アイリーン・ウォーノスは、2002年に死刑が執行された女性連続殺人犯である。
女性が男性を殺す手段としては異質な「銃殺」という手を使い、殺害したのは成人男性ばかり7名に上る。
人の命を奪うという許されざる罪を犯したアイリーンだが、その生い立ちの過酷さから多くの人たちから同情が寄せられ、彼女の生涯はハリウッドで映画化もされている。
今回はモンスターの異名を持つ殺人鬼アイリーン・ウォーノスについて、詳しく解説していこう。
目次
誰にも愛されなかった幼少期
アイリーン・ウォーノスの育った環境を言い表すなら、「悲惨」の一言に尽きる。
アイリーンは1956年、アメリカミシガン州にレオ・デイル・ピットマンとダイアン・ウォーノス夫妻の第2子として生まれた。レオとダイアンはまだ10代で、アイリーンが生まれる2ヶ月前に2人は離婚し、アイリーンは母のダイアンに引き取られた。
しかしダイアンはアルコール依存症になり、アイリーンは兄のキースと共に育児放棄されていた。そしてダイアンはアイリーンが4歳になる年に、子供たちを捨てて出奔してしまう。
アイリーンの父であるレオも精神的な疾患を抱えていた人物で、精神病院に入退院を繰り返し、少女を強姦した罪で服役中の1969年に刑務所で自殺した。アイリーンは実の両親から愛されずに育った子供だったのだ。
母に捨てられたウォーノス兄妹は、母方の祖父母に引き取られる。しかしこの祖父母もまたまともな保護者ではなく、アイリーンとキースは祖父から日常的に虐待を受けた。苛烈な肉体的虐待に加えて、時には性的な虐待を受けることもあったという。
祖母は母と同じくアルコール依存症で、幼いアイリーンを虐待から守ってくれる大人は誰もいなかったのである。
体と引き換えに欲しいものを手に入れる日々
人並みの愛情を受けられず、悲惨で過酷な環境で育ったアイリーンが真っ当に育つわけもなく、11歳から薬物、たばこ、食料と引き換えに不特定多数の異性と肉体関係を持つようになる。他人だけではなく、血のつながった兄のキースとも肉体関係を持った。
さらには14歳の時に祖父の友人に強姦されて子供を身籠り男の子を出産するが、すぐに養子に出された。だがこの時アイリーンは既に多数の男性と関係を持っていたため、子供の父親が誰だかは実のところはっきりしていない。
出産から間もなく祖母が亡くなり、アイリーンは高校を中退し家出して、廃材で建てた家や乗り捨てられた廃車の中で暮らしながら、体を売って生活費を稼ぐようになる。やがては身一つでヒッチハイクでアメリカ中を移動しながら売春しながら生きるようになったのだ。
身近な大人たちから人としての良心や道徳を教わらずに大人になったアイリーンの性格は攻撃的かつ反社会的で、その後暴行や窃盗などの罪で何度も逮捕された。
ティリア・ムーアとの運命的な出会い
1986年、アイリーンはフロリダ州デイトナのゲイバーで、パートナー兼親友となるティリア・ムーアと出会った。ティリアはその当時ホテルでメイドとして働いていた女性で、アイリーンより6歳年下の24歳だった。
2人は出会ってすぐに交際し始め、アイリーンは売春業で無職になったティリアを養い、ティリアはその手伝いをした。2人が恋人同士だったのは実質1年ほどであったが、その後も親友として行動を共にした。
男性を信頼できないアイリーンにとって、ティリアは親友でありパートナーでもある、唯一信頼できる大事な存在となった。
ティリアと出会った後も、アイリーンは犯罪を繰り返した。ティリアと出会ってから3年後の1989年頃からは、アイリーンの攻撃的な性格がより過激になっていき、実弾を入れた銃を持ち歩くようになる。
相変わらず売春や窃盗で生計を立てていたが、売春婦としては高齢だった上に不摂生な生活で老け込んでいたため客がつかなくなり、この頃には最低限の生活費さえ稼げなくなっていた。
1年間で7人の男性を射殺
窃盗や暴行などの犯罪を何度も繰り返していたアイリーンだが、ついに殺人に手を染めてしまう。1人目の犠牲者となったのは、テレビ修理業を営むリチャード・マロリーという男性だ。
アイリーンはマロリーに売春を持ち掛け、撃ち殺して金品を強奪した。それから約1年間で、6人の男性を欲望と憎悪の赴くままに殺害する。被害者たちの遺体は複数回撃たれて放置され、発見された時にはフロリダ州の温暖な気候の影響で腐敗して見るも無残な姿だった。
