宇宙

米国の月着陸機「Nova-C」着陸成功 ~民間企業では世界初

2024年2月23日(日本時間)、ヒューストンに拠点を置くインテュイティブ・マシーンズ社が開発した無人月着陸機・Nova-C(愛称: オデュッセウス)が、月の南極近くに着陸に成功した。

民間企業が月面着陸を果たしたのは世界初だ。

米国にとっても、米航空宇宙局(NASA)による最後の有人着陸となった1972年のアポロ17号以来となる、約50年ぶりの快挙となる。

画像: 民間企業インテュイティブ・マシーンズ社の月着陸機 Nova-C credit by Intuitive Machines

月探査の変遷:冷戦時代の競争から商業利用へ

1960年代と1970年代初頭、米国の宇宙船は頻繁に月へと向かった。

この月面有人着陸競争は、科学的観測が主な目的ではなかった。

当時、地球の衛星である月に宇宙飛行士を送り込むことは、国の安全保障上の要と見なされ、冷戦時代にライバルだったソビエト連邦に対する技術的優位を示す手段とされた。

米国は、1969年から1972年にかけての6回のアポロ計画ミッションで、月面に12人の宇宙飛行士を送り込んだ。

月面有人着陸競争に決定的な勝利を収めたことで、NASAは有人宇宙計画の焦点を他の目標、特にスペースシャトル計画の開発と運用に移すよう指示された。

アポロ計画後も、米国は月周回軌道からの様々な月探査機を打ち上げてきた。

例えば、NASAのルナ・リコネサンス・オービターは2009年から月を周回している。

しかし、いくつかの苦労を経ても、再び月面に立つことは優先事項とはされてこなかった。

それが、近年になって変わったのだ。

月探査の変遷:アルテミス計画始動

Nova-C

画像: 月着陸機Nova-Cの模型 credit by Intuitive Machines

2017年12月、当時のトランプ大統領は、NASAに比較的近い将来に宇宙飛行士を月に送るよう指示した。

この指令に基づき、2030年代後半までに月の周りと表面に長期的で持続可能な有人拠点を築き、そこで得た知見を生かして2040年代前半には火星に宇宙飛行士を送ることを目指す、「アルテミス計画」と呼ばれる野心的な計画が策定された。

NASAは、月の南極地域に1つ以上のアルテミス基地を設置する計画だ。
この地域には氷の水が多量に存在すると考えられているからだ。

しかし、そこに宇宙飛行士を送る前に、あまり探査されていない地域についての更なるデータを集めたいと考えた。

例えば、実際にどの程度の水が存在し、この重要な資源へのアクセスがどの程度容易かなどを判断するためだ。

月探査の変遷:民間企業が月面探査に参画

そこで、NASAはCLPSというプログラムを立ち上げ、米国の民間企業によって、NASAの科学機器を月面に運ばせることにした。

CLPS(Commercial Lunar Payload Services)とは、NASAが提唱する商業月面輸送サービスの一部で、「米国の民間企業」を通じて月面へ科学的な観測機、機器や貨物を運ぶプログラムだ。
このプログラムの目的は、月面での科学的研究を推進し、将来的には人間の月面滞在を支援するためのインフラを構築することだ。

CLPSはアルテミス計画の一部でもある。

2019年、「CLPS」はインチュイティブ・マシーンズ社に、伝統的な英国の電話ボックスほどの大きさの月面着陸機を使用して、NASAの科学機器を月面に輸送することを委託した。

インチュイティブ・マシーンズ社の月面着陸ミッション

Nova-C

画像: 民間企業インテュイティブ・マシーンズ社の月着陸機 Nova-C credit by Intuitive Machines

IM-1」はインテュイティブ・マシーンズの最初の月面着陸ミッションで、NASAがCLPSを通じて同社に委託した6つの機器、国際月面天文台協会の天文観測用カメラなどを月面へ輸送する。

