調べてみた

天皇陛下のお名前に多い「仁」の字はいつ始まった?歴代天皇の諱を調べてみた

今上天皇の徳仁(なるひと)陛下をはじめ、皇族がたの諱(いみな。本名)を見ると、「仁」の文字が多いことに気づきます。

一般参賀に応えられる今上陛下と皇族方。Wikipediaより(撮影:江戸村のとくぞう氏)。

他にも上皇(明仁:あきひと)陛下、秋篠宮(文仁:ふみひと)皇嗣殿下、悠仁(ひさひと)親王天下、常陸宮(正仁:まさひと)親王殿下……男性皇族はことごとく「仁」の字がつけられていますが、この伝統はいつから始まったものなのでしょうか。疑問が湧いたので、さっそく調べてみることにしました。

【註】説明の便宜上、日本人の社会通念に照らして不敬ともとれる表現もあるかと思いますが、どうかご容赦願います。

諱に「仁」が使われている天皇陛下まとめ

初代の神武天皇(じんむてんのう。在位:神武天皇元BC660年~同七十六BC585年)から第126代の今上陛下(現在の天皇陛下)まですべて調べたところ、諱に「仁」をつけられている方は以下の50名でした。

※連続している代は行間を狭めてあります。

第56第・清和天皇(惟仁:これひと)

第60代・醍醐天皇(敦仁:あつひと)

第66代・一条天皇(懐仁:やすひと)

第70代・後冷泉天皇(親仁:ちかひと)
第71代・後三条天皇(尊仁:たかひと)
第72代・白河天皇(貞仁:さだひと)
第73代・堀河天皇(善仁:たるひと)
第74代・鳥羽天皇(宗仁:むねひと)
第75代・崇徳天皇(顕仁:あきひと)
第76代・近衛天皇(躰仁:なりひと)
第77代・後白河天皇(雅仁:まさひと)
第78代・二条天皇(守仁:もりひと)
第79代・六条天皇(順仁:のぶひと)
第80代・高倉天皇(憲仁:のりひと)
第81代・安徳天皇(言仁:ときひと)

第83代・土御門天皇(為仁:ためひと)

第86代・後堀河天皇(茂仁:とよひと)
第87代・四条天皇(秀仁:みつひと)
第88代・後嵯峨天皇(邦仁:くにひと)
第89代・後深草天皇(久仁:ひさひと)
第90代・亀山天皇(恒仁:つねひと)
第91代・後宇多天皇(世仁:よひと)
第92代・伏見天皇(熈仁:ひろひと)
第93代・後伏見天皇(胤仁:たねひと)

第95代・花園天皇(富仁:とみひと)

第100代・後小松天皇(幹仁:もとひと)
第101代・称光天皇(躬仁⇒實仁:みひと)
第102代・後花園天皇(彦仁:ひこひと)
第103代・後土御門天皇(成仁:ふさひと)
第104代・後柏原天皇(勝仁:かつひと)
第105代・後奈良天皇(知仁:ともひと)
第106代・正親町天皇(方仁:みちひと)
第107代・後陽成天皇(和仁:かずひと⇒周仁:かたひと)
第108代・後水尾天皇(政仁:ことひと)

第110代・後光明天皇(紹仁:つぐひと)
第111代・後西天皇(良仁:ながひと)
第112代・霊元天皇(識仁:さとひと)
第113代・東山天皇(朝仁:あさひと)
第114代・中御門天皇(慶仁:やすひと)
第115代・桜町天皇(昭仁:てるひと)
第116代・桃園天皇(遐仁:とおひと)

第118代・後桃園天皇(英仁:ひでひと)
第119代・光格天皇(師仁:もろひと⇒兼仁:ともひと)
第120代・仁考天皇(恵仁:あやひと)
第121代・孝明天皇(統仁:おさひと)
第122代・明治天皇(睦仁:むつひと)
第123代・大正天皇(嘉仁:よしひと)
第124代・昭和天皇(裕仁:ひろひと)
第125代・太上天皇※1(明仁:あきひと)
第126代・今上天皇※2(徳仁:なるひと)

※1法律上は「上皇」とされましたが、本来は太上天皇(だいじょうてんのう)の略称であり、ここでは略さずに表記しています。
※2現在の天皇陛下を指す呼称で、年号(例:令和)を冠するのは死後の諡(おくりな。贈り名。民間人なら戒名の感覚)であるため、不敬に当たります。

日本で初めて諱に「仁」の字をつけたのは、第56代・清和天皇(在位:嘉祥三850年~元慶四881年)。平安時代前期からその伝統は始まったのでした。

その後、永い歳月の中で使われたり使われなかったりしますが、最も連続したのは、第70代・後冷泉天皇(在位:万寿二1025年~治暦四1068年)から第81代・安徳天皇(在位:治承二1178年~寿永四1185年)までの12代となっています。

ちなみに現在は第118代・後桃園天皇(在位:宝暦八1758年~安永八1779年)から9代続いており、現在の皇位継承順であれば「仁」の伝統がもう2代以上連続することでしょう。

また、諱の読みがダブった事例も散見され、第66代・一条天皇と第114代・中御門天皇は共に「やすひと(懐仁・慶仁)」、第75代・崇徳天皇と第125代・太上天皇は共に「あきひと(顕仁・明仁)」、第92代・伏見天皇と第124代・昭和天皇は共に「ひろひと(熈仁・裕仁)」となっています。

今後、悠仁親王殿下が即位されれば、第89代・後深草天皇と共に「ひさひと(悠仁・久仁)」でダブりますね。

終わりに

さて、ここまで調べて分かったことについて簡単にまとめておこうと思います。雑談のトリビアにでもどうぞ。

【お名前に「仁」の字が使われている天皇陛下まとめ】

1)諱に「仁」の字を使っている天皇陛下は、現時点で50名。
2)最初に「仁」の字が使われたのは、清和源氏の祖として知られる第56代・清和天皇。
3)「仁」のつく諱が連続したのは、後冷泉天皇から安徳天皇までの12代が最長。
4)諱の読みがダブるのは、現時点で3組。

※現代人に紹介するなら、上皇陛下は崇徳天皇と同じ「あきひと(顕仁)」、昭和天皇は伏見天皇と同じ「ひろひと(熈仁)」と言った方が、より身近に感じられるかも知れません。

余談ですが、諱とは「忌み名」すなわち「他人に呼ばれたくない(軽々しく呼ぶのは憚られる)名前」を意味しており、古来「貴人に対して本名を呼ぶのは失礼」と考えられてきました。

そこで「秋篠宮」「常陸宮」などの称号や、「陛下」「殿下」といった敬称が用いられているのですが、昨今の報道では「雅子さま(皇后陛下)」「愛子さま(敬宮殿下)」など諱を濫用する傾向が目に余ります。

「広く国民に親愛される皇室」像を演出するためと考えられますが、昔から「親しき仲にも礼儀あり」と言うように、君臣のけじめはきちんとつけてこそ、国家の秩序が保たれるのではないでしょうか。

※今回の諱に関する豆知識も、あくまで歴史に興味を持ってもらう目的で紹介したのであって、皇室に対する不敬を助長するものでないことは、強く念押ししておきます。

※参考文献:
穂積陳重『忌み名の研究』講談社、1992年3月

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角田晶生(つのだ あきお)

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