘇らせることはできるかもしれない。ガルヴァーニ電流は、その可能性を示していると言えるのではないか。おそらく、生物を構成する各部位を創り、それらを繋ぎ合わせて組み立て、生命の息吹を与えることも可能ではないだろうか」(芹澤恵・訳)

ここで言及されている「ガルヴァーニ電流」こそが『フランケンシュタイン』のモチーフであり、ステレオタイプなマッドサイエンティストの源流なのである。

死体に電流を流したら動いた!ガルヴァーニ電流とは

画像:ガルヴァニズム:電極に触れるとカエルの脚が上向きに痙攣する  public domain

時は1780年。イタリアの医師・物理学者ルイージ・ガルヴァーニの夫人は病に臥せっていた。

医者からは「カエルのスープを飲めば快方に向かう」と言われ、ガルヴァーニ夫人に命じられた使用人たちは材料をかき集めて来た。

カエルの置き場に困っていた使用人たちに、夫人は「主人の実験室の机に置きなさい」と指示する。
使用人たちは、皮をむいたカエルの入ったトレーをガルヴァーニ博士の発電機のそばに置いた。

そして包丁をカエルの体に当てたその時、発電機から火花が飛び散り、包丁に当たった。
するとカエルの足が痙攣し、ピクっと動いた。

科学史上の大発見「生物電気(動物電気)」発見の瞬間である。

人間を含め生物はわずかに電気を発しており、脳から指令を発し、運動に関係した筋肉を収縮させる際、微量の電気信号が発生する。

現代では常識だが、当時においては一部の魚類が電場を生成する能力を持っていることが認識されている程度だった。(余計かもしれないがこの発見エピソードは恐らく誇張や脚色が含まれている。ガルヴァーニはすでに、火花が飛ぶとカエルの筋肉が収縮する現象の解明に取り組んでいたとも伝えられる。)

1790年、夫人がカエルのスープの甲斐なく世を去ると、その1年後にガルヴァーニ博士はこの実験に関する論文を発表した。

この実験はセンセーションを巻き起こし、多くの人が「ガルヴァーニは生命の秘密を発見した」と疑わなかった。

その後、目立つことが嫌いなガルヴァーニに変わり、甥っ子のジョヴァンニ・アルディーニがヨーロッパ各地を周って人体に電流を流すショーを行った。

画像:電気刺激を受けた死体の漫画 Henry Robinson – N.Y. ; Washington, D.C. : Printed & pub: by H.R. Robinson, 1836. public domain

当時ヨーロッパで行われたその類の実験で最も有名なのが、1803年にロンドンで行われたものである。

妻子を殺害した罪で絞首刑に処された男が絞首台から降ろされ、観衆とアルディーニの元に運ばれた。

アルディーニは120枚の銅板と亜鉛版を用いた電池の電極を、男の体の各部位に当てていった。
そして針金を体の様々な部位に押し当て、のけぞらせたり、机をたたかせたり、呼吸のような動きをさせたり遺体を人形のように操ったという。

1818年にはスコットランド・グラスゴーで、スコットランドの化学者アンドリュー・ユアによるさらに大掛かりな同様の実験が行われている。

ユアは「パワーを2倍にすれば実験も2倍面白くなる」とでも思ったのだろうか、アルディーニの実験の倍以上となる270枚もの電極板を使った電池を、死刑執行された殺人犯に繋げた。

ユアの試みは良い意味でも悪い意味でも成功したようで、電気を流された遺体はダイナミックに動き、見学者たちの中には失神したり講義室から逃げ出す者もいたという。

こういった大掛かりな実験がイギリスで行われたのだから、『フランケンシュタイン』の作者であるイギリス人作家メアリーが、ガルヴァーニ電流を知ることとなるのも当然の帰結だろう。

アルディーニもユアも条件さえ整えば生命を蘇らせることができると信じていたが、結局、ガルヴァーニ電流によって蘇生が成功したとの確かな記録は存在しない。

だがそれでもガルヴァーニ電流に端を発する生物電気の発見は画期的な出来事であり、メアリーの創作はその後の多くの作品に影響を与えることになった。

「電流で生命を蘇らせることができる」という理論そのものは誤っていたが、ガルヴァーニ電流が科学、創作の両面に影響を及ぼす偉大な発見だったことは確かだろう。

参考:
アレックス・バーザ『狂気の科学者たち』
メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』
文 / ニコ・トスカーニ 校正 / 草の実堂編集部

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ニコ・トスカーニ

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フリーランスエンジニア、WEBライター、インディーズ映画製作者。大学院修了(英文学)後、システム会社に勤務しながらライターを兼業。神谷正倫 名義で親族と共同制作した映画『11月19日』(2019)、『階段下は××する場所である』(2021)、『正しいアイコラの作り方』(2024)の三本が劇場公開された実績あり。仕事でも留学でもなく、純粋な趣味で海外20か国に渡航経験がある。

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