調べてみた

平成元年(1989)の出来事「この年歴史はいろいろ変わった」【後編】

平成元年の出来事をまとめていくこの企画。

今回は後半ということで平成元年の8月から12月までの出来事をまとめていきたいと思います。
もちろん前半もありますのでそちらもどうぞ → 前半

8月19日 汎ヨーロッパ・ピクニック

※国境から脱出する東ドイツ市民 wikiより

この日、ハンガリー人民共和国オーストリアの国境において東ドイツ国民が大量に西側諸国に亡命する事件が起きました。

この頃ハンガリー人民共和国では民主化が推進されており、鉄のカーテンの一部であったオーストリアとの国境にそびえ立っていた鉄条網が撤去されていました。そのため、東ドイツ国民はハンガリー経由でオーストリアに行けば西側諸国に逃れることができると思い見事に亡命。

この失態を許したホーネッカーはその後失脚。東ドイツにおける改革の波が押し寄せるきっかけとなりました。

ちなみにこのヨーロッパ・ピクニックのピクニックは、オーストリア=ハンガリー帝国最後の皇太子であるオットー・フォン・ハプスブルクが冗談で言ったことが使われたそうです。

10月31日 三菱地所がロックフェラー・センター買収

※ロックフェラー・センター wikiより引用

この日、ニューヨークのマンハッタンの象徴でもあるビルであるロックフェラー・センターが日本の三菱地所によって2200億円で買収されました。

この頃日本はバブル期の真っ只中。日本企業は敗戦の恨みをここで晴らすかのようにアメリカの企業や『ひまわり』などの芸術作品などを、ばかすか買って行きました。

しかし、この日本の買い漁りはアメリカ国民にとっては屈辱以外の何ものでもないようで、ジャパン・バッシングをより加速していくことになります。

11月10日 ベルリンの壁崩壊

ベルリンの壁崩壊

※ベルリンの壁によじ登る民衆たち。翌年にはドイツは再び統一されることになる。wikiより

この日、東ドイツによって長年西ベルリンを囲んでいたベルリンの壁が崩壊しました。

壁が崩壊する前日、東ドイツ政府は国民が簡単に旅行できる法律を可決し、午前4時に国民に向けて発表する予定でしたが、東ドイツの報道官がまさかの可決した直後に国民に向けて発表。東ドイツ国民はこの放送を聞き、国境の通行を求めるためにベルリンの壁に集結し、壁を取り壊し始めました。

このベルリンの壁の崩壊によってドイツは急速に併合への道を歩みだして行き、翌年東西ドイツは東ドイツが西ドイツに吸収合併する形で統合することになるのです。

11月24日 ビロード革命

※ビロード革命

この日、チェコスロバキア社会主義共和国において民主化を求める革命が勃発。

大統領と第一書記ら共産党員が辞職し、共産党による一党独裁が終わりを迎えました。

この革命はのちに紹介するルーマニア革命とは違い、流血する事態が起こることはなく比較的平和な形で革命が成し遂げられたため、柔らかい生地であるビロードという名前が付けられました。

12月3日 マルタ会談

※会見を行うゴルバチョフ書記長とブッシュ大統領

この日、地中海のマルタ島においてソ連のゴルバチョフ書記長とアメリカのH・W・ブッシュによる首脳会談が行われました。

この会談において鉄のカーテンは事実上崩壊し、両国首脳はヤルタ会談からアメリカとソ連との間で起きていた東西冷戦の終結を宣言。

ヤルタからマルタへ』という標語は有名ですね。

この会談によって世界では西側諸国と東側諸国との間の対立はなくなり、より一層グローバル化が進んでいくことになりました。

マルタ会談はまさしく世界における重要な転換点の一つだったのです。

12月22日 ルーマニア革命

※ルーマニア革命の時に掲げられた旗 中央の国章が取り除かれている。wikiより引用

この日、ルーマニアで革命が起き、ニコラエ・チャウシェスク政権が崩壊しました。

以前からルーマニアではチャウシェスクによる独裁が行われており、堕胎と離婚の禁止や、国民の館建設に代表される散財などで国の財政は破綻。

さらにソ連がペレストロイカを行なっていた時でも独裁を続けていたため、我慢の限界を超えた国民は首都ブカレストを始めルーマニア国内中で暴動を起こし、ソ連から見捨てられたチャウシェスクは失脚。

25日には略式裁判が開かれチャウシェスク夫妻共々銃殺刑に処されました。

12月29日 日経平均株価が史上最高値の38,957円44銭を記録

この日、日本において日経平均株価が史上最高値を記録し、日本のバブルの最盛期を象徴する出来事となりました。

しかし、この行き過ぎたバブルに対し大蔵省はいい顔をしておらず、公定歩合の引き上げや金融引き締め政策を実施をしたお陰でこのわずか9ヶ月後にはこの株価の半分の値に大暴落し、バブル崩壊へと突っ走っていくことになるのですが、この時にそんな動きに気づいた人なんてそうそういませんでした。

まとめ

1989年は世界では東欧革命やマルタ会談による冷戦終結など世界の体制が大きく崩された年でありました。

日本では平成が始まり消費税導入やリクルート事件などの後の自民党勢力に大きく関わる出来事や、ロックフェラー・センター買収などのバブル最盛期を象徴することも起こりました。

今年は平成が終わり、新しい元号となりますが、いい意味で平成元年に起きた出来事を超えてくれることを私は期待しています。

関連記事:
平成元年(1989)の出来事「この年歴史はいろいろ変わった」前編

  • Xをフォロー
好きなカテゴリーの記事の新着をメールでお届けします。下のボタンからフォローください。

右大将

投稿者の記事一覧

得意なジャンルは特に明治以降の日本史とピューリタン革命以降の世界史です。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 【日本の低賃金問題】 なぜ失われた20年になったのか? 「合理性…
  2. 透視能力を持つ超能力者・御船千鶴子 「リング〜貞子の母のモデル」…
  3. 本名以外で郵便配達物を受け取る方法 【クリエイター必見?】
  4. 戦国時代の女性の生活について調べてみた
  5. 100年前「スペイン風邪」と戦った人たち 【コロナ以前最大のパン…
  6. デリバリープロバイダについて調べてみた 「Amazonの落とし穴…
  7. 自力でファミリーヒストリー(家系図)を作ってみた【素人でもここま…
  8. 終活で綴るエンディングノートとは? 「遺言書との違い」

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

共に能力はありながら…天下を獲った秀吉と、北条を滅ぼせなかった太田資正の違いとは

改めて言われるまでもなく、世の中とは実に不条理なもので、善行を積んだからと言って必ずしもよい結果がも…

【鎌倉殿の13人】謀略によって粛清された若き英雄・畠山重保の悲劇

鎌倉駅の東口から若宮大路へ出て、まっすぐ海へ向かう途中、石造りの大きな鳥居(一ノ鳥居)のすぐ脇(海に…

村上武吉と村上水軍について調べてみた【海の関ヶ原】

瀬戸内海に浮かぶ芸予(げいよ)諸島の周辺は、潮の流れが速く、航海の難所であり、地元の住人は「船に乗る…

ディエンビエンフーの戦い 「フランス外人部隊最大の激戦」

※フランス外人部隊創設以来、180年に及ぶ歴史の中で、のべ60万人以上が軍務についた…

島津4兄弟の末弟・稀代の名将・島津家久について調べてみた

祖父・島津忠良が評した4兄弟島津家久は、その生涯において戦場で3人の大名級の武将の首級を…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP