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優駿牝馬(オークス)の歴史を調べてみた

優駿牝馬(オークス)の歴史を調べてみた

第77回優駿牝馬(オークス)でゴールする瞬間(2016年5月22日)wiki(c)馬面長伊奈 

優駿牝馬(3歳オープン 牝馬限定 国際・指定 定量 2400m芝・左)は、日本中央競馬会(JRA)が東京競馬場で毎年5月中頃に施行する重賞競走(GⅠ)である。

第3着までに入着すると、当該年の9月にフランスのパリロンシャン競馬場で行なわれるヴェルメイユ賞(GⅠ)(3歳以上 牝馬限定 2400m芝・右)への優先出走権が得られる。

オークス」は1965年から優駿牝馬の副称として付けられた。

イギリスダービーの創設者の第12代ダービー伯爵 エドワード・スミス・スタンリーは、1779年にエリザベス・ハミルトンとの結婚を記念して、自らが所有する樫の木が茂る「オークス」という土地で3歳牝馬のレースを行なった。そのレースが好評で、地名に由来して「オークスステークス」(区別するために「英オークス」「エプソムオークス」などと呼ばれることもある)と名付けられた。

日本のオークスについて創設からの歴史をひもといてみる。

なお2001年(平成13年)から競走馬の年齢表記が数え年から満年齢に変更された。この記事ではレース名以外は現在の表記で記す。

オークスの歴史

日本のオークスは英オークスに範をとり、1938年(昭和13年)11月に「阪神優駿牝馬」として旧阪神競馬場(鳴尾競馬場)に創設された。天皇賞(春)と同じ年で、桜花賞より1年早い。
秋にレースが施行されたのは、日本の3歳牝馬は競馬先進国に比べて半年成長が遅いと考えられていたためである。

第1回オークスの優勝馬はアステリモアだ。
1934年(昭和9年)第3回東京優駿大競走(現 日本ダービー)優勝馬のフレーモアを全兄(父と母が同じ兄)に持つ良血馬で、馬主の大川義雄は「競馬の神様」こと競馬評論家の大川慶次郎の父である。

1939年(昭和14年)第2回から1942年(昭和17年)第5回まで旧阪神競馬場の芝2450mで開催。
旧阪神競馬場は1943年(昭和18年)の春の開催終了後に軍に接収されてなくなり、10月の第6回は京都競馬場の芝2400mで行なわれた。

終戦後の1946年(昭和21年)11月の第7回から東京競馬場芝2400mで施行され、名称が「優駿牝馬」に変更されて現在に至る。

1953年(昭和28年)第14回から開催時期が海外と同じ5月に変更された。
1965年(昭和40年)(第26回)副称に「オークス」が付された。

1984年(昭和59年)(第45回)グレード制導入、GⅠに格付けされた。

1995年(平成7年)(第56回)地方競馬所属馬の出走が可能になった。

2003年(平成15年)(第64回)外国産馬も出走可能になる。

2007年(平成19年)(第68回)日本はパートⅠ国に昇格したが、オークスは外国調教馬の出走を認めていなかったため、格付表記がJpnⅠに変更された。

2010年(平成22年)(第71回)国際競走に指定され、外国調教馬は外国産馬と合わせて最大9頭まで出走可能となった。また格付表記がGⅠ(国際格付)に変更された。

オークスの回顧

競馬には血統のロマンがある。特に古い歴史を持つレースには数多くのドラマがある。
ここでは4頭のストーリーをご紹介する。

《「後ろからはなんにも来ない」 テスコガビー》

1975年(昭和50年)第36回の優勝馬テスコガビーは筋骨隆々として牡馬顔負けの雄大な馬格の持ち主、しかもしなやかな筋肉を持つ青毛(青みがかった黒い毛色。見た目は真っ黒)で「グラマー美女」「化け物」などといわれた。

スタートからゴールまで先頭を走り続ける逃げ馬で、桜花賞の走破タイムが1分36秒か37秒だった時代に、1分34秒9で逃げるから後の馬は追いつけない。オークスではタイムは普通ながら2着に8馬身差をつけての勝利はJRAでのオークス史上最大着差である。

牝馬クラシック二冠達成以降は故障と無理な調整のせいか5歳で心臓麻痺で急死した。
繁殖に上がっていたら優秀な仔が産まれたであろうと惜しまれた。

《華麗なる牝系の祖 ダイナカール》

1983年(昭和58年)第44回は5頭が横一列になってゴールに飛び込んだが、ダイナカールがハナ差(約20cm)で優勝した。
ダイナカールは6歳で引退し繁殖牝馬になった。産駒で最も活躍したのは4番目の仔のエアグルーヴである。

エアグルーヴは1996年(平成8年)第57回オークスで優勝、1997年(平成9年)第116回天皇賞(秋)で牝馬としてプリティキャスト以来17年ぶりに優勝した。

優駿牝馬(オークス)の歴史を調べてみた

アドマイヤグルーヴ wiki(c)Goki

エアグルーヴの仔や孫も活躍馬揃いで、初仔のアドマイヤグルーヴ(牝)は祖母と母が勝てなかったエリザベス女王杯に連勝、8番仔ルーラーシップ(牡)は香港のクイーンエリザベス2世カップ(GⅠ)の勝ち馬、アドマイヤグルーヴの最後の仔のドゥラメンテ(牡)は皐月賞・日本ダービーの二冠馬である。

いまやダイナカール一族は日本有数の牝系となっている。

《史上初の1着同着 アパパネとサンテミリオン》

2010年(平成22年)第71回オークスはJRA史上初のGⅠでの1着同着であった。アパパネサンテミリオンは残り200m地点以降2頭での抜きつ抜かれつの激しい一騎打ちの末、10分超の写真判定の結果、同着と判定された。

オークスの後、アパパネは牝馬三冠とヴィクトリアマイル(GⅠ)でも優勝したが、サンテミリオンは1勝もできずに引退している。

 

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