どうする家康

いま何て言った?三河武士を「臆病」呼ばわりするとはどういう事か。鳥居忠次(鳥居元忠の弟)はこう答えた 【どうする家康】

明智光秀「……三河の方々は、いささか臆病に過ぎるようですなぁ。足手まといにならぬとよいが」

※NHK大河ドラマ「どうする家康」第14回放送「金ヶ崎でどうする!」

越前の朝倉義景(あさくら よしかげ)を攻める途上、浅井長政(演:大貫勇輔)の裏切りを懸念して陣を退くよう進言した徳川家康(演:松本潤)に対して吐かれた暴言。

フィクションだからいちいち野暮は言いたくないものの、勇猛果敢で天下に知られた三河武士にこの言い草は何たることでしょうか。

こと「卑怯者」「臆病者」と言われるのを嫌い、侮辱に対しては誰であろうと許さないそんな硬骨・偏屈ぶりは枚挙にいとまがありません。

鳥居忠次(鳥居元忠の弟)はこう答えた

歌川芳虎「東照宮十六善神之肖像連座の図」より、鳥居四郎右ヱ門忠廣

今回はそんな一人・鳥居忠次(とりい ただつぐ。別名:鳥居忠広、通称は四郎左衛門)のエピソードを紹介。鳥居元忠(演:音尾琢真)の弟です。

時は元亀3年(1572年)12月、武田信玄(演:阿部寛)の大軍が目前に迫っていました……。

四郎左衛門の報告を聞いた家康の暴言

……元亀三年十二月武田信玄かさねて大兵を率ひて浜松近く攻来る。人心悩々として穏ならず。この時鳥居四郎左衛門忠次斥候うけたまはりはせ還りて。敵大勢にて行伍の様もまた厳整なればたやすく戦をはじむべからず。早々御先手を引還させ給へ。もしまた一戦を遂られんならば。わが軍列をとゝのへ鉄砲迫合に時を移し。敵の堀田辺まで打出むを待て戦をはじめば。万が一御勝利もあらんか。これも全勝の道にはあらずと申す。   君聞し召御気色あしく。信玄なればとて鬼神にもあらず。又大軍なればとておそるゝにもたらず。汝平生は大剛のものなるが。今日何とて臆したるやと仰らるれば。忠次   君常は持重に過させ給ふが。今日は何とて血気にはやらせ給ふぞ。心得ぬ御事なれ。只今に某が申せし事を思ひ當らせ給ふべしとて御前を退しが。御家人に向ては。今日の戦かならず御勝利なるべし。をのゝゝ進むで忠戦せよと言捨て。みづからは敵軍にはせ入て討死す。……

※『東照宮御実紀附録』巻二「元亀三年信玄侵遠州」「三方原敗軍(旗士戦功)」

「申し上げます!武田は多勢にて隊列も厳正。精強にして士気旺盛なれば、いま攻めては損害も大きくなりましょう。どうか、早う先手の者たちをお引かせ下され!」

斥候から戻った四郎左衛門の報告を受け、家康は明らかに機嫌ですが、四郎左衛門はなおも続けて言いました。

「敵を堀田辺りまで誘い出せば勝機は見えるやも知れませぬが、これも危うございます。ここは見逃されるべきかと」

ここで家康はキレて四郎左衛門の発言を遮ります。

鳥居忠次(鳥居元忠の弟)はこう答えた

家康はご機嫌ななめ(イメージ)

「黙れ!そなたらはやれ信玄々々と恐れるが、ヤツとて鬼神ではあるまい。まして敵が多いからと恐れる必要もない!」

「いつもは豪胆なそなたらしくもない、今日に限って臆病風に吹かれるとはどうしたことだ?そんなに信玄が怖いのか?」

臆病と言われては、たとえ主君だろうと黙っておれぬ。四郎左衛門は猛然と反論しました。

「何を仰せか!御屋形様こそ、いつもは慎重でいらっしゃるのに、今日は頭に血でも上っておいでか!」

「それがしはあくまでも客観的な判断から敵を見誤るなと申し上げておる。今に見ておれ、このまま攻めれば必ず後悔しようぞ!」

ふん!……と踵を返して家康の御前を去った四郎左衛門。しかしみんなの前では別のことを伝えます。

「おい四郎左衛門、武田の軍勢はいかがであった?」

「あぁ。訳もない。今日の戦は御屋形様へ必ず勝利を献じようぞ!おのおの方、存分に忠義を尽くされよ!」

「「「おぅ、やらいでか!」」」

果たして一丸となって武田の軍勢に挑みかかった徳川勢は惨敗を喫し、多くの将兵を喪いました。これが後世に伝わる三方ヶ原の合戦です。

四郎左衛門も討死して果てたのですが、きっと「もし生きて返ったら臆病者と笑われよう」と意地になっていたのでしょう。

あの時、四郎左衛門の忠告を聞いておけばこんな事には……後悔先に立たず。家康は浜松城へ逃げ帰ったのでした。

家康もまた「臆病」呼ばわりに耐えられなかった

以上、主君から臆病者と言われた鳥居忠次のエピソードを紹介してきました。

後悔する家康。しかし、家康も屈辱に耐えられなかった(イメージ)

