三國志

魏の歴史【曹操、曹丕、司馬懿】三国時代一の強国

 

魏の政治

屯田制

196年に曹操は屯田制を開始している。
屯田制とは戦乱で耕すものがいなくなった農地を、兵士が農民を護衛して耕させる制度である。
これを民屯という。
この政策のおかげで、曹操軍は食料に事欠かなくなった。また、各地の食い詰めた民衆を大量に集めることもできたのである。
魏が建国されると、兵士にも農耕を行わせるようになった。
これを軍屯という。

九品官人法

220年魏の皇帝に即位した曹丕は、漢代に行われた郷挙里選を廃し九品官人法という官吏登用法を始める。

この郷挙里選は地方官や地方の有力者が、自らの管内の優秀な人物を推薦するという形をとっていた。

紀元前178年、漢(前漢)の文帝・劉恒は賢良方正で直言極諫の士の推挙を求める勅令を出した。
その後何度も勅令が出されたため、紀元前134年に儒学者の董仲舒の建言によって漢の武帝は軍の長官に対して、毎年一人の有徳者を推薦することを義務付けた。


※病気の母に四六時中付きっきりで看病する漢文帝劉恒(wikipediaより)

人物評定の枠として設けられたのが「孝廉・賢良・方正・直言・文学・計吏」などの科目である。
その中でも、孝廉(父母への孝順及び物事に対する廉正な態度)が最も重要視された。

後漢では豪族の勢力がかなり強まり、官に推薦されるかどうかは豪族たちの評判が全てあった。
この評判を勝ち取るために、大げさに自分の行動を飾り立てる人もいたという。

郷挙里選での豪族や権力者の子弟が優遇されていた状況を改めるために施行されたのが九品官人法である。

この法では、官僚は最高の一品官から最低の九品官までの九等の等級(官品)に分類した。
そして管内の任官志望の青年の徳行・才能を審査し、一品から九品までの郷品を評価する中正官と呼ばれる役職を、群ごとにおいた。
この郷品を元に官僚への推薦が行われたのである。
そして見事に官僚に任命された人物は、郷品より四等下がった官位に初任するのである。
昇進して、郷品が官品と同じ等級になるとそれ以上は昇進することはできないのである。
また中正官は登用された官吏の品行を絶えず監視して、必要があれば内申書を訂正する義務もあった。

個人の才徳によって管理を登用することを目的として制定されたこの制度であるが、現実は反対の結果を招いたのである。
つまり、有力者の子弟はすべて郷品二品と査定され、それがその家の既得権となったのである。
そして同じ家格の中にも上下の差がついたのである。

上品に寒門(低い家格)無く、下品に勢族無し」(晋の劉毅の評価)という言葉が的を射ているであろう。

文帝の諡号

この制度は583年、文帝楊堅によって廃止されている。
この制度に代わって取り入れられたのが、約1300年も続いた科挙であった。


※文帝楊堅 wikipediaより

さて郷挙里選、九品官人法そして科挙と、それぞれを制定した皇帝の諡号(生前の行いを讃えて、死後におくる名前)が文帝であることに気づいた人もいるだろう。

この「」という諡号は最も徳が高いとみなされており、主に内政での功績が高い皇帝に贈られることが多い諡号なのである。

関連記事 : 三国時代
桃園の誓いはフィクションだった【劉備 関羽 張飛の義兄弟の契り】
関羽千里行のルートは実はとんでもない遠回りだった
袁紹はなぜ勢力を拡大できたのか?【三国志正史を読み解く】
沮授(そじゅ)は実はキレキレの軍師だった【正史三国志】
三国志について~書物編~【正史、演義、吉川三国志】
劉備玄徳が母親思いだったというのは本当なのか?
諸葛孔明は本当に天才軍師だったのか調べてみた

 

1

2

  • Xをフォロー
好きなカテゴリーの記事の新着をメールでお届けします。下のボタンからフォローください。

小林ゾラ

投稿者の記事一覧

歴史が好きで特に三国志が大好きです

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

草の実堂Audio で聴く

コメント

    • 名無しさん
    • 2021年 6月 22日 5:04pm

    誤字がひどい

    0 0
    50%
    50%
    • 名無しさん
    • 2025年 11月 07日 5:43pm

    強国とは、強い国。そう考えると違う気がする

    単に魏が発展した地域にあったからで。例えば、秦が蜀を取って発展し統一した様に、呉にも、蜀にもそれぞれの利点がある。
    さらに言えば、司馬家の晋は正統性はともかく、強国だったのか???
    仮に魏が最強ねら晋もだと思う。

    1 0
    100%
    0%
  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 馬超は五虎大将軍で最も影の薄い男だった「潼関の戦いのみの一発屋」…
  2. 賄賂を要求した役人を滅多打ち!『三国志』の名場面、その犯人は?
  3. 『横浜 関帝廟』に行ってみた ~20年来の関羽推しの筆者が「初関…
  4. 【三国志】無双状態の張遼に挑んだ呉の名将・賀斉とは? 『演義』に…
  5. 桓帝 「後漢末期の流れを作った皇帝」宦官vs清流派
  6. 【三国志以前の大事件】 党錮の禁とは ~汚職まみれの宦官たちが清…
  7. 諸葛孔明の「天下三分の計」と周瑜の「天下二分の計」
  8. 天才軍師・諸葛亮は本当に「占術や幻術」を使っていたのか? 『奇問…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

ガネーシャの頭がゾウになった理由、実はかなり衝撃だった『インド神話』

インドと言えばインドゾウ。もちろん異論は認めますが、インドと聞いてゾウをイメージされ…

【どうする家康】「本能寺の変」の当日、家康はどこにいたのか?

次のハイライトは「本能寺の変」先日放送された「どうする家康」では、築山殿と信康の壮絶な最期が描か…

笠置シヅ子が歌手を辞めて女優を選んだ理由 「シヅ子の最期」

昭和32年(1957年)、笠置シヅ子は歌手を廃業し女優へと転身します。「ブギの女王」として頂…

【鎌倉殿の13人】まさに寄生虫!?頼朝から「獅子身中の虫」と酷評された源行家

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第11回「許されざる嘘」では、若き英雄・義円(演:成河)が戦乱の徒…

中国の『債務帝国主義』とは「低中所得国を巨額融資で支配する?」

世界各地で進むインフラ建設の背後には、中国が掲げる「一帯一路」構想がある。道路や鉄道、港湾の…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP