西洋史

「近代」と「現代」境界線はいつなのか? ~歴史の転換点に迫る

「近代」と「現代」の分岐点はいつか?

“近代”と“現代”の境界線は何時なのか」については、歴史を学ぶ上でしばしば議論の対象となります。

「近代」は英語で「モダン Modern」と表現されます。

「現代」においては「コンテンポラリー Contemporary」や「レイト・モダン Late Modern」ですが、この言葉だけでは両者の違いをうまく説明できません。

一般的に「近代」は19世紀を示し、ヨーロッパ中心主義の時代でした。そして「現代」は20世紀になり、グローバルな視点で物事を捉える必要性が高まった時代と言えます。

19世紀後半から20世紀にかけて、以下のような世界規模での変動が生じました。

・第一次世界大戦と第二次世界大戦の発生

これまで見られなかった全世界的な戦争が生じたことで、世界の地政学的状況が激変しました。

・国際連合など世界的な政治組織の登場

従来から続く国家間の枠組みを超えた、政治的な連携体制が生まれ始めました。

・ラジオやテレビによる世界的世論の影響力が増大

マスメディアの発達により、世界的規模で意見や世論が共有されるようになり、大衆の影響力が増大しました。

メディアによってナショナリズムを掻き立てられた大衆は、より過激(攻撃的)な思想を抱くようになり、相手の国を殲滅させることを望むため、戦争は長期化することになります。

「近代」と「現代」境界線はいつなのか?

画像:テレビの登場は大衆社会の到来を告げるものだった public domain

これらの変動によって、ヨーロッパ中心だった旧来の世界秩序が揺らぎ、世界的な視点で事象を捉える必要性がより高まったことが、「近代」から「現代」へ移行する契機となったといえます。

また「現代」は、ヨーロッパの重要性が失われた時代でもあります。世界がチェス盤のようにフラットになり、ヨーロッパも1つの駒に過ぎなくなったのです。

つまり「近代」から「現代」への移行期において、世界規模でのパラダイムシフトが生じたことが、両者を区別する要因になっていると考えられます。

そのパラダイムシフトとは、具体的に何になるのでしょうか?

近代から現代への分岐点は「第一次世界大戦」

画像:未曾有の被害を出した第一次世界大戦 public domain

「近代」と「現代」を区別する分岐点としては、第一次世界大戦が上げられるでしょう。

19世紀以前から世界規模の歴史的イベントは存在しましたが、ヨーロッパの人々が「世界史」という歴史観を実感するようになったのは、20世紀に入ってからになります。

19世紀まではヨーロッパ諸国が、世界の政治・経済・文化を主導する立場にあり、ヨーロッパ全体の出来事が世界に大きな影響を与えてきました。

しかし20世紀に入ると、植民地の独立運動やアメリカの台頭、社会主義国の誕生などによって、ヨーロッパの支配的地位が揺らぎはじめます。

そして第一次世界大戦では、ヨーロッパ内部で対立が生じ、世界を巻き込む戦争へと拡大します。大戦後、ヨーロッパ諸国はことごとく疲弊し、世界の中心はヨーロッパからアメリカへと移行します。

第一次世界大戦によってヨーロッパの影響力が低下し、ヨーロッパが歴史をコントロールできなくなったのです。

ヨーロッパ中心主義の歴史観が成り立たず、世界全体の歴史を“組み立てる”意識が失われていきます。

近代のヨーロッパには「理想の社会」や「歴史の進歩」への期待や信頼がありました。しかし「現代」では、そうした希望を抱くことができなくなります。

このように大戦前とは比べ物にならないほど、ヨーロッパの政治・経済・社会が一変しました。かつてヨーロッパ各国が掲げていた「世界の覇者」の自負から一転、将来への不安を抱えるようになったのです。

したがって「近代」と「現代」の分水嶺は、第一次世界大戦あたりになるでしょう。

「現代」とは、ヨーロッパの没落を意味する

「近代」と「現代」を比較すると、以下のような違いが見られます。

近代を象徴する1870年代頃は、ヨーロッパ諸国が、とくにイギリスが植民地支配を広げるヴィクトリア朝の全盛期です。

1870年代以降、ヨーロッパ諸国は、アフリカやアジアへの植民地獲得競争を激化させていきます。

帝国主義」です。自国の政治的・経済的利益のために、他国を支配下に置こうとする時代を意味します。

イギリス、フランス、ドイツ、ロシアなど欧州の大国が、軍事力と資本を背景に世界の覇権を競い合う帝国主義の時代には、ヨーロッパが世界の政治・経済を主導する中心的存在でした。

しかし各国の植民地や勢力圏をめぐる対立が深まるにつれ、1914年に第一次世界大戦へと突入。帝国主義の矛盾が世界戦争という形で帰結したと言えます。

帝国主義の終わりを告げた第二次世界大戦

その一方で、1920年代の「現代」は、自動車の発達など現代社会との差異をそれほど感じさせない時代感覚があります。

第二次世界大戦における日本は先進国と比較すると、少し遅れて帝国主義・植民地主義政策に舵を切った側面があります。しかし世界全体から見れば、もはや帝国主義的な枠組みの延長ではなく、新たな転換期と位置付けられるでしょう。

画像:大政奉還の後、明治維新が実現した public domain

なぜなら第一次世界大戦後、ヨーロッパを中心とする旧来の世界秩序が崩壊し、社会主義革命によるソ連の誕生や、ファシズムの台頭といった新たな世界観が生まれつつあったからです。

第二次世界大戦後、世界は大きな変革期を迎えました。

米ソによる冷戦の始まりと、多くのアジア、アフリカ諸国が植民地からの独立を達成するという、二つの重要なイベントがありました。

今までのヨーロッパ中心・帝国主義的な世界秩序からの根本的な転換を示すものであり、第二次世界大戦を帝国主義の最終段階と見なす根拠ともなっています。

参考文献:佐伯啓思(2015)『20世紀とは何だったのか − 西洋の没落とグローバリズム』PHP研究所

 

村上俊樹

村上俊樹

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“進撃”の元教員 大学院のときは、哲学を少し。その後、高校の社会科教員を10年ほど。生徒からのあだ名は“巨人”。身長が高いので。今はライターとして色々と。フリーランスでライターもしていますので、DMなどいただけると幸いです。
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