
長い名前といえば落語の「寿限無」が有名である illstAC cc0
「名前」とは、あらゆる物に付される識別のための記号である。
名称が与えられることで、対象への理解や認識は一段と深まる。
時に名前は、異常な長さを持つことがある。
たとえば欧米では、祖先や聖人の名をミドルネームとして重ねる慣習があり、結果として非常に長い個人名が生まれることがある。
また、動物の学名も「属」と「種」などの分類名を組み合わせて構成されるため、複雑で長大になりやすい。
こうした“名の長さ”は、神話や幻想の世界においても度々現れる。
ときには、ひと息では言い切れないような長大な名前を持つ怪物や妖精が登場し、その名前自体が物語の鍵を握ることもある。
今回は、そんな異様に長い名前を持つ怪物伝承をいくつか紹介したい。
1. ヘルマフロタウルス・アウトシタリウス

画像 : ヘルマフロタウルス・アウトシタリウス 草の実堂作成(AI)
ヘルマフロタウルス・アウトシタリウス(Hermafrotaurus Autositarius)、通称「フタナリウシ」は、スペインの写真家ジョアン・フォンクベルタとペレ・フォルミゲーラによる架空動物図鑑『秘密の動物誌(Fauna secreta)』に登場する想像上の生物である。
スペインとフランスにまたがる「ピレネー山脈」に、フタナリウシは生息するとされている。
非常に奇妙なことに、この生物は一つの頭に二つの胴体を有しているそうだ。
そしてフタナリという名が示す通り、胴体の片方はオスで、もう片方はメスなのだという。
どうやらその意識も、オスとメスとで分かれているようであり、メスの意識は常に発情状態にあり、興奮し過ぎて眠ることができない。
一方、オスの意識は大抵はグッスリ眠っているのだという。
メスが情欲を満たしたくなったときは、「プシー! ヘイッ!」と声を発し、オスを目覚めさせる。
そして飛び跳ねながら互いの腰を激しくぶつけ合う、猛烈な交尾をするのだという。
突拍子もない生態にもかかわらず、書中では320年も生きたという驚異的な寿命が語られている。
2. ホルツリューアライン・ボンネフューアライン

画像 : ホルツリューアライン・ボンネフューアライン 草の実堂作成(AI)
ホルツリューアライン・ボンネフューアライン(Holzrührlein bonneführlein)は、ドイツの民間伝承に登場する妖精である。
その名は、作家テオドール・コルシュホルンとカール・コルシュホルンが1854年に編纂・出版した童話集『Märchen und Sagen aus Hannover(ハノーファーの昔話と伝説)』の中で語られている。
(意訳・要約)
昔々あるところに、牛飼いの一家と羊飼いの一家が住んでいたという。
牛飼いには娘が、羊飼いには息子がおり、二人は幼いころから相思相愛だった。
二人が成人したとき、息子は娘にプロポーズをし、結婚が決まった。
だが、そんな二人に魔の手が忍び寄る。
ある時、醜い小人の妖精が牛飼い一家を訪ねてきた。
妖精はさまざまな高価な品を家族にプレゼントし、こう言った。
「どうか娘さんを私にください」
しかし娘は妖精のあまりの醜さに、これをはっきりと拒否した。
娘の母親も、妖精の醜さにうんざりしていたが、財宝だけはしっかりと自分の懐に入れていた。
数日後、妖精は再び贈り物を携えてやって来たが、娘はついに怒りを爆発させた。
「醜い者からの施しなど受け取れません。今すぐ帰ってください!」と強く言い放ったのだ。
これに激高した妖精は、目をぎらつかせながら、こう叫んだ。
「ならば、お前の家族が受け取った財宝の代金を払え! 明日の正午にまた来る。そのときにこの私の名を言い当てられなければ、お前をさらって無理やり妻にしてやる! 後悔するがいい!」
そう言い捨てると、妖精は怒気を残したまま去っていった。
一方その頃、羊飼いの息子は、羊を連れて森を歩いていた。
洞窟の近くにさしかかったとき、突風のようにその中へ飛び込んでいく小さな影があった。
あの妖精である。
訝しんだ息子が洞窟の奥へ足を踏み入れると、かすかに歌声が響いてきた。
「ここに座り金を掘っている♪
私の名前は“ホルツリューアライン・ボンネフューアライン”!
この名を知らずに娘は守れまい♪」
息子はその不気味で妙に長い名を、しっかりと胸に刻んだ。
その晩、息子は娘と母親に森での出来事を語り、三人でその奇妙な名前を何度も唱えては覚えた。
言いにくさに苦笑しながらも、どうにか暗記に成功した。
そして迎えた翌日の正午、約束通り妖精が現れ、「さて、私の名前をご存知かな?」と不敵な笑みを浮かべた。
娘の母親はあえておびえたふりをし、「マウゼリッヒ?」「ルップステアート?」などと、見当違いの名を並べた。
妖精はすっかりその気になり、醜い顔をくしゃくしゃにして笑い出した。
「ハッハッハ、惜しいどころかかすりもせんな。娘はもう、私の花嫁ということだ!」
すると娘が静かに言った。
「でもまさか、あなたの名前って……ホルツリューアライン・ボンネフューアライン、じゃないですよね?」
その瞬間、妖精は叫び声をあげる間もなく、かき消すように姿を消した。
そして二度とこの世に現れることはなかった。
こうして娘と息子は結ばれ、末永く幸せに暮らしたという。
3. アズキトギトギ・ウメボッシャスイスイ・メンパコロガシ

画像 : オーソドックスな小豆洗いの姿 public domain
アズキトギトギ・ウメボッシャスイスイ・メンパコロガシは、富山県の魚津市に伝わる「小豆洗い」の一種と推測される妖怪である。
小豆洗いとは日本各地に伝わる妖怪であり、その名の通り小豆を洗うような怪音を立てるとされている。
音だけでなく、「小豆洗おか~、人とって喰おか~、ショキショキッ!」などという、恐ろしい歌詞のメロディを口ずさむことでも知られる。
このアズキトギトギ・ウメボッシャスイスイ・メンパコロガシの名前については、ウメボッシャスイスイは「梅干しが酸っぱい」を、メンパは「曲げ物(木製の円形容器)の弁当箱」を、それぞれ意味するとされる。
この妖怪は、ある名家の屋敷に生えていたカヤの木の内部に棲んでおり、日暮れ時になると坂道に現れ、小豆を研ぐ音やメンパを転がすような音を響かせ、人々を驚かせたと伝えられている。
また、この妖怪の名は、夜更かしする子供たちへの“しつけ”にも利用された。
大人たちは「早く家に帰らないと、アズキトギトギ(以下略)に誘拐されるぞ!」などと脅かすことで、子供の帰宅を促したのである。
これだけ長い名前なのだから、子供たちに与えたインパクトは相当なものであり、効果は絶大であったと考えられる。
参考 : 『秘密の動物誌』『とやま民俗 58号 2002年1月』他
文 / 草の実堂編集部
この記事へのコメントはありません。