人類は昔から「人が人を作る」という魅力にとり憑かれてきた。
それは人形であったり、ある意味ではミイラもそうだ。人の手により魂が抜けた身体を器として再生すべく処置を施す。
やがて時代が流れ、錬金術が生み出されると「人造人間」を造ろうとした。
それが「ホムンクルス」である。
しかし、皮肉にもホムンクルスを造ろうと試みたのは怪しい魔術師ではなく、パラケルススと呼ばれる医師であった。
ある医師の模索
※晩年のパラケルスス
15世紀のスイスの医師、テオフラストゥス・(フォン)・ホーエンハイムは、化学者でもあり、錬金術師、神秘思想家でもあった。彼が錬金術に傾倒したのは、当時の医学に化学を取り入れることで金属化合物を医薬品に採用するためだったという。
当時の西洋医学では「四体液説(よんたいえきせつ」という概念が定着しており、人間には「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」の4種類の基本体液が存在し、このバランスが崩れると病気になると考えられていた。体液を病気の原因とする考え方は古代ギリシャの時代より支持されていたが、彼は占星術による独自の治療法を模索した。
いずれにせよ、現代の医療的見地からすれば的外れなアプローチではあるが、当時の医学において、医薬に化学を応用する道を拓いた第一人者といってもいい。
錬金術とホムンクルス
※ホムンクルスを作り出す錬金術師。
しかし、ホーエンハイムは本名よりも「パラケルスス」という名で有名である。
この名はペンネームのようなものであり、生前には多くの原稿を書き残している。彼の死後、そうした原稿は初めて出版されるようになり、今日でもパラケルススの名は本名よりも知られている。
その彼は、医師としての顔を持っていたのと同時に、錬金術師としての顔も持っていた。
錬金術は物質を変換させて黄金を作り出すだけではなく、完全を目指し、神になる方法とも考えられていた。「神ならば人も造れるはず」その思想から、ホムンクルスの研究もなされた。
ちなみにホムンクルスとはラテン語で「小さな人」という意味である。
パラケルススは、ホムンクルスを造るに当たり「人間の精液」、「ハーブ」、「人間の血液」などを処理することが必要であると唱えた。フラスコに人間の精液を入れ40日間密閉する。40日後には腐敗と同時に人間の形をした「透明な物体」が出現する。そこに血液を混ぜ、さらに40日間、馬の胎内と同じ温度に保つことで、ホムンクルスが誕生するとされた。
ホムンクルスに秘められた暗号
こうして誕生したホムンクルスは、生まれながらにあらゆる知識を持ち、思考し、人間とのコミュニケーションも可能であった。しかし、パラケルススによれば、それは物質ではなく、フラスコから出ると生きてはいけない。
ホムンクルスのイメージは、ドイツの文学者ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの「ファウスト」により固められた。そのイラストでは、ガラスのフラスコのなかでかすかな光を放つ人間の子供に似た小人がいて、妖精のようにも見える。
勿論、先の方法を試さずともホムンクルスの製造が不可能だというのは明白だが、パラケルススは優れた医師でもあった。その彼が意味もなくこのような著書を残すことは考えにくい。さらに、錬金術師は暗号も多用していたため、この記述が実は錬金術そのものの製法を暗号化したものではないかという見方もある。
現在では錬金術も「魔法やオカルト」の類として位置付けられているが、当時は錬金術と化学は両立しており、かのアイザック・ニュートンも錬金術に傾倒する一人であった。
三原質説
※錬金術における四元素
ホムンクルスと並び、パラケルススの名を高めた概念が「四大聖霊」である。
パラケルススは医学の探求者であり、形ばかりの権威主義や時代遅れの医療を批判した。若くしてヨーロッパ各地を放浪し、医学の修行を積んだこともあり、その思考は柔軟でだったのである。彼が教鞭をとったスイスのバーゼル大学では、当時、講義はラテン語で行うのが一般的だったが、パラケルススは誰にでも分かりやすいようにとドイツ語を使用した。学生からは喝采を浴びたが、その他の規則違反もあり大学を追われることになったという。
そんなパラケルススが否定した当時の医学会の常識が「四大元素説」である。
この世界は「火」「空気(風)」「水」「土」の4つの元素から構成されているという概念だが、当時は「四体液説」と関連して重要なものとして扱われた。しかし、彼はそれに反対し、万物の根源は「水銀」「硫黄」「塩」の3つからなる「三原質説」を唱え、その下位に「四大元素」が存在するとした。
四大精霊
※小説・フーケの『ウンディーネ』
さらにパラケルススは、四大元素にはそれぞれの中に生きる精霊がいると考え、「四大精霊(しだいせいれい)」と称した。英語の「エレメンタル」という言葉も有名である。彼(彼女)らは、エーテルという未発見の物質により構成された存在であり、神でも人間でもない「精霊」であると考えた。
火の精「サラマンダー」は、火を纏うトカゲであり、錬金術においては金属が金に変換される瞬間に炉の中に出現するという。
水の精「ウンディーネ」は、乙女の姿をしており、文学や音楽劇などの題材にされた。
風の精「シルフ」も女性の姿であることが多い。
土の精「ノーム」は、小柄な老人の姿をしており、ヨーロッパではノームに似た者の目撃が報告されている。
この四大精霊が司る、四大元素と三原質が相互に作用する力を持っており、その強さが変化することで人間の体調が変化すると考えていたのである。
最後に
パラケルススは、当時の医学界においては確かに異端であった。しかし、その思想は危険なものではない。あくまで既存の概念に疑問を持ち、医療と化学の発展を目指したのである。
何よりも当時は「科学」と「魔術」の境界が曖昧な時代であった。彼が現代に残るような功績を残せなかったとしても、その存在はミステリアスであり、知的好奇心を刺激するのだ。
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