『源氏物語』の熱狂的ファンであり、沼にハマった半生を『更級日記』につづった平安時代の文学オタク・菅原孝標女(すがわらの たかすえの娘)。
NHK大河ドラマ「光る君へ」では、ちぐさ(吉柳咲良)という名前で登場するそうです。
彼女は歌人としても活躍しており、その作品は数々の勅撰和歌集に入選しています。
今回は菅原孝標女が詠んだ和歌たちを一部紹介。大河ドラマ本編には取り上げられるでしょうか。
一、行方なき……
行方なき 旅の空にも 遅れぬは
都を出でし 有明の月※『続後撰和歌集』羇旅 1310
【意訳】都を出て、あてもなく彷徨う旅路に、有明の月は遅れずついて来てくれる。
どこから見上げても、月は変わらず夜を照らしてくれます。
寂しい旅路で、月に慰められ、励まされている気持ちが伝わる一首でしょう。
二、あはれまた……
あはれまた 何れの世にか めぐり逢いて
在りし有明の 月を見るべき※『続古今和歌集』恋 五 1317
【意訳】生まれ変わってもあなたとめぐり逢い、あの日一緒に眺めた有明の月をまた眺めたい。
いま熱愛中なのか、あるいは故あって離別するのか。
いずれにしても、二人の再会を願わずにはいられません。
三、何事を……
何事を 我れ嘆くらむ 陽炎の
仄めくよりも 常ならぬ世に※『続古今和歌集』哀傷 1393
【意訳】何を嘆く必要があるのでしょうか。陽炎のほのめきよりも儚いこの世にあって。
大切な人と死別する悲しみを慰めるため、自ら「こんな儚い世の中で、何を嘆くことがあろうか」と言い聞かせている姿が目に浮かぶようです。
四、あはれ知る……
あはれ知る 人に見せばや 山里の
秋の夜深き 有明の月※『玉葉和歌集』秋 下 698/『新千載和歌集』雑 上 1784
【意訳】もののあはれを知る人に見せてあげたい。秋の夜深く山里を照らす、有明の月を。
秋の夜長に美しく輝く有明の月。都では味わえない趣きを、分かち合いたい気持ちが伝わって来ますね。
ちなみに同じ歌を『玉葉和歌集』と『新千載和歌集』の二度採録されました。
五、竹の葉の……
竹の葉の さやく夜ごとに 寝覚めして
何ともなきに 物ぞ悲しき※『続後拾遺和歌集』雑 中 1063
【意訳】竹の葉が風に鳴ると、その音で眠れなくなってしまう。そして理由もなく、悲しくなって仕方ない。
精神的に不安だと、何気ない物音にも心揺らいでしまうものです。
六、微睡まじ……
微睡(まどろ)まじ 今宵ならでは いつか見ん
黒戸の浜の 秋の夜の月※『玉葉和歌集』旅 1157
【意訳】私は眠りません。今夜を逃したら、いつ見ると言うのでしょうか。黒戸の浜の秋の夜の月を。
眠いけど、今日の月は今日しか見られない。だから頑張って起きている……そんな経験を、皆さんもお持ちかと思います。
下の句の「~の」の連続の妙が癖になりますよね。ね?
七、里遠み……
里遠み 余り奥なる 山路には
花見にとても 人来ざりけり※『玉葉和歌集』春 下 185
【意訳】里からあまりにも遠く離れていては、いかに綺麗な花でも見にきてはくれないものです。
どれほど魅力的な人物であっても、引きこもっていたら出逢いの機会を逃してしまうでしょう。
まるで物語にハマり過ぎて、婚期を逃してしまった誰かさんみたいに……(※菅原孝標女は晩婚ながら結婚はできています)。
菅原孝標女・勅撰和歌集の採録データ
・後鳥羽天皇『新古今和歌集』1首(元久2・1205年)
・後堀河天皇『新勅撰和歌集』1首(嘉禎元・1235年)
・後嵯峨天皇『続後撰和歌集』1首(建長3・1251年)
・後嵯峨天皇『続古今和歌集』2首(文永2・1265年)
・伏見天皇『玉葉和歌集』5首(正和元・1312年)
・後宇多天王『続千載和歌集』1首(元応2・1320年)
・後醍醐天皇『続後拾遺和歌集』1首(嘉暦元・1326年)
・後光厳天皇『新千載和歌集』1首(延文4・1359年)
・後光厳天皇『新拾遺和歌集』2首(貞治3・1364年)※南北朝時代は北朝を基準としています。
菅原孝標女・その他の勅撰和歌
こちらの和歌たちについては、また改めて紹介したいと思います。
浅緑 花も一つに 霞みつつ
朧に見ゆる 春の夜の月※『新古今和歌集』春 上 56
天の戸を 雲居ながらも よそに見て
昔の跡を 恋ふる月かな※『新勅撰和歌集』雑 一 1076
嵐こそ 吹き来ざりけれ みやじ山
またも道端(みちば)の 散らで残れる※『玉葉和歌集』冬 892
慰むる かたも渚の 浜千鳥
何か浮世に 跡も留めん※『玉葉和歌集』雑 五 2562
何く(いずく)にも 劣らじものを わが宿の
世を飽き果つる 景色ばかりは※『続千載和歌集』雑 上 1765
思い出でて 人こそ問わね 山里の
籬(まがき)のおきに 秋風ぞ吹く※『新拾遺和歌集』秋 上 329
谷川の 流れは雨と 聞こゆれど
他には晴るる 有明の月※『新拾遺和歌集』雑 上 1634
終わりに
今回は菅原孝標女の詠んだ和歌のうち、勅撰和歌集に採録された中から特にお気に入りの7首を紹介してきました。
彼女らしい繊細な感性が随所にちりばめられた和歌たちが、NHK大河ドラマ「光る君へ」でも詠まれたら嬉しいですね!
※参考文献:
鈴木知太郎ら校註『土佐・かげろふ・和泉式部・更級 日本古典文学大系20』岩波書店、1964年5月
文 / 角田晶生(つのだ あきお)
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