中国史

ビッグモーターと毛沢東 【過剰なノルマの行き着く先は?】

不正の背景には過剰なノルマが

ビッグモーターと毛沢東

画像:車を紹介するディーラー イメージ

大手中古販売のビッグモーターの不正が、次々と明らかになっています。

この問題の背景には、会社が設定した過剰なノルマにあったようです。しかしビッグモーターに限らず、ノルマを設定して社員を働かせている会社はたくさん存在します。

ノルマを設定する手法を取り入れることで、いずれ組織(会社)が破綻してしまうことは、歴史をきちんと勉強すれば分かることです。

そこで今回の記事では、ノルマを設定したことで多くの犠牲者を出した、毛沢東の「大躍進」政策を紹介したいと思います。

「15年でイギリス経済を追い越す!」

ビッグモーターと毛沢東

画像:毛沢東 public domain

1949年、中華人民共和国を建国した毛沢東は、国内の権力闘争も一段落したところで、いきなり「15年でイギリス経済を追い越す」と言い始めます。

当時は「国力は鉄」という時代だったため、具体的には「鉄鋼生産量においてイギリスを追い抜け!」ということです。

「そんなことできるわけない」と周囲の人間が思っていましたが、意見を言えば粛清されます。毛沢東がどんなに理不尽なノルマを言っても…「御意!」という返答しか許されなかったのです。

当時(1957年)における中国の鉄鋼生産量は535万トンで、世界第2位のイギリスとは4倍近い差がありました。中国の現状などはまったく無視され、毛沢東の数値目標(ノルマ)にむりやり数字を擦り合わせる計画が立てられます。

計画表を見た毛沢東は「15年も要らん。10年で達成するよう、計画し直せ!」と言ったかと思うと…「いや10年も要らん、2〜3年もあれば十分だろ」…。

毛沢東の言葉に周りは振り回され、狼狽します。部下たちは初年度の目標を1070万トンに設定してしまったのです。

「家の裏庭に“溶鉱炉”を作れ!」

計画表を提出してしまった以上、ノルマを達成しなければ自分の首が飛びます。

しかし計画を達成できるためのインフラがそもそも整っていません。原料(鉄鉱石・砂鉄など)や燃料(石炭・コークスなど)、溶鉱炉もありません。

そこで中国全人民に大号令が下されます。

人民は家の裏庭に“溶鉱炉”を作れ!

当時の中国人の人口は6.5億人。全人民が一斉に鉄鋼を作れば、イギリスの鉄鋼生産量などすぐ追い付くはずだ。毛沢東の恐怖におびえる部下は本気で考えたのです。

素人の人間にきちんとした鉄鋼などできるわけがありません。できたのはただの「鉄屑」にしか過ぎません。しかし部下たちは。そんな使い物にならない鉄屑を“数字”として組み込みます。

毛沢東が満足する数字を稼ぎ、なんとかその場をしのぐこと。部下の頭には、これしかありません。

また鉄鋼を作るための原料もなければ、中国全土に燃料も運ぶインフラ整備も進んでいません。それにも関わらず人民のところには、ノルマ回収のために役人が予定通りやってきます。

人民は「原料も燃料もないなら、何もできない」と抵抗します。

しかし、ノルマのことしか頭にない役人は「そんなことは知らん」と突っぱねます。

「できないなら『ノルマ未達成』ということで上に報告するが、それでいいんだな?」

ビッグモーターと毛沢東

画像:大躍進時代に作られた溶鉱炉 public domain

数字(ノルマ)のためなら、手段は問わない

ノルマが達成できなければ、何をされるか分からず、下手をしたら殺される可能性だってあります。人民は本業の農業などほったらかしにするしかありません。

周りの森林を伐採して燃料にし、仕事(農業)に使用するはずだった農具など、近くにある鉄製のものを手当たり次第に「溶鉱炉」にぶち込んだのです。

こうして人民から提供された、使い物にならない“鉄屑の重さ”を役人は計測し、上層部に報告します。中国全土から届いた数字を合算した「見せかけの数字」によって、目標の数値目標(ノルマ)をなんとか達成しました。