1990年のある日、アイリーンとティリアは車で事故を起こし、乗り捨てていったその車が連続銃殺事件の被害者の物であったことから足がつき、2人は指名手配された。
その後バーで買春する客のふりをして近づいてきた捜査官に、アイリーン1人が逮捕された。
唯一信頼したティリアからの裏切り
逮捕された当初、アイリーンには罪の意識などなかった。むしろ自分は法律より上位な存在だと考えていた。
殺人は強姦されかけた故の正当防衛だと主張したが、有罪判決を受ける。1人目の犠牲者であるマロリーには強姦の前科があったことが発覚したが、結局再審は認められなかった。
それよりもアイリーンを打ちのめしたのは、ティリアの裏切りだった。
ティリアは警察から司法取引を持ち掛けられ、ティリア自身の不起訴と引き換えにアイリーンの自供を引き出す役目を受け、裁判では検察側の証人として法廷に立った。
それまで自分の罪を認めなかったアイリーンは全てを察し、一転してティリアを守るために自らの犯行を認め始めた。
度重なる裁判の結果、アイリーンには6件の死刑判決が下された。アイリーンの境遇に同情した人々から死刑に対する異議が集まったが、アイリーン自身は死刑を望み、自ら死刑執行が早まるよう働きかけた。
最期の言葉
アイリーンの死刑は2002年10月9日、注射による薬殺刑にて執行された。
死刑囚ならではのラストミールを拒否して、人生の最後に口にしたのはコーヒー1杯だけだった。
I’d just like to say I’m sailing with the rock, and I’ll be back like Independence Day, with Jesus June 6. Like the movie, big mother ship and all, I’ll be back.
(私はただ岩と航海しにいくだけ、そして『インデペンデンス・デイ』みたいに帰ってくるよ、イエスと一緒に6月6日にね。映画みたいに大きな母船で、戻ってくるからね)
という言葉を遺して、アイリーンは死の国へと旅立った。
『インデペンデンス・デイ』は地球に宇宙船で襲来した宇宙人と人類の戦いを描いた映画だ。アイリーンの最期の言葉の真意は本人にしかわからないが、一部では地球に接近する小惑星について予言していたのではないかという意見が取り沙汰された。
彼女は地球に対する脅威となって、自分を苦しめた世界や人々に復讐しようと考えたのだろうか。しかし小惑星が地球に衝突することはなく、アイリーンがこの世界に戻ってくることも無かった。
虐待と差別が生んだ哀れなモンスター
アイリーンが犯した罪は、「殺人」という決して許されるべきではないものだ。しかし彼女の境遇に同情した者も大勢いたのも事実であり、歌手のナタリー・マーチャントはアイリーンに同情した人物の1人で、アイリーンの葬儀で自分の曲が使われることを快諾した。
親や祖父母の無関心と虐待によって、彼女の道徳心は幼い頃に殺された。そして法によって壮絶な虐待から守られることもなく育ち、大人になって人を殺して法の下に裁かれ処刑された。
アイリーンは神聖な法廷で中指を立てて暴言を吐くという凶悪で幼稚な犯罪者でありながら、自分が信頼を寄せた人物には別人のような人間性を見せることもあった。
また彼女に下された判決や裁判の内容には、同性愛者や売春婦、さらには女性そのものに対する差別的な意図が少なからず影響を及ぼしたのではないかという意見もある。
モンスターと呼ばれた殺人鬼アイリーン・ウォーノスは、生まれてから死ぬまでずっと孤独な女性だった。もしこの世に彼女を孤独から救い心から愛してくれる存在が1人でもいたら、凶悪なモンスターは生まれずに済んだのかもしれない。
参考
ピーター・ヴロンスキー『シリアルキラーズ 女性篇 ―おそるべき女たちの事件ファイル―』
ニック・ブルームフィールド『シリアル・キラー アイリーン 「モンスター」と呼ばれた女』
『Daily Star』2023.6.6発行
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