ちなみに家康も家康で、自分の所領を蹂躙していく武田信玄に対して屈辱と感じていたようです。

……君たとへば人あつてわが城内を踏通らんに咎めであるべきや。いかに武田が猛勢なればとて。城下を蹂躙してをしゆくを。居ながら傍観すべき理なし。弓箭の恥辱これに過じ。後日に至り彼は敵に枕上を踏越れしに。起もあがられ在し臆病者よと。世にも人にも嘲られんこそ後代までの恥辱なれ。勝敗は天にあり。とにもかくにも戦をせではあるべからずと仰ければ。いづれも此御詞に励され。勇気奮決して遂に兵を進られしとぞ。……

※『東照宮御実紀附録』巻二「三方原敗軍(旗士戦功)」

「いかに武田が強かろうと、我が領内を蹂躙されて見過ごすわけにはいかぬ。喩えるなら自分の枕元を踏みにじられて、起き上がることもできぬ臆病者と笑われるのは、武士として死ぬよりも辛いことだ。勝敗は天に任せ、とにかくわしは戦わずにはおれぬ!」

傍目にはいくら愚かに見えようと、それが三河武士という生き物でした。大河ドラマでも、面と向かって反論しないまでも(何だと……っ!)という表情くらい見せて欲しかったところです。

三河武士を侮辱したら、たとえ死んでも抗議する。そういう面倒な偏屈ぶりこそ、彼らの魅力と思っているのですが、これからもその片鱗が垣間見えないか注目しています。

※参考文献:

  • 『徳川実紀 第壹編』国立国会図書館デジタルコレクション
アバター画像

角田晶生(つのだ あきお)

投稿者の記事一覧

フリーライター。日本の歴史文化をメインに、時代の行間に血を通わせる文章を心がけております。(ほか不動産・雑学・伝承民俗など)
※お仕事相談は tsunodaakio☆gmail.com ☆→@

このたび日本史専門サイトを立ち上げました。こちらもよろしくお願いします。
時代の隙間をのぞき込む日本史よみものサイト「歴史屋」https://rekishiya.com/

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 関ヶ原に散った信義に厚い怪力武将 〜 平塚為広 「小早川秀秋の…
  2. 家康を大激怒させた大岡弥四郎への「おぞましい処刑法」とは
  3. 岡崎体育が全力疾走!鳥居強右衛門こと鳥居勝商の壮絶な最期【どうす…
  4. 夏目広次だけじゃない!三方ヶ原で家康の影武者となった鈴木久三郎の…
  5. 【どうする家康】 次に天下を狙うのは誰?秀吉が石田三成を挙げた理…
  6. 関ヶ原の合戦で、上杉景勝と戦った結城秀康。なぜ彼は殿軍を引き受け…
  7. 家康の側室・お葉(北香那が演じる)は史実ではどんな女性だった? …
  8. 家康が溺愛した美人キリシタン女性〜 おたあ・ジュリア 「信仰を貫…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

【ブライトン初黒星】 ブライトンの戦術の弱点を分かりやすく解説

ブライトン、今シーズン初黒星プレミアリーグ第3節・ブライトンとウェストハムの試合が、8月26日(…

台湾でデング熱が大流行 「家は強制消毒、ボウフラが発見されると罰金25000円」

デング熱筆者の住む台湾では、現在デング熱が流行している。台湾は湿気が多く、今年は…

ズールー族の伝説に登場する 「3つの恐るべき怪物」

ズールー族はアフリカ最大規模の民族の一つである。19世紀初頭、彼らはシャカ・ズールー…

秀吉のエグすぎる戦術「鳥取城の飢え殺し」で自害した吉川経家とは

天下人となった豊臣秀吉は、城攻めに大変長けていました。その中で有名な城攻めが「高松の水攻め」…

闇淤加美神(くらおかみのかみ)について調べてみた【貴船神社】

闇淤加美神(くらおかみのかみ)とは、日本神話の中に登場する神々の1人である。私たちの…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(週間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP