べらぼう~蔦重栄華之夢噺

「吉原が燃えても誰も消さなかった」火消しが動かなかった衝撃の理由とは

吉原の火事を消すのはバカのやることだ

画像:明和の大火「写真図説日本消防史」 public domain

大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の、初回放送を覚えていますか。

第1回「ありがた山の寒がらす」では、1772年(明和9年)に起きた「明和の大火」の場面から物語が始まりました。

明和の大火は、江戸三大大火の一つに数えられる大災害で、目黒の大円寺から出火し、3日間にわたって江戸市中の大半を焼き尽くしました。

焼失した町は934町に及び、大名屋敷は169カ所、寺院は382カ所が被害を受けました。
江戸の名所とされた由緒ある寺社、山王神社、神田明神、湯島天神、浅草本願寺も焼失しています。

死者は1万4,700人、行方不明者は4,000人を超えるなど、甚大な人的被害をもたらした大火でした。

この火災は、もちろん吉原遊郭にも及び、遊郭全体がほぼ全焼するという憂き目にあいました。

画像:纏いをもった火消し public domain

実は吉原遊郭は、江戸時代を通じて何度も火災で全焼しています。

日本橋にあった時代を含め、約200年の間に20回前後の火災に見舞われたという記録が残っているのです。

明和の大火のような類焼による被害も多かったのですが、遊女による放火も多発していたと言われています。

ただし吉原に限っては、「火事と喧嘩は江戸の花」とうたわれた江戸の町にあっても、火消したちは真剣に消火活動にあたることはありませんでした。

むしろ火消したちは、「吉原の火事を消すのはバカのやることだ」とまで言っていたのです。

吉原が燃え尽きることで利益を得た人々

画像:明暦の大火「むさしあぶみ」public domain

火消しが吉原の消火活動に本気で取り組まなかったのは、江戸時代特有の社会的システムによるものと考えられます。

このシステムには、言うまでもなく金銭が絡んでいました。

つまり、吉原が焼けるたびに、その関係者たちが大きな利益を得ていたのです。

利益を得たのは、妓楼を経営する主人、材木商をはじめとする商人たち、さらには、火を消す役目である火消しや、彼らを管轄する町奉行所の役人たちにまで及びました。

吉原全焼の裏には汚らしい金が存在した

画像:歌川広重「新吉原仁和歌之圖」 public domain

幕府公認の遊郭である吉原は、全体の揚げ代の約1割という莫大な冥加金を幕府に納めていました。

この上納金は幕府にとって重要な財源であったため、吉原の衰退は幕府にとっても不都合なものだったのです。

そのため、吉原が全焼すると、幕府は代替地を与え、そこでの仮営業を許可しました。
この仮営業の期間中、吉原側は幕府への上納金が免除されます。

浮いた経費を使って、妓楼は仮の家屋を建てて営業を行いましたが、その多くは一時しのぎのバラック小屋に過ぎませんでした。
それにもかかわらず、やってくる客には通常どおりの代金を徴収していたのです。

つまり、代替地での営業は、妓楼の主人にとって非常に「おいしい」商売でした。

また、東京ドーム2個分の広さにぎっしりと妓楼建築が立ち並ぶ吉原を復興するには、大量の木材を必要とします。
木材を扱う深川木場の材木商たちにとっても、吉原の全焼は大きな儲けのチャンスだったのです。

そのため、ふだんから妓楼の主人や材木商たちは、火消しに金品を渡し、火事の際に真剣な消火活動を行わないよう依頼していたといいます。

画像:消火に当たる火消し public domain

しかし、火消しの本分は火を消し類焼を防ぎ、江戸の町を守ることにありました。
もしこのような事実が奉行所に知られれば、命取りにもなりかねません。

それを防ぐために、妓楼の主人や商人たちは奉行所の役人にも日ごろから賄賂を渡していました。
つまり、妓楼・商人・火消し・役人がグルになって火災の消火を妨げたのです。

このように、吉原炎上の背後には、欲にまみれた汚らしい金のやりとり存在していました。
結局、火事で泣くのは遊女たちと、逃げ遅れた客くらいでした。

こうした実情を知っていた江戸の庶民たちは、吉原の火事を皮肉を込めて「悪火(あくび)」と呼んでいたのです。

※参考文献
日本史深堀り講座編 『蔦屋重三郎と江戸の風俗』青春出版社
文 / 高野晃彰 校正 / 草の実堂編集部

高野晃彰

高野晃彰

投稿者の記事一覧

編集プロダクション「ベストフィールズ」とデザインワークス「デザインスタジオタカノ」の代表。歴史・文化・旅行・鉄道・グルメ・ペットからスポーツ・ファッション・経済まで幅広い分野での執筆・撮影などを行う。また関西の歴史を深堀する「京都歴史文化研究会」「大阪歴史文化研究会」を主宰する。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 『中国史上ただ一人のミイラ皇帝』初の征服王朝を率いた男は、なぜ塩…
  2. 【若く美しいカリスマ皇帝が豹変】 狂気に取り憑かれたカリギュラの…
  3. 江戸時代の日本は本当に「鎖国」をしていたのか?
  4. 「出れば米兵に殺される」恐怖が招いた集団死 〜沖縄チビチリガマの…
  5. 筆頭家老が暴走して最悪な結果となった「会津騒動」※江戸初期の大事…
  6. アラビア半島のアルカイダ ナセルウハイシ 「アラビア半島のアルカイダ」とは何か 〜米本土を標的に起こしたテ…
  7. 天皇・神とも深い関係が!遊女は“聖なる存在”だった?国家・朝廷に…
  8. 【手と足に特化した妖怪伝承】 日本各地に伝わる異形の世界

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

感情という名の化物【漫画~キヒロの青春】㉞

キモい男【漫画~キヒロの青春】㉟へ僕は髪の毛が少ない …

平安時代の驚きの食生活 「庶民と貴族との恐ろしい格差」

平安時代に糖尿病?「結核」は昔の日本における国民病であり、平安時代にも多くの人が亡くなっ…

モバイル決済 おすすめ5選 【スマホで手軽に決済】

今の時代、「クレジットカードがないと生きてゆけない!」とまではいいませんが、「あると便利」から「ない…

『謎の巨大な金属製モノリス』 ウェールズの丘の上に突如出現

2024年3月、英国のニュースメディア「ウェールズ・オンライン」は、世界的に有名な英国の本の…

奈良の海龍王寺と元興寺の国宝「五重小塔」に行ってみた

奈良の平城京跡の北側に広がる佐保路と読ばれるエリアには、聖武天皇の后・光明皇后ゆかりの寺院、海龍王寺…

アーカイブ

PAGE TOP