瀬名と命運を共にする少女
たね
[豊嶋花 とよしま はな]名門関口家の侍女として、瀬名の世話をする。家康が織田方に転じたことで、瀬名と共に捕らわれの身となる。武家の娘らしく、信念を持ち義理堅く、苦しい中でも瀬名やその子たちを献身的に支え続ける。
※NHK大河ドラマ「どうする家康」公式サイトより
瀬名(演:有村架純。家康の正室・築山殿)に仕えた少女“たね(演:豊嶋花)”。侍女や家来といったモブキャラは大抵架空の人物が当てられることが多いですが、彼女にモデルはいるのでしょうか。
調べてみたら、それと思しき女性を見つけたので紹介したいと思います。
“たね”のモデルは伊奈忠基の娘?
女子
仁木助左衛門某が妻となり、助左衛門死するの後三河国賀茂郡の内にをいて采地をたまひ、天正七年八月二十九日築山御方生害のときこれに殉ひたてまつるとて、入水して死す。※『寛政重脩諸家譜 第五輯』巻第九百三十一「藤原氏 支流 伊奈」より
彼女(実名不詳)は松平家二代(広忠・家康)に仕えた三河国小島城主(愛知県西尾市)・伊奈忠基(いな ただもと)の娘。仁木助左衛門(にき すけざゑもん。実名不詳)に嫁いだものの先立たれ、同国賀茂郡(愛知県豊田市)に所領を賜ります。
築山殿(瀬名)に仕えており(時期は不明ながら浅からぬ絆があったと見られる)、天正7年(1579年)8月29日に彼女が処刑された際(築山殿事件)、殉ずるために入水して果てました。
「瀬名と命運を共にする」というキャッチフレーズは、最期の入水自殺を指しているのでしょう。劇中で仁木助左衛門に嫁ぐシーンがあるかはともかく、有力なモデル候補と言えそうです。
ちなみに築山殿事件とは、家康の嫡男・松平信康(演:細川佳央太)に嫁いだ徳姫(演:久保史緒里)が、父の織田信長(演:岡田准一)にあることないこと(信康と瀬名の悪口を)吹き込んだため、二人が処刑された件を指します。
強大な信長の圧力を受けた徳川家康(演:松本潤)は泣く泣く二人を処刑する(させられる)のですが、その決断に至る葛藤はまさに「どうする家康」だったことでしょう。
大河ドラマでもこの史実をたどるでしょうから、瀬名と信康そして“たね”がどんな最期をとげるのかが演出の魅せどころ。豊嶋花さんの演技にも注目です。
11人兄弟と一緒に育った一人娘
さて、せっかく『寛政重脩諸家譜』をひもといたので、ついでと言っては何ですがご実家の皆様(父と兄弟たちのみ)も紹介しましょう。彼女が育った背景を知ることで、より人物理解が深まるかも知れません。
※以下、すべて『寛政重脩諸家譜 第五輯』巻第九百三十一「藤原氏 支流 伊奈」より
父・伊奈忠基
初利次 熊蔵 市兵衛
広忠卿東照宮に歴仕し、小島の城主たり。
元亀元年六月姉川合戦のとき左の脇腹に鎗創を二箇所を被り、其創愈ずして死す。
長兄・伊奈貞政(さだまさ)
図書 母は某氏。
永禄四年四月吉良義昭と合戦のとき討死す。
次兄・伊奈貞次(さだつぐ)
左衛門
永禄六年七月廿二日討死す。法名通義。
三弟・伊奈貞平(さだひら)
牛右衛門
永禄六年一向門徒一揆のときそむきたてまつりしにより、處士となり、伊勢国にいたり蒲生飛騨守氏郷が家臣となる。
四弟・伊奈貞正(さだまさ)
数之助
天正四年四月十九日一行門徒の一揆に与し、摂津国木津の城にをいて討死す。
五弟・伊奈貞吉(さだよし)
外記助
兄と共に木津城に籠り、落城の後和泉国堺に住し、其のち三河国に閑居す。
六弟・伊奈貞国(さだくに)
熊之助
七弟・伊奈忠貞(たださだ)
初吉次 熊蔵
八弟・伊奈貞光(さだみつ)
五助 金五郎
東照宮につかへたてまつり、掛川合戦のとき討死す。
九弟・伊奈康宿(やすしゅく)
市左衛門 稲熊を称す。
東照宮に仕へたてまつり、永禄十二年五月二十二日仰によりて石川日向守家成が手に属し、関原の役に軍功あり。某年死す。
十弟・伊奈貞政(さだまさ)
半七郎
十一弟・伊奈忠家(ただいえ)
伊奈熊蔵忠寛が祖。五兵衛(※別伝あり)
……割愛されちゃったのかも知れませんが、女子(たね)一人に対して兄弟が11人ってすごいですね。彼女は比較的年長(上から三番目)なので、群がる弟たち相手に奮闘する情景が目に浮かびます。
「こらっ、あんたたち!またつまみ食いしてっ!」
「「「姉ちゃんに見つかった、逃げろ!」」」
そんなほのぼのとした青少年期もやがて過ぎ去り、彼女は仁木助左衛門へ嫁ぐのですが、兄弟たちのその後もなかなかすごい。数えてみたら11人中4人(三男貞平・四男貞正・五男貞吉・十一男忠家)が一向一揆に寝返り、3人(長男貞政・次男貞次・八男貞光)が討死しています。
信仰には肉親の絆さえも引き裂いてしまう力があることを思い知らされますが、永禄6年(1563年)~同7年(1564年)の三河一向一揆では、徳川家臣団のおよそ半数が寝返る大ピンチでした。さぁどうする家康。
果たして大河ドラマには何人登場するでしょうか。たぶん全員割愛されると思いますが、こうした背景をちょっと仕込んでおくだけでもドラマ鑑賞に深みが出ることでしょう。
※参考文献:
- 『寛政重脩諸家譜 第五輯』国立国会図書館デジタルコレクション
この記事へのコメントはありません。