「グリモワール」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。
グリモワールとは、中近世のヨーロッパにおいて流布した「魔術書」という体で書かれた書物のことだ。
ソロモン王が使役した72体の悪魔について述べた『レメゲトン(ゴエティア)』などは、著名なグリモワールの一つである。
これらの書物には神秘的な知識とともに、魔術的な儀式や呪文が記されており、多くの者がその力を求めた。
そんなグリモワールの中でも、1575年頃にスイスで出版された『アルバテル(Arbatel De magia veterum)』は、一風変わった存在である。
グリモワールの多くはキリスト教の観点から見て、黒魔術的であり忌避すべき内容のものが多い。
しかしアルバテルにおいては、そのようなアンチクライストめいた内容は薄く、キリスト教信者でも安心して読める内容となっている。
アルバテルの作者は不明だが、どうやら聖書を丸暗記しているほどキリスト教の造詣が深いようで、他にも様々な神学・哲学・古代ギリシア文学等のエッセンスが、当書には散見されている。
そんなアルバテルに登場する存在として、特筆すべきは「オリンピアの天使」である。
古代中国において七曜と呼ばれた7つの惑星。
すなわち「火星・水星・木星・金星・土星・太陽・月」それぞれ関連付けされたこの精霊たちは、神の代行者として、信仰深き者に様々な恩恵を与えるという。
彼らは神の創りし宇宙のうち、合計196の地域を支配しており、各々が数多の軍勢を従える強大な天使だとされる。
そして我々の住まう地上を統治する存在でもあり、紀元前60年から始まって490年ごとに交代で管理を行っているそうだ。
今回は、そんな途轍もない「オリンピアの7体の天使」について解説していく。
1. アラトロン
アラトロン(Aratron)は、土星を司る天使である。
7人の天使の中でも最も大規模な軍勢と支配地域を持ち、49の地域を支配し、王族や総督、公爵など多くの地位の者たちを従えている。
36000の軍団を指揮し、その軍団一つ一つが490人の兵士を有する。
アラトロン自身も、多種多様な能力を有している。
「万物を石に変換、宝物と炭の変換、使い魔の贈呈、錬金術・魔術・物理学(医学とも)の教授、人を視覚的に見えなくする、不妊治療、長寿」など多岐にわたる。
中には「人を毛深くする」などの、よく分からない能力もあるが、これは「育毛促進」の力だとされている。
2. ベトール
ベトール(Bethor)は、木星を司る天使である。
この天使のもっとも特徴的な能力は、大気の精霊と人間との仲を取り持つ力である。
大気の精霊たちは、宝物の運搬や奇跡的な効果を持つ秘薬を通じて、人間をサポートするという。
ベトールの領域である木星は、風速100mを越えることもザラにある過酷な環境だ。
故に、風を司る精霊たちの手綱を握ることも、お手の物なのだろう。
他には、人間の寿命を700歳まで延ばす力を持ち、術者に召喚された際には極めて迅速に顕現するという。
3. ファレグ
ファレグ(Phaleg)は、火星を司る天使である。
平和の君主であり、支持者には強大な軍事力を与えるといわれる。
まさに「力なくして平和はあり得ない」という事実を体現するかのような存在である。
4. オク
オク(Och)は、太陽を司る天使である。
錬金術と医学のスペシャリストであり、万物を黄金や宝石へと変換し、完璧な医療技術を人に伝授するという。
オクは36536の軍団と28の支配地域を持つが、その領域すべてを一人で統治しているという。
まさに、太陽のような威厳と雄大さを持った天使だといえよう。
5. ハギト
ハギト(Haggith)は、金星を司る天使である。
銅と金の変換を瞬時に行い、支持者にはこの世の魅力の全てを与え、美しい存在に仕立て上げるという。
金星は英語で「Venus」だが、これはローマ神話における愛と美しさの女神ヴィーナスが由来である。
故に、金星を支配するハギトもまた「美しさを司る天使」とされた。
6. オフィエル
オフィエル(Ophiel)は、水星を司る天使である。
なんと10万もの軍団を率いているとされ、オリンピアの天使の中で最大である。
支持者にあらゆる芸術を教え込み、水銀を「賢者の石」に変える能力を授けるという。
賢者の石は、錬金術において卑金属を黄金に変え、不老不死の効果を持つとされる究極の物質であり、錬金術師たちが追い求めたものである。
しかしオフィエルの前では、賢者の石も些細なものに過ぎないのだ。
7. フォウル
フォウル(Phul)は、月を司る天使である。
オリンピアの天使の中では最も控えめな存在で、支配地域も7つと少なく、率いる軍勢についての言及もされていない。
あらゆる金属を銀に変える能力を持ち、水膨れを癒す力もあるとされる。
支持者には水の精霊を贈呈する。この水の精霊たちは姿がはっきりと見え、さまざまな奉仕をしてくれるという。
最後に
オリンピアの天使たちは、古代から伝わる神秘的な力を宿し、宇宙と人間の世界を結びつける存在である。
ユダヤ・キリスト教の天使たちとは違った天使であるが、信奉者たちにとっては天界の力を地上にもたらすための重要な存在であった。オリンピアの天使たちは時を超えて、今日に至るまで神秘と信仰の象徴として語り継がれている。
参考 : 『アルバテル第三巻』
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