平治の乱(平治元・1160年)に敗れ去り、伊豆国へと流されて20年の雌伏を余儀なくされた源頼朝(みなもとの よりとも)公が源氏の再興を期して挙兵したものの、石橋山の合戦(治承4・1180年8月23日)で再び惨敗。
敵将・大庭景親(おおばの かげちか)の大軍に追われ、一時は絶体絶命のピンチに陥った頼朝公でしたが、それを見逃したのが梶原景時(かじわらの かげとき)。
彼の機転によって窮地を脱した頼朝公は捲土重来を期して姿を隠し、御家人たちは軍資金の調達に奔走するのでした……。
売りに出したる伝家の宝刀
「どなたか、どなたかこの刀を買うて下さらぬか」
家宝の刀を抱えながら、鎌倉の街を歩いていたのは青貝師(あおがいし。螺鈿細工職人)の六郎太夫(ろくろうだゆう)と、その娘の梢(こずえ)。
頼朝公の軍資金を工面するため、売れるモノは片っ端からカネに換え、ついにはこの刀を手放そうと言うのです。
「しかし、なかなか売れんのう……」
「父上、もう少し値を下げた方が……」
「何を申すか。この刀は重代の家宝。あまり値を下げてはご先祖様に申し訳が立たぬし、佐殿(すけどの。頼朝公)の軍資金が減ってしまうではないか……」
するとそこへ、頼朝公を(あと一歩で逃がしてしまったものの)撃ち破って上機嫌な大庭景親と、その弟である俣野景久(またのの かげひさ)、そして梶原景時の三人がやってきました。
「がっはっは……」
鶴岡八幡宮へお参りに来ていた三人に、六郎太夫が声をかけます。
「もし、この名刀を買うては下さらぬか」
景親は先の合戦で愛刀を傷めていたのか、六郎太夫の刀に少し興味があるようです。
「値はいかほどか」
「百両にございまする」
「ちと高すぎやせぬか」
「それだけの逸品にございます。東国の御後見たるお方(景親)に、そこいらの安刀では不釣り合いというもの。勝ち戦のお祝い、前途開運にいかがでしょうか」
「そなたも口が巧みじゃのぅ。まぁ……払えぬこともなきゆえ、買うてやってもいいぞ」
「ありがとう存じまする」
「しかし……百両の値打ちが本当にあるのか、我には判らぬ。おい平三(へいぞう。景時)、この刀の目利きをいたせ」
「は……しからば御免」
景時は刀を分解してくまなく検(あらた)め、確かにこれは名刀であると太鼓判を押しました。景時は京都の公家たちと交流があったことから、刀剣や美術品の鑑定にも心得があったのでしょう。
「確かに百両なら相応にございまする」
「左様か……ならば買」
「暫く!」
それまで退屈そうに黙っていた景久が、いきなり口を挟みました。
二ツ胴の試し斬り
「五郎(景久)よ、いかがした」
「やっぱり刀ってのは人を斬ってナンボだろう。百両なんて値をつける以上『二ツ胴(ふたつどう)』くらいは出来るだろうな?」
二ツ胴とは、人間の胴体を二つ同時に斬ること、およびそれを可能とする切れ味を言います。
「もちろん、出来申す……誰ぞ、罪人でもおれば」
「おい、誰かおらぬか!」
景親は奉行所に頼んで試し斬り用の死罪人を引き取りますが、いたのは剣菱呑助(けんびしの どんすけ)ただ一人。これでは斬っても「二ツ胴」の証明にはなりません。
「仕方がないから、一度他の刀で胴を二つにして、それを重ねて斬るというのは……」
六郎太夫は提案しますが、景久は意地悪にこれを突っぱねます。
「いいや、そんなことをしても『二ツ胴』の証明にはならぬ!ぐねぐねとのた打つ腸(はらわた)をスパッと両断してこそ『二ツ胴』の醍醐味というもの。それが見られぬというなら、この刀は偽物だ!」
斬れる罪人がいないから、と景久は六郎太夫をなぶります。このままでは刀が売れない……見かねた梢が父に声をかけました。
「父上、どうか私をこの罪人ともどもお斬り下さいませ」