IM-1ミッションでは、ギリシャ神話に登場する有名な航海の英雄「オデュッセウス」にちなんで名付けられたNova-C月着陸機「愛称:オデュッセウス」が使用されることになった。

オデュッセウスにはNDLなどの高機能・高精度な機器が追加され、1100万ドルの開発費用が上乗せされた。最終的には、いくつかの改良を経て、業務委託総額は1億1800万ドルになったという。

NDL(高精度速度・距離センシング用ナビゲーションドップラーライダー)と呼ばれる機器は、レーザー光検出と測距技術を使用して、降下と着陸中のデータをリアルタイムに収集し、着陸機の航行を支援する。

このNDLは、後ほど説明するように、今回の月面着陸にとって大変な役割を果たした。

最終的に以下の6つのペイロード(機器)が搭載された。

・レーザーリトロリフレクターアレイ (LRA)
地球からレーザーを反射することで地球と月の距離を測定することができる。

・精密な速度と遠近判定のためのドップラーライダー (NDL)
月着陸の精度を向上させるためのドップラー・ライダー。

・ルナーノード1測位実証機 (LN-1)
周回衛星や着陸機に位置情報を提供する測位用のビーコン。
将来的に月周辺の広域GPSのような航法システムの一部となりうる自律航法技術をデモすることを目的とした機器

・月プルームと表面の研究用のステレオカメラ (SCALPSS)
Nova-Cの着陸時に舞い上がったダストを観測する。
宇宙船のエンジンの排気が、月の土や岩石とどのように相互作用するかを調べる機器

・月表側表面での光電子シースの電波観測 (ROLSES)
月表面近くの光電子シースの密度を電波で観測する実験。

・無線周波数質量ゲージ (RFMG)
燃料の残量を低重力環境で測定する装置。

オデュッセウスに搭載されるNASA以外のペイロード

インチュイティブ・マシーン社は、IM-1のオデュッセウスにNASA以外の6つの商業ペイロードも搭載した。

その一つは、コロンビアスポーツウェア社の「オムニヒート・インフィニティ」で断熱材料を宇宙でテストするものだ。

また、アーティストのジェフ・クーンズによる彫刻のセットや、人類の蓄積した知識の保管庫も搭載されている。

さらに、エンブリー・リドル航空大学の学生が製作したカメラシステム「イーグルカム」も搭載された。

イーグルカムは、着陸中に月面から約30mの高度でオデュッセウスから展開し、月面着陸の瞬間を下から撮影することを目的として設計された。

オデュッセウスの月面着陸成功の裏側

画像: オデュッセウスが撮影した地球の画像 credit by Intuitive Machines

12のペイロードを搭載したオデュッセウスは2月15日、スペースXのファルコン9ロケットによって月へと打ち上げられた。

オデュッセウスの宇宙航行は比較的順調だったが、着陸直前で多少ドラマチックな展開となった。

オデュッセウスは2月22日(日本時間)に予定通り月周回軌道に到着した。

しかし、月面着陸の最終段階で、オデュッセウスの運用チームは、高度と水平速度を測定できるオデュッセウスのレーザー距離測定装置が正常に機能していないことに気づいた。

そこでチームは、この重要な機能のためにNASAの実験機器NDLを活用することにし、(前述した)「NDL」の準備をするために、着陸時間を2時間後ろにずらした。

この着陸直前の回避策は、地上でソフトウェアを修正してオデッセイに送信するというもので、うまく機能した。

オデュッセウスは月面への降下を減速するために主エンジンを11分間点火。
そして、クレーターのマラパートAの縁から約300km離れた、月の南極に着陸したのだ。

しかし、着陸の成功はすぐには確認できなかった。

IM-1ミッションチームがオデュッセウスからの信号を捉えるまでの約15分、緊張した時間が流れた。

そして、月面上のオデュッセウスから信号を無事に受信し、無事着陸成功となった。

着陸後、オデュッセウスは横倒しの姿勢になっている可能性が高いと報道されたが、通信や発電を含め問題はなく、ミッションの遂行に問題はないとした。

オデュッセウスのミッションと月探査の未来

画像: オデュッセウスが撮影した着陸地点の月南極 credit by Intuitive Machines

計画が順調に進めば、オデュッセウスとそのペイロードはこれから約7日間、月面で稼働する予定だ。

IM-1ミッションは、着陸地点のマラパートAが月の夜に入った時に終了する。

約2週間続く月の夜はマイナス150度にもなる厳しい寒さで、オデュッセウスもまた、日本のSLIM月着陸実証機と同じく、そのような厳しい寒さを耐えるように設計されていないからだ。

