
画像 : 可愛いベイビー pixabay cc0
子を産み育てることは、種の存続のために欠かせない行動である。
「子に過ぎたる宝なし」という言葉が示す通り、子宝に恵まれることは本来、祝福と感動をもって迎えられてきた。
しかし一方で、神話や伝承の世界に目を向けると、出産という出来事が必ずしも幸福だけをもたらすものとして描かれてはいない。
人の形を成さない異形が母体から生まれ出るという、不吉で忌まわしい物語が語られることも少なくない。
今回は、そうした「人の胎内から生まれた怪異」にまつわる伝承を取り上げ、その背景と意味を探っていきたい。
姫国山海録
『姫国山海録』という書物がある。
同書は古代中国の地理書『山海経』の体裁を踏まえて編まれたものであり、日本各地に伝わる怪異や異形の存在を記録した江戸時代の随筆的作品である。
序文などから、宝暦12年(1762)頃に「南谷先生」と号する人物によって編纂されたとみられている。
『山海経』は地理や神祇、異族、怪物、動植物などを雑録的に集成した書であり、『姫国山海録』もこれにならい、日本各地に現れたとされる妖怪や怪異について解説している。
姫国山海録には、人間から産まれたとされる、見るもおぞましき妖怪が二体紹介されている。

画像 : 広島伝馬町の怪物イメージ 草の実堂作成(AI)
一つは、芸州、現在の広島県周辺に出現したとされる怪物である。
伝馬町(輸送用の馬を貸し出す場所)の馬方である幸松という人物の妻が、この怪物を出産したと記されている。
その姿は、身長1尺8寸(約54cm)、手足は4〜5寸(約12〜15cm)、足は三本、体色は赤色という、この上ない異形であったとされる。
また、小柄な体格に似つかわしくないほど巨大な陰嚢を備えており、その大きさは周囲が1尺8寸ほどあったという。
もう一つは、出羽国、現在の山形県から秋田県にかけての地域に住んでいた百姓、孫右衛門の妻が産んだとされる怪物である。
その姿は、頭部が三つに分かれているように見え、背中には恐竜の背ビレを思わせる突起状のものがびっしりと生えていたと伝えられている。

画像 : 孫右衛門の産子 草の実堂作成(AI)
これら二体の怪物については、当時の人々が目にした異常出産や理解しがたい身体的特徴を、妖怪という形で語り直したものではないかと解釈されることが多い。
出産が常に命がけの出来事であった時代背景を踏まえると、こうした伝承は、未知への恐怖や不安が具体的な姿を伴って語られた例の一つと見ることもできる。
産怪
人間が化け物を産んだという伝説は日本各地に存在し、そのようにして産まれた怪物は「産怪」などと称されてきた。
埼玉県や神奈川県には、血塊(けっかい)と呼ばれる、聞くもおぞましき産怪の伝承が残されている。
その姿形ははっきりとは定まっていないが、顔が牛に似ている、舌が二枚ある、全身が毛に覆われ、しかも体毛がすべて逆さまに生えているなど、さまざまに語られている。
伝承によれば、産まれ出でた血塊は、すぐさま縁の下に潜り込もうと動き出すという。
縁の下に入った血塊は産婦を殺そうとするとされ、非常に危険な存在とみなされていた。
そのため一部地域では、出産の際に縁の下へ屏風を立て、血塊が入り込まないようにする風習があったと伝えられている。
一方、神奈川県に伝わる血塊は、囲炉裏の自在鉤をよじ登り、上方から産婦を殺すのだという。
ゆえに血塊が出現した際、すぐに打ち殺せるよう、あらかじめ自在鉤にしゃもじを括り付けておいたとされる。
また、山梨県には葡萄血塊(ぶどうけっかい)と呼ばれる、血塊に類似した妖怪の伝承が残る。
葡萄血塊は、その名の通り果物のブドウのような粒状の姿をしている。
産まれ出でた葡萄血塊は転がりながら、囲炉裏や火鉢などの火の中へ入ろうとするという。
もし火の中に入られてしまうと、産婦は死んでしまうと信じられていた。
そこで出産に立ち会う人々は、あらかじめエンジュの薪を用意し、葡萄血塊が現れた場合は即座に撲殺したと伝えられている。
エンジュでなければ、葡萄血塊を傷つけることができないと考えられていたためである。
血塊に類似する伝承として、岡山県にはオケツと呼ばれる存在が伝えられている。

画像 : オケツ イメージ 草の実堂作成(AI)
その姿はカメに似ているが、背中には蓑のような毛がびっしりと生えているという。
このオケツも、産まれた瞬間に縁の下へ潜り込み、産婦を殺してしまうとされ、出現と同時に退治する必要があったと語られている。
これらの産怪については、異常な出産や理解しがたい現象を、人々が妖怪という形で語り伝えたものと解釈されることが多い。
また近代以降には、見世物小屋において異国の動物を「人間から産まれた血塊」などと称して公開した例があったともいわれており、こうした伝承が娯楽や好奇の対象として消費されていった側面も指摘されている。

画像 : 中南米に生息するヨザル public domain
ちなみに、過去には見世物小屋において、中南米に生息する猿を「人間から産まれた血塊」などと称し、見世物にしていた例もあったそうだ。
ジャージー・デビル
アメリカ合衆国ニュージャージー州には、語るもおぞましき怪物伝承が残されている。
その昔、ニュージャージー一帯に広がるパイン・バレンズと呼ばれる松林の湿地帯に、リーズという名の女性が住んでいたそうだ。
彼女はすでに12人の子を持つ、大所帯の母であったという。
1735年頃、リーズはさらに13人目の子供を身ごもることとなった。
ところがいざ出産になると、これがまた大変な難産であり、リーズは大いに苦しんだ。
あまりの苦痛に彼女は「このクソガキ!お前は悪魔の子だ!」などと呪うような言葉をつい口走ってしまった。
やがて子は無事に産まれたものの、直後に翼や尾、鋭い爪が生えそろい、悪魔のような異形の姿へと変じ、そのまま飛び去っていったという。

画像 : ジャージー・デビル public domain
以後、ニュージャージーでは怪物の目撃談が相次ぎ、人々はこの存在をジャージー・デビルと呼ぶようになったとされる。
このエピソード自体は伝説的色彩の強い話であるが、その背景には実在の人物が関係しているとする説がある。
リーズという名の女性は、デボラ・リーズという実在人物を原型とした可能性が指摘されており、彼女は夫ジャフェット・リーズとの間に12人の子をもうけていたとされる。
また、英国生まれの入植者ダニエル・リーズ(1651〜1720)も、この伝説の形成に大きく関与した人物と考えられている。
ダニエルは作家であり、クエーカーと呼ばれるキリスト教一派の信者であったが、占星術に関する著作を発表したことで、同派の内部から激しい非難を浴びた。
その内容は背教的であるとされ、やがて彼自身はアンチクライストとして糾弾されるに至り、リーズ一族全体が悪魔崇拝者であるかのような噂を立てられるようになったという。
こうした宗教的対立や社会的排斥の記憶が積み重なり、やがて「人の胎内から生まれた悪魔」という物語として、ジャージー・デビルの伝説が形作られていったと考えられている。
このように、人の胎内から怪異が生まれるという物語は、時代や地域を超えて繰り返し語られてきた。
医学や知識が十分でなかった時代、理解しがたい出来事に直面した人々は、それを怪異や妖怪の物語として語り直すことで、なんとか現実と折り合いをつけようとしていたのだろう。
参考 :『姫国山海録』『The Jersey Devil: The Real Story』他
文 / 草の実堂編集部
























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