中国史

皇帝の生活は楽じゃなかった? 皇帝の1日について調べてみた

皇帝の生活って?

現代に住む私たちは、多くのストレスや問題を抱えて生きている。

中国や台湾に住む若者も同じである。
彼らは、テレビドラマの古代中国の皇帝の生活を見て、憧れる。

皇帝ならば、仕事に行かなくてもいいし、自分が望まないことはしなくてもよい。
毎日ご馳走を食べて、気分次第で国事を行う。
仕事に疲れたら、数多くいる美しい妾や姫に会いに行き、午後のお茶タイムを楽しむのだ。なんでも自分の思うようにできる。。。

なんとも理想的な生活ではないか。
では実際の皇帝の生活はこのように悠々自適だったのだろうか?

今回は清朝の全盛期ともいわれた時代の皇帝、乾隆帝(けんりゅうてい)の1日を覗いてみることにしよう。

皇帝の生活は楽じゃなかった?

清 第6代皇帝 乾隆帝

乾隆帝

乾隆帝の生活は最も平安であったと言われる。

その時代はすでに祖父と父の功績で清朝の礎は据えられており、国内にも特に大きな問題はなかった。

祖父の康熙帝は、自分の一生を懸けて清朝の周辺の敵を制圧した。そして父の雍正帝は多くの家産を残した。
そのようなわけで、乾隆帝は祖先の政策をそのまま引き継ぎ、太平の世の中を楽しむことができた。

ところが、乾隆帝のストレスはとても大きなものであったという。

それは、彼自身の生活パターンから垣間見る事ができる。

皇帝の1日

清朝の一文献によると、乾隆帝は毎日朝4時に起床していた。その習慣は乾隆帝の生活の自然の規律であり、その即位の間60年続けたという。
清朝のどの皇帝にも一律して厳しい規定と生活パターンが定められており、代々の皇帝もそれに固く従ってきた。

国の頭が規律正しい生活をしないと物事が順調に運ばないのは、目に見えている。
起床後、簡単に身支度を整えてから朝食を食べる。朝食を食べ終わっても時間は大体5時頃。
そしてその後、祖先を祭る宗教行事に参加する。皇后がすでにおおよその儀式を終えている頃に皇帝が到着し、その儀式は終了する。

そして七時頃、皇室の内部にある資料館で先人の思想を学ぶ。先人たちの多くの知恵について勉強するのである。
中国古代のドラマを見ていると、皇帝の登場する場面の多くで文献を読んでいる。話す言葉は大部分が古典からの引用であったり、ある文献の一節であったりする。
ただの演出かもしれないが、全くのフィクションという訳でもなさそうである。

その後、最愛の皇后であった富察皇后の死を弔うために崇華宮という場所へ行っていた。
そこは皇后が過ごした場所であり、皇后亡き後も毎日掃除をさせ良い状態に保っていたという。彼女はは乾隆天皇即位13年で若くして亡くなっていた。

皇帝の生活は楽じゃなかった?
家臣が皇宮にそろって、皇帝に接見 イメージ画像

その後、10時から皇帝の正式な仕事に取り掛かる。各部門の大臣が様々な報告を持ってやってくるのである。
それを次々に処理し、公の朝の国務は午後1時まで続く。

そこからは、いわゆる秘密裏に処理する案件のために、必要な家臣を呼び寄せて討論したり、決定事項を伝えたりする。

午後5時、大体の国務が片付いたところで乾隆帝はようやく休息する。もし朝8時に起きたとすれば夜9時に仕事が終わるといった感じであろうか。
休息時間は、清朝の皇帝が残した物品や文献を愛でたり読んだりして時間を過ごしていた。

夜7時になると、数々の妾の名前が書かれた札を持った家臣が現れ、夜を共にする女性を一人選びその者の札を返す。
そして午後8時に就寝する。

睡眠時間はおよそ6時間ほどであったという。

このようにして乾隆帝の1日は終わる。皇帝の1日は主に勉強と祭事、色々な人物に会い、国の重要な事柄を話しあうことであった。

そしてその決定は国民の一人一人の一生、ひいては国の運命を決める。

毎日このような重責をこなしていたのである。思ったより日々の自由時間は少なく、気軽に出かけたり旅行なども行けなかったであろう。
その上、政変など起これば暗殺されたり命を狙われるリスクが高く、宮内は常に権謀術数が渦巻いている世界である。これが一生続くのである。

皇帝と平民、選ぶとしたらどちらが良いだろうか。

参考文献 : 乾隆帝伝

 

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草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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