昔から「三十六計逃げるに如(し)かず」と言いますが、これは「あーだこーだ小細工したところで、結局は逃げ出すのが一番」という意味です。
とは言っても、せっかく先人が36もの計略を用意してくれたのですから、知っておくだけでも損はないはず……そこで今回は、中国の古典『兵法三十六計(へいほうさんじゅうろっけい)』について調べてみました。
人間心理を深く洞察し、その修正を巧みに活かした計略は、ビジネスなど日常シーンにも使えるかも知れません。
目次
作者は南北朝の武将・檀道済
中国の兵法書と言うと、歴史が好きな方なら真っ先に春秋時代の『孫子(そんし。紀元前500年ごろ)』を思い浮かべるかと思いますが、『兵法三十六計』は南北朝時代、宋(そう。420年~479年。劉宋)の将軍であった檀道済(たん どうせい)。
その軍略をもって数々の武功を上げ、建国の元勲となるも才知に驕るところがあり、最期は粛清されてしまいました。
人間的にはちょっとアレだったかも知れませんが、武略については一級品だったようで、粗削りながら戦場仕込みの計略が紹介されています。
それでは、さっそく三十六計をリストアップしていきましょう。
※カッコ内の読み方は、ニュアンス重視で一部改変しています。
【勝戦計】圧倒的優位な状況で有効な6つの計略
一、瞞天過海(天をあざむき、海をわたる)
⇒何度も挑発を繰り返し、敵が飽きた隙をつく。
一、囲魏救趙(魏を囲んで趙を救う)
⇒趙国を救うため、魏国を包囲して注意をそらす。
一、借刀殺人(刀を借りて人を殺す)
⇒他国をそそのかし、敵を攻撃させるよう仕向ける。
一、以逸待労(はやるをもって、疲れを待つ)
⇒敵をイラつかせて、疲労するのを待つ。
一、趁火打劫(火におもむいて打ちかすめる)
⇒火事場泥棒のごとく、敵の混乱に乗じて攻め込む。
一、声東撃西(東から声、西から撃つ)
⇒声をかけて東へ向かせたら、西に向いた後頭部を攻撃する。
【敵戦計】余裕をもって戦える状況で有効な6つの計略
一、無中生有(無の中に有を生みだす)
⇒わざと偽装工作をバラし、油断を誘って攻撃する。
一、暗渡陳倉(暗夜に陳倉を渡る)
⇒陳倉(ちんそう)は地名。姿を隠して接近し、敵を奇襲する。
一、隔岸観火(岸をへだてて火事を観る)
⇒対岸の火事を眺めながら、ゆっくりと自滅を待つ。
一、笑裏蔵刀(笑顔の裏に刀を隠す)
⇒フレンドリーに接して相手に近づき、隙を狙って攻撃する。
一、李代桃僵(李を、桃の代わりに倒す)
⇒高価な桃の代わりに安い李(すもも)を犠牲にし、全体の損害を抑える。
一、順手牽羊(順に羊を盗む)
⇒羊の大群から一頭ずつ盗むように、チマチマと損害を与える。
【攻戦計】手ごわい敵と互角の状況を打開する6つの計略
一、打草驚蛇(草むらを打って蛇を驚かす)
⇒状況が判らなければ、とりあえずヤブを叩いて蛇が出るか様子を見る。
一、借屍還魂(屍を借りて魂を還す)
⇒他人の大義名分を掲げることで、優位な状況を演出する。
一、調虎離山(謀って虎を山から離す)
⇒山(堅固な城塞)に立て籠もる虎(敵)を、有利な場所まで誘い出す。
一、欲擒姑縦(捕らえたいなら、まず放せ)
⇒あえて逃げ道をつくってやることで、敵の士気をそぐ。
一、抛磚引玉(磚をなげうって玉を引き寄せる)
⇒不要なレンガを囮に投げて、目当ての宝玉≒敵を引き寄せる。
一、擒賊擒王(賊を捕らえるにはその王を狙え)
⇒大将を捕らえるor討つことで、敵軍の崩壊を狙う。