IM-1は、過去50年で最も多くの科学観測機器を月面に運ぶミッションである。

IM-1は、NASAの6つの科学観測機器を搭載しており、これまでにない量のデータを収集することが期待されている。

これらのデータは、月の起源や進化、将来の月面基地建設に必要な情報など、様々な謎を解明するのに役立つだろう。

近年の月探査の歴史

画像: HAKUTO-R CC BY-SA 4.0

月面着陸には、他の国家機関、民間企業も挑戦しており、月は国際的な探査・開発の舞台になろうとしている。

例えば、ピッツバーグの企業アストロボティックは、2023年、ユナイテッド・ローンチ・アライアンスのバルカン・セントールロケットの初飛行で月面ランダー・ペレグリンを打ち上げた。

しかしペレグリンもCLPSプログラムを通じてNASAのペイロードを搭載していたが、ロケットからの展開直後に燃料漏れるという重大なトラブルが発生した。

この問題でペレグリンは月に到達できず、アストロボティックは2023年1月18日に大気圏への再突入による処分に追い込まれた。

しかし最近、他の2つの民間月着陸機が月周回軌道に到達している。

イスラエルのベレシート探査機と、東京のアイスペース社が製作したハクトRだ。

しかし、着陸という大仕事を成し遂げることはできなかった。

ベレシートは2019年4月の着陸失敗に終わり、ハクトRも2023年4月に同じ運命をたどった。

一方、2023年8月、インドは月の南極近くに無人月着陸機チャンドラヤーン3号を着陸させた。

そして2024年1月、日本も月着陸実証機SLIMを月にピンポイント着陸させた。SLIMは太陽電池が発電できないという問題に遭遇したが、見事回復し、世界を驚かせた。

これらの例は、ソ連、米国、中国に次ぐ月面着陸成功となった。

月をめぐる今後の展開

画像: インドの月着陸機 public domain

もちろん米国にはアルテミス計画があるが、中国も2030年までに月面有人着陸を目指しており、2030年代後半にはロシアなどと月面基地の開発を計画している。

一方でインドは、2040年頃には月面「有人着陸」を成し遂げる意向を表明している。

政治家の中には、これらの計画を新たな月面有人着陸競争と捉える人もいて、誰が月面で最初に何を達成するか、その後の探査活動にどのようなルールを設けるかを確立する権利を競うものだとする向きもある。

一方、探査の擁護派は、月の資源開発が人類にとって朗報であると強調する。

探査の擁護派は、月の資源開発が人類の未来にとって重要な課題であると主張し、活発な議論が巻き起こっている。

月には、水、希少金属、エネルギーなど、様々な資源が存在すると考えられていて、これらの資源を開発することで、宇宙開発に必要な燃料や資材を月面で調達することが可能になるからだ。

どちらにせよ、世界の国々と企業にとって、月探査の重要性はますます高まっているのだ。

さいごに

月探査は、人類にとって長年の夢であり、挑戦であり続けてきた。

近年、技術革新や国際的な協力によって、月探査は新たな時代を迎えようとしているといえよう。

 

lolonao

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フィリピン在住の50代IoTエンジニア&ライター。
antiX Linuxを愛用中。頻繁に起こる日常のトラブルに奮闘中。二女の父だがフィリピン人妻とは別居中。趣味はプチDIYとAIや暗号資産、マイクロコントローラを含むIT業界ワッチング。

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