中国史

「1ヶ月頭を洗ってはいけない」驚きの中華圏の産後ケア習慣「坐月子」とは?

坐月子とは

坐月子

写真①産後ケア

坐月子(ズオユエズ)という言葉をご存知だろうか。

これは、中華圏の古代からの伝統的な習慣の一つで、出産後の女性が1ヶ月間、体を休めるために設けられた特別な期間を指す。

その間にするべきこと、してはいけない事が決まっている。

産後には十分な休息を取り、栄養をしっかり補給することが重要である。これは、体力の回復だけでなく、これから始まる子育てを乗り切るための準備でもある。

坐月子はまさにその目的を果たすための伝統的な習慣であるが、現代の感覚では驚くべき風習や習慣が含まれている。

以下では、そのいくつかを紹介してみたい。

数々のやってはいけないこと「1ヶ月頭を洗ってはいけない」

画像 : イメージ Photo ac

坐月子には、産後の女性が守るべきとされる多くの禁忌が存在する。

その伝統的な禁忌の一部を挙げると、以下のようなものがある。

・頭を洗ってはいけない
髪を洗うことで体を冷やし、頭痛や体調不良を引き起こすと信じられていた。

・歯を磨いてはいけない
歯を磨くと歯茎が弱まり、歯が抜ける原因になると考えられた。

・冷たい食べ物や水を摂取してはいけない
冷えが体調を悪化させるとして、温かいものだけを摂るよう求められる。

・外に出てはいけない
外気に触れることで風邪をひくリスクがあるとして、外出が制限された。

・入浴をしてはいけない
体を冷やさないためとされている。特に古代では、浴室を出た後に体温が急激に下がることが懸念されたため、全身を湯につける入浴は避けるよう求められた。ただし、身体を拭く程度であれば許される場合が多い。

・階段を上り下りしてはいけない
過度な運動が産後の体に負担をかけるため、無理な動作を避けるべきとされる。

・大声で笑ったり泣いたりしてはいけない
感情の起伏が激しいと体調を崩す原因になるとされ、静かに過ごすことが推奨される。

・裁縫や刺繍をしてはいけない
目に負担がかかるとして、これらの作業も避けるべきとされた。

・冷たい水に触れてはいけない
体温を下げることで「冷え」が残るとされ、冷水に触れることが避けられた。

・夫婦生活をしてはいけない
産後の体が完全に回復していないため、行為を控えるように求められた。

・未亡人や不吉とされる人物と会ってはいけない
産婦と赤ちゃんを守るため、伝統的な迷信に基づいて接触が避けられた。

坐月子は現代でも中華圏、特に中国本土や台湾で広く行われている。
もちろん上記のような迷信的なものではなく、医療的知見や科学的な知識に基づいた現代的なケアが中心で、専門の施設やサポートサービスも利用されている。

しかし、一部の地域や家庭では、古来からの伝統的な習慣が依然として根強く残っている。

台湾のある女性は、姑の指示に従い、坐月子の間である1ヶ月間、頭を一切洗わなかったという。その結果、彼女の髪は強烈な臭いを放つまでになった。

この女性は美容院で髪を洗ってもらおうとしたものの、5軒もの美容院に門前払いされたという。

実際、この風習の背景には古代の生活環境がある。ドライヤーのない時代、髪を洗うと自然乾燥しか方法がなく、乾くまでに風邪をひくリスクや頭痛を引き起こす可能性は十分あっただろう。

「歯を磨いてはいけない」という禁忌に関しては、中国語には「生一個娃,掉一顆牙」(一人の子供を産むごとに歯を一本失う)という言葉があり、当時は「歯を磨いて無闇に傷つけないようにする」と信じられていたようだ。

「坐月子」は、いつ始まった?

写真②親子の健康

坐月子(ズオユエズ)の習慣は、2000年以上前の前漢時代(紀元前206年~紀元8年)に始まったとされている。

礼典書『礼記・内則』には、産後の女性が休息を取るべきことが記されており、これが坐月子の原点と考えられている。

古代においては、妊娠や出産は非常に危険な出来事だった。当時の医療技術は未発達で、産婦や新生児が命を落とすことも珍しくなかった。そのため、出産を無事に終えた女性が十分に休息し、体力を回復させることが何よりも重要とされたのだ。

坐月子の間、女性には特別な食事が提供された。たとえば、温かいスープや消化の良い食材を中心に、体を温め、血行を促進するものが用意された。

これらは古代の知恵に基づいたものであり、前述した禁忌も現代の視点ではおかしなものも多いが、古代の人々なりに「産後の女性が少しでも早く健康を取り戻せるように」と考えたものなのだ。

時代を超えて受け継がれる坐月子

坐月子は時代とともに少しずつ形を変えながらも、中華圏で今も大切にされている。

現代では、科学的知識を取り入れた形で実践されており、専門施設である「坐月子センター」や栄養士が監修した食事プランが提供されるケースもある。伝統と現代の知識が融合することで、より安心で快適な産後ケアの形が実現している。

坐月子は、単なる古い習慣ではなく、長い歴史の中で築かれた女性への思いやりの文化であると言える。

これからも中華圏の伝統として受け継がれていくだろう。

参考 : 『現代中国都市部における 産後の養生「坐月子(ズオユエズ)」』他
文 / 草の実堂編集部

アバター

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Audible で聴く
Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 【手と足に特化した妖怪伝承】 日本各地に伝わる異形の世界
  2. 『台湾の原住民』タオ族の文化と伝統 ~独特すぎる食文化とは?
  3. 『古代中国』史上最も強く美しかった皇后 ~なぜ彼女は捕虜となり処…
  4. 秦の始皇帝も感動した「韓非子」の教え 〜権力の腐敗を防ぐリーダー…
  5. 150年以上前の江戸時代にタイムスリップ!復元された「箱根関所」…
  6. 『兵馬俑で新たな発見』最高位クラスの軍事指揮官が出土する 〜秦の…
  7. 【戦国時代の最弱武将】小田氏治 ~居城を9度落城させるも不死鳥の…
  8. 徳川家の終焉を見届けた皇女・和宮 〜家茂の死、江戸無血開城、その…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

【どうする家康】 織田信長の凱旋道中!徳川家康によるおもてなしがコチラ 「ぶらり富士遊覧」

天正10年(1582年)3月11日、甲斐国天目山で武田勝頼(演:眞栄田郷敦)の自害により武田家が滅亡…

【失明しても来日】5度も渡航に失敗した「鑑真」の壮絶な旅 ~日本仏教に尽力

奈良時代の仏教と聞くと、多くの人が東大寺の大仏や全国に建立された国分寺を思い浮かべるだろう。…

瀬戸内海のジャンヌダルク、鶴姫の伝説

ジャンヌダルクといえば、15世紀のフランスにおいて活躍した、「オルレアンの少女(おとめ)」と…

「天然痘」予防の普及に迷信と戦った医師・緒方洪庵

漫画にも登場緒方洪庵(おがたこうあん)は幕末の時代にあって大阪の地に「適塾」を開き、医術・蘭…

大盆栽まつり(大宮盆栽村)に行ってみた 【BONSAI】

今日は、妻の実家の大宮にGWに帰省した流れから近所で開催されていた、盆栽まつり(大宮盆栽村)…

アーカイブ

PAGE TOP