ネアンデルタール人は、約40万年前に出現し、約4万年前に絶滅したヒト科の絶滅系統である。
前編では、彼らは何者だったのか、何を食べていたのか、そして食人の習慣があったことを解説した。
今回の後編では、ネアンデルタール人の文化や言語、現生人類との交配について掘り下げていきたい。
目次
ネアンデルタール人の文化は、どのようなものだったのか?
ネアンデルタール人は、石や木、骨などの自然素材を加工する技術に長けていた。
彼らは石の割れ方をよく理解しており、時間をかけてさまざまな石器を作る方法をみつけた。
また、白樺(しらかば)のタールという、現存する最古の合成素材を作り、接着剤や道具の柄として使用していたことが、いくつかの遺跡から明らかになっている。
さらに骨に彫刻をしたり、貝殻やワシの爪に鉱物を塗ったりしていたようだ。
一部の研究者は、ネアンデルタール人はイベリア半島の洞窟の壁に絵を描いていたと主張しており、2021年の研究によると、「Cueva de Ardales」という遺跡では、顔料の塊も発見されている。
しかし、これらの顔料が絵画と化学的に一致するかどうかは、まだ証明されていない。
ネアンデルタール人は、言葉を話したのか?
研究者たちは、ネアンデルタール人が声でコミュニケーションを取っていたことは概ね同意しているが、彼らに言語があったかどうかは依然として論争の的となっている。
2021年のある研究によると、ネアンデルタール人の内耳の構造は、彼らにとって何らかの形の言語が日常生活で重要であったことを示唆しており、おそらく私たちと同じような範囲の音を出すことができたと考えられている。
ただし、彼らの言語の存在を直接裏付ける証拠はない。ネアンデルタール人の文字記録は残されておらず、声帯も保存されていない。つまり、彼らの言語がどのような音に聞こえたのか、どれほど複雑であったのかはわからないのだ。
直接的な証拠がないにもかかわらず、ほとんどの研究者は「ネアンデルタール人は言葉を話していた」と考えている。
彼らには現代人と同じような声の構造があり、複雑な社会グループで生活しており、複雑な考えを伝える方法が必要だったからだ。
2023年に発表された研究によると、ネアンデルタール人は、私たちや私たちの近縁種であるチンパンジーと同じように、社会的相互作用において認識できるジェスチャーを使用していた可能性もあるという。
遺伝子研究によると、ネアンデルタール人も、人間の言語能力に重要な役割を果たす「FOXP2遺伝子」を持っていたことがわかった。
FOXP2遺伝子は、音声の生成や理解、運動の制御など、言語能力に必要なさまざまな機能を調節していると考えられており、ヒト、チンパンジー、ゴリラなどの霊長類に存在する。
しかし、彼らのFOXP2遺伝子は、私たちのものとはわずかに異なった働きをしていたようだ。
そのため、2019年の研究レビューによると、ネアンデルタール人の言語の複雑さについては、まだ明確な結論を出すことはできないという。
人類とネアンデルタール人は、交雑していたのか?