【混戦計】劣勢な状況を切り抜けたい状況で用いる6つの計略
一、釜底抽薪(かまどの薪を抜けば、火は消える)
⇒敵の大義名分を否定し、補給路を断つことで敵の撤退を誘う。
一、混水摸魚(水をかき混ぜて魚をとる)
⇒敵を混乱させることで、事態の改善を図る。
一、金蝉脱殻(セミの抜け殻作戦)
⇒まだそこにいるかのように見せつつ、主力を撤退させる。
一、関門捉賊(関所を封鎖して賊を逃がすな)
⇒敵の退路を遮断して包囲する(ように見せかけるだけでも効果あり)。
一、遠交近攻(遠くと交わり、近くを攻める)
⇒隣の国を挟み撃ちにするため、その隣の国と同盟する。
一、仮道伐虢(道を仮=借りて虢を討つ)
⇒虢(かく)は国名。とりあえず敵を買収、分断した上で各個撃破する。
【併戦計】同盟国との共同戦線で優位に立つための計略6つ
一、偸梁換柱(梁を盗んで柱を換える)
⇒面倒な敵や任務を押しつけ、相対的に優位な状況を作り出す。
一、指桑罵槐(桑に向かって槐をののしる)
⇒本音と違った行動で、相手(敵or盟友)を牽制・コントロールする。
一、仮痴不癲(痴を仮=借りて狂わず)
⇒愚か者のフリをして相手を油断させ、隙を見出す。
一、上屋抽梯(屋根に上らせて梯子を外す)
⇒逃げられない(例えば盟友なら、戦わざるを得ない)状況に追い込む。
一、樹上開花(樹の上に花が開く)
⇒満開の花を見せつけ、ハッタリを利かせる。
一、反客為主(客がかえって主となる)
⇒相手の懐に入って乗っ取りをかける。
【敗戦計】絶体絶命の窮地で繰り出す、起死回生の奇策6つ
一、美人計
⇒とにかく美女を差し出してキーパーソンを骨抜きにする。
一、空城計
⇒あえてガラ空きの状態を見せつけて敵を警戒させる、捨て身のハッタリ。
一、反間計
⇒スパイを使って敵を仲間割れさせ、混乱に陥れる。
一、苦肉計
⇒自分の身体を痛めつけることで敵を信用or油断させ、その隙をつく。
一、連環計
⇒計略を連鎖(コンボ)させることで相乗効果を狙う。
一、走為上(逃げるを上となす)
⇒追い詰められたら、とにかく全力ダッシュで逃げろ!グッドラック!
終わりに
……とまぁ、以上こんな感じになります。
『三国志』ファンであればお馴染み、貂蝉の「美人計」や孔明の「空城計」、賈詡の「反間計」そして赤壁の戦いにおける「苦肉計」や「連環計(※)」などはここから来ています。
(※)軍船同士を鎖でつなぐことを勧めた計略だと思っていたら、それだけではなかったようです。
また、中国の故事成語に詳しい方なら「指桑罵槐」や「遠交近攻」「笑裏蔵刀」などご存じ(あるいは、日常生活にご活用?)かも知れませんね。日本のことわざと共通点を探してみるのも楽しいですよ。
似たような内容が目立つことや、6×6=36という体裁のためにちょっとカテゴライズが微妙なものもあり、文学としてはイマイチかも知れませんが、何だか「わかるわかる」と思える計略もあったのではないでしょうか。
結局のところ、三十六計は逃げる(走為上)にかなわない……そんな身もふたもない話でしたが、生死のギリギリを這いずりながら絞り出した先人たちの想いが伝わってくるようです。
※参考文献:
守屋洋『兵法三十六計―世界が学んだ最高の”処世の知恵”(知的生きかた文庫)』三笠書房、2004年6月
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