この数字を見た毛沢東は満面の笑みを浮かべ、次年度の数値目標(ノルマ)をさらに上げたのです…。

画像:溶鉱炉で鉄を溶かす中国人民 public domain

たった1人による思いつきのせいで…

以上が毛沢東による「大躍進」政策の実態です。

荒唐無稽なノルマ達成のために森林が荒廃し、農作業はほったらかしにされ、仕事に使う農具は溶鉱炉に溶けていく…。そこまでの犠牲を払ってできた鉄屑は何に使われるでもなく、ただ放置されて錆びていきました。

たった1人の虚栄心を満たすために、このような悲劇が起こったのです。

ノルマ達成のために農業をおろそかにした結果、中国全土では極度の食料不足に陥りました。正確な数字は分かりませんが「大躍進」によって、4000万人から5000万人が犠牲になったと言われています。この数字は第二次世界大戦の犠牲者に匹敵する数字です。

鉄鋼生産のノルマ設定だけでなく、あらゆる分野で失政を重ねた毛沢東は失脚。国家主席の座を劉少奇に譲ります。

しかし毛沢東はこのあと「文化大革命」を発動し、再び権力を奪い返します。このときにも多くの命が犠牲になりました。

終わりに

毛沢東の「大躍進」政策を見てきました。現代の我々からすると、非現実的な話に聞こえるかもしれません。

しかし毛沢東の数値目標(ノルマ)におびえる部下たちの心理は、まさにビッグモーターの社員そのものではないでしょうか。

ノルマは短期的な結果(数字)を出すかもしれませんが、無理をして出した数字であることがほとんどなため、持続可能ではありません。

社員の方々にはそれぞれ、家族など大事な存在がいます。

経営者の方々には歴史を勉強してもらい、ノルマなどという馬鹿げた手法を取り入れないようにしてほしいと思います。

参考文献:神野正史『粛清で読み解く世界史』辰巳出版、2019年4月

 

村上俊樹

村上俊樹

投稿者の記事一覧

“進撃”の元教員 大学院のときは、哲学を少し。その後、高校の社会科教員を10年ほど。生徒からのあだ名は“巨人”。身長が高いので。今はライターとして色々と。フリーランスでライターもしていますので、DMなどいただけると幸いです。
Twitter→@Fishs_and_Chips

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 【兵馬俑の新発見】 始皇帝陵を盗掘していた意外な歴史上の有名人
  2. 漫画『キングダム』で中国史を学ぼう! 春秋・戦国時代のリアルな…
  3. 【中国の2つの謎の古代文明】金沙遺跡と三星堆遺跡とは 「高度な技…
  4. 中国の人身売買が無くならない理由 「8人の子供の母親事件」
  5. 世界で最も多くの人を殺戮した女性!? 毛沢東の妻・江青
  6. 始皇帝と呂不韋の関係性とは? ~太后に男をあてがい失脚【漫画キン…
  7. 【古代中国の伝説の墓】 赤い棺の女性ミイラから「謎の液体」が流れ…
  8. 中国が歴史上行った残酷な処刑、拷問方法

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

「漫画の歴史」について調べてみた

日本最古の漫画日本最古の漫画は「鳥獣戯画」と言われています。正式名称は鳥獣人物戯…

秀吉死去後、豊臣家を守り続けた加藤清正 【二条城の会見】

虎退治で名を馳せた戦国の猛将 加藤清正豊臣秀吉子飼いの武将として、天下統一を最前線で支えた。…

毛沢東の死を見守った専属医師が明かす「最期の瞬間」

毛沢東の専属医師李志綏(り しすい)は、中国の指導者であった毛沢東の専属医師である。…

武田信玄の本拠地「躑躅ヶ崎館」 武田神社に行ってみた

この地は武田信虎・信玄・勝頼が3代に渡って居住し領地経営を行っていた場所であり、信玄の父・信虎が15…

筋トレがもたらす効果 【肥満防止、肩こり改善、若返り、前向きになる】

近年、空前の筋トレブームである。アスリートでない一般の人々であってもパーソナルトレー…

アーカイブ

PAGE TOP