行ってみた

『東京再発見』不思議な魅力をもつ街・桜新町を歩いてみた「桜並木とサザエさん」

本音を言うと、東京は今やつまらない街になりつつある。

特に駅前がそうだ。駅というのは街の顔である。
だから、そこにはその街らしいイメージが溢れていて然るべきだ。

ところが昨今の再開発ブームでは、その駅前こそがターゲットとなる。
そして新たに出現するのは、高層ビルに囲まれた無機質な空間なのである。

そのような状況を見ていると、常々思う。今の東京で「魅力ある街」とは、いったいどんな街なのだろうか。

そんな魅力あふれる街を、筆者自ら歩いて探る『東京再発見』。

今回は世田谷区、国道246号と並行する旧大山街道沿いに広がる街・桜新町を歩いてみた。
そこは紛れもなく、魅力ある街の一つだった。

桜新町に流れる穏やかな空気感はどこから来るのか

画像:桜新町の街並み(撮影:高野晃彰)

桜新町の街並みは、246号線から一歩入った旧大山街道沿いに広がっている。
街道沿いには駅を中心に、飲食店やスーパーなど、暮らしに必要な施設がほどよく揃う。

そして、人々を見守ってきた鎮守の社。
旧街道から少し外れれば、緑豊かな公園や古い公団住宅、野菜を栽培する農園まである。

しかもそれらが過剰でも不足でもなく、「ちょうどいい距離感」で街の中に収まっているのだ。
だからだろうか、桜新町に流れる空気はどこか穏やかだ。

静かで、やさしくて、そしてどこか懐かしい。そんな雰囲気が、街全体を包み込んでいるように感じる。

そのような桜新町には、街を象徴する二つの存在がある。

それが、春になると街を彩る桜と、国民的漫画『サザエさん』なのだ。

町名の由来となった桜並木と桜を冠する神社

画像:旧大山街道桜新町駅前(撮影:高野晃彰)

思えば、「桜新町」とはなんと美しい地名であろうか。
そして、この美しい地名は不思議なくらい、街の雰囲気に溶け込んでいるのだ。

そんな桜新町の中心駅は、田園都市線の桜新町駅である。
実はこの駅こそ「桜新町」という名が初めて使われた場所だった。

戦前、この地を走っていた東急玉川線、通称「玉電」の駅名として誕生したのである。
戦後になると、町域が新町村・深沢村から分離され、旧名「新町」に「桜」を添えた「桜新町」という町名が正式に誕生する。

ちなみに「新町」という名は、世田谷代官屋敷がある彦根藩井伊家の世田谷領から独立する際、「世田ヶ谷新町村」と名付けられたことに由来するという。

そしてもう一つ、町名に深く関わるのが、春になるとこの街を彩る美しい桜並木だ。
桜新町は明治末から大正初期にかけて、高級別荘地として分譲開発が行われた土地だった。

その際、将来の景観を考えて街路には数百本の桜が植えられた。
やがてそれらは見事に成長し「桜のトンネル」と呼ばれるほどの名所となったのだ。

現在も毎年4月に開催される「さくらまつり」は、この街の風物詩としてつとに有名である。

期間中は駅前が歩行者天国となり、桜の下には出店が並び、アーティストによるステージイベントも行われるなど大いに賑わう。

画像:桜神宮境内(撮影:高野晃彰)

さらにこの街には、地元の人々から篤く崇敬される二つの神社が鎮座している。

一社は、この街の象徴・桜の名を冠した「桜神宮」。

街を彩る桜並木より一足早く、境内では河津桜が咲くことで知られている。

画像:久富稲荷神社本殿(撮影:高野晃彰)

もう一社は、400年以上の歴史を誇る新町の鎮守「久富稲荷神社」。

かつて境内の古木にはフクロウが住みついていたとも伝えられ、その声を聞くと願いが叶うと言い伝えられてきた。

画像:久富稲荷神社ふくろうのお社(撮影:高野晃彰)

残念ながら、もうフクロウが棲む鎮守の森は消えてしまった。

しかし、246が近いのにもかかわらず境内は静寂さが漂い、鎮守社として今も地域の人々を静かに見守っている。

今や街のシンボルとなった「サザエさん」一家

画像:桜新町駅前サザエさん一家モニュメント(撮影:高野晃彰)

桜並木と並び、桜新町を象徴するのが国民的漫画『サザエさん』だ。

この街と『サザエさん』の縁は、作者の長谷川町子さんが、閑静な街並みを気に入り、この地で暮らしながら執筆活動を続けていたことに始まる。

そんな縁が実を結び、いまや桜新町は「サザエさんのまち」として全国的に知られる存在となった。
駅前にはサザエさん一家の銅像が立ち、通りのあちこちにキャラクターのモニュメントや装飾が点在する。

まるで街全体が、サザエさんの世界の延長のようだ。

画像:桜新町サザエさん通り(撮影:高野晃彰)

特にその世界観を色濃く感じられるのが、旧大山街道と246号線を結ぶ約500メートルの道、通称「サザエさん通り」である。

商店街の人々の発案によって名付けられたこの通りでは、あちこちでサザエさん一家のモチーフに出会える。
それらが自然に街並みに溶け込んでいるのが、なんとも微笑ましくて心地よい。

サザエさん通りを歩いていくと、「長谷川町子美術館」が現れる。

長谷川さん自身が初代館長を務めたこの美術館は、誰もが気軽に立ち寄れるアートギャラリーとして親しまれている。

画像:長谷川町子美術館(撮影:高野晃彰)

館内には、長谷川さん姉妹が収集した日本画・洋画・工芸品・彫塑など約800点が収蔵され、企画展も定期的に開催されている。
2階にはアニメ『サザエさん』の制作の舞台裏を紹介する「アニメの部屋」もあり、ファンにとっては見逃せない展示といえる。

そして、通りを挟んで向かいに建つのが「長谷川町子記念館」だ。
こちらは生誕100周年を記念して開館した施設で、彼女の創作の歩みや愛用品など、作家の人生をより深く知ることができる。

静かな住宅街を歩きながらふと足を止めると、サザエさん一家の笑顔と、桜新町の穏やかな空気が不思議と重なって見える。

もしかするとこの町の魅力とは、こうした「変わらない日常」の心地よさなのかもしれない。

桜新町は、そんな思いを色濃く感じさせてくれる街だった。

文:撮影/高野晃彰 校正/草の実堂編集部

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高野晃彰

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編集プロダクション「ベストフィールズ」とデザインワークス「デザインスタジオタカノ」の代表。歴史・文化・旅行・鉄道・グルメ・ペットからスポーツ・ファッション・経済まで幅広い分野での執筆・撮影などを行う。また関西の歴史を深堀する「京都歴史文化研究会」「大阪歴史文化研究会」を主宰する。

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