「バカな。そなたは婚約者もいる身と言うのに……」
「そんな私情や命など、(頼朝公の再起という)大義の前には鴻毛(こうもう。鳥の羽毛)の如く(軽いものに)ございますれば……」
「ダメだダメだ!大切な娘を……そうだ。梢よ、そう言えば『二ツ胴』の証明書が家にあった筈だから、急ぎ持って参れ」
「はい!」
こうして梢を帰らせた六郎太夫ですが、実は証明書などありもせず、時間を稼いでいる間に自分を斬らせ、戻って来た梢に代金を持たせようとしたのです。
果たして「証明書が見つからない」と戻って来た梢の目の前で、六郎太夫は罪人ともども景時に斬られてしまったのでした。
これぞ天下の名刀
「父上ー……っ!」
半狂乱になった梢は上に乗せられた罪人の死体を押し退け、六郎太夫の身体にすがりついたところ、その身体を縛っていた縄がバラバラとほどけます。
「……あれ?」
よく見ると、六郎太夫は全身血まみれではあるものの、それらはすべて罪人の血で、身体には傷一つついていません。
「……しくじり申した」
空を斬って血を振り払い、刀を鞘へ納めた景時は、口惜しげに宝刀を突き返しました。
「ははは!やっぱり偽物であったか!いやぁ、世の中詐欺が多くて怖や怖や……!」
景久がわざとらしく高笑いしていると急使が駆けつけ、頼朝公が再起したとの報を伝えます。
「何……こうしてはおれぬ。五郎よ、参るぞ!」
「おう!」
景親と景久は兵を集めるべく足早に立ち去ってしまい、六郎太夫と梢、そして景時だけが遺されました。
「刀……売れなんだな……」
命こそ助かったものの、目的を果たせずしょげ返っている父娘に、景時は声をかけます。
「その刀、それがしが買おう」
「「えっ?」」
実は、景時は六郎太夫を傷つけないよう、あえて罪人の身体と縄だけを斬ったのでした。
「そなたらが佐殿の軍資金を集めていることは察しがついた。その刀、この場で買うゆえ、代金を急ぎ届けよ」
「あ、ありがとうございまする」
「ふむ……」
見れば見るほどよい刀……景時は刀を構え直すと、近くにあった神前の手水鉢(ちょうずばち)を試し斬りします。すると、石造りであるにもかかわらず、手水鉢は見事に一刀両断。
「源氏の棟梁をお護りするのに、これ以上の名刀はあるまい」
満足した景時はこの刀に三百両の値をつけ、「時機が来れば、また会おう」と別れを告げ、父娘も三百両を抱えて頼朝公の元へ走ったのでした。
終わりに
……以上が歌舞伎「梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)」、通称「石切梶原」のあらすじです。
時代考証がアバウトなため、読んでいて違和感を覚えた方も少なくないと思いますが、時代劇(※江戸時代の人々にすれば、平安~鎌倉期の出来事は、遠い昔の物語です)に本気でツッコむのも野暮というもの、その辺りは大らかに楽しむのがいいでしょう。
悲劇の英雄・源義経(みなもとの よしつね)を失脚せしめ、ついには滅ぼしてしまったことから悪役にされがちな梶原景時ですが、ここでは文武両道の士として描かれており、後に頼朝公の懐刀として活躍するのも納得ですね。
近年では再評価が進んでいる梶原景時、来年(令和4・2022年)放送予定の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では中村獅童さんがどのような好演を魅せてくれるのか、今から楽しみです。
※参考文献:
『歌舞伎名作事典―三大名作からスーパー歌舞伎まで307狂言』演劇出版社、1996年8月
石橋健一郎『歌舞伎見どころ聞きどころ―芸談でつづる歌舞伎鑑賞』淡交社、1993年5月
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