2010年の研究により、「ネアンデルタール人が現代人の祖先と交雑していた」ことが、DNAの証拠から初めて示された。
2014年の研究では、元のネアンデルタール人ゲノムの最大50%が現代人全員に広がっている可能性が示されている。サハラ砂漠以南のアフリカ系ではない人々では、最新の分析によると、DNAのおよそ1%から2.4%がネアンデルタール人由来であることが示唆されている。
2020年の研究では、サハラ砂漠以南のアフリカ系の人々にもわずかな量のDNAが発見されたが、これはユーラシア大陸からアフリカ大陸に人類が移住した際に、ネアンデルタール人由来のDNAが混ざり合ったと考えられている。
なお、異なる遺伝子を持つ個体同士の交配を「交雑」と呼び、ゲノムとは、生物が持つ遺伝情報の総称である。
現代人のネアンデルタール人由来の遺伝子は、約5万5千年〜6万年前に起こった交配から来ていると考えられている。
しかし、ホモ・サピエンスの化石のDNAから、交配はそれよりも後の約4万年から4万5千年前、ネアンデルタール人が絶滅する直前にも行われていたことがわかっている。
さらに、より古いネアンデルタール人の化石から得られた遺伝子データによれば、ホモ・サピエンスとの交配は10万年から20万年前に、何度も起こっていたようだが、その時代の交配は現代人の祖先を残さなかったようだ。
つまり「1回目の交配は現代人の祖先を残さなかったが、2回目と3回目の交配から現代人の祖先が生まれた」と考えられているということだ。
ネアンデルタールDNAの影響とは
彼らから受け継いだ遺伝子が、私たちにどのように影響を与えているのかも明らかになってきている。
ネアンデルタール人由来の遺伝子の中には、私たちの免疫力を強くするものがたくさんあったのだ。
これは、彼らが30万年以上にわたってユーラシア大陸の病原体に耐性をつけてきたため、初めてこの大陸に足を踏み入れたホモ・サピエンス(現代人の祖先)にとって役に立ったと考えられている。
さらに、他のネアンデルタール人由来の遺伝子には、生殖を促進し、流産を防ぐ効果があるようだ。
また、ある研究では、ネアンデルタール遺伝子変異を持つ人は脳の形がわずかに長く、より浅くなる傾向があることがわかったが、この違いは、脳の機能に大きな影響を与えるほどではないという。
しかし、ネアンデルタール人由来の遺伝子の中には、古代には有益だったかもしれないが、現代では悪影響を与えるものもあるとされている。
例えば、あるネアンデルタール遺伝子変異は、現代人をより痛みに敏感にし、老化を早める可能性がある。
2023年の研究では、ネアンデルタール人のDNAが「バイキング病」、つまりデュプイトレン拘縮と強く関連していることが判明し、2014年の研究では、クローン病やその他の自己免疫疾患と関連していることが明らかになった。
このように、ネアンデルタール人由来の遺伝子の影響は、必ずしも一様ではない。
例えば、あるネアンデルタール遺伝子変異は、COVID-19で重症化するリスクを高めたが、別のネアンデルタール遺伝子は、COVID-19の重症化から守った。
この分野の研究はまだ初期段階だが、彼らの遺伝子がCOVID-19感染症に対するリスクにどのように影響を与えているのかを理解することができれば、COVID-19の予防や治療にも役立つ可能性がある。
今後、ネアンデルタール人由来の遺伝子の研究が進むことで、現代人の健康について、より深く理解することができるようになるだろう。
ネアンデルタール人は、なぜ絶滅したのか?
現代人のDNAに遺伝子が残っているにもかかわらず、ネアンデルタール人は約4万年前に独自の人類種として姿を消した。
その理由は、まだ完全には解明されていない。
有力な仮説としては、気候変動が挙げられている。
絶滅までの1万年間に急激な気候変動があり、環境と食料に大きな影響があったことが発見されている。しかし、ネアンデルタール人は過去にも不安定な気候や、極端な環境を生き抜いてきている。
また、我々の祖先であるホモ・サピエンスがユーラシア大陸に到達したとき、ネアンデルタール人と生息地や獲物を奪い合ったという説もある。
しかし、より最近の研究によると、ホモ・サピエンスの初期の集団は少なくとも10万年前にはユーラシア大陸に存在し、6万年前にはオーストラリアに到達していたことが明らかになっている。
さらに「現生人類とネアンデルタール人との間に争いがあった」という考古学的証拠も見つかっていない。
多くの要因が考えられるが、ネアンデルタール人は比較的小規模で孤立した共同体を形成していたため、行動範囲を広げた結果として、さまざまな課題に直面していた可能性が高い。
そのため、ネアンデルタール人は緩やかに絶滅するリスクが高まっていき、衰退していったのだろう。
これは、ネアンデルタール人の絶滅が、特定の単一の原因によるものではないということだ。
さいごに
ネアンデルタール人の研究は年々進んでいるが、まだ多くのことが明確にはわかっていない。
今後のさらなる研究により、多くの疑問が明らかになっていくことを期待したい。
参考 : Neanderthals: Our extinct human relatives | Live Science
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