西洋史

中世ヨーロッパから見た「お金とユダヤ人の関係」とは

画像:『シナゴーグで祈るユダヤ人』(マウリツィ・ゴットリープ画1878年) public domain

歴史や国際情勢の中で、ユダヤ人に関わるさまざまな事象が取り上げられることは少なくありません。

ユダヤ民族の歩みは苦難に満ちたものであり、その歴史は決して平坦ではありません。しかし、なぜこれほど数多の問題が複雑化しているのでしょうか。

今回は、数百年にわたって迫害を受けながらも生き抜いてきたユダヤ民族と、お金との関係、特にキリスト教との対立が強まった中世ヨーロッパを中心に、彼らの歴史を詳しく見ていきます。

キリスト生誕以前のユダヤ人

画像:ティトゥスの彫像 public domain

ユダヤ人がヨーロッパで勢力を拡大し始めたのは、紀元前にさかのぼります。キリスト教が成立する以前から、ギリシャ島嶼部では既にユダヤ人の社会が存在しており、その後、彼らの勢力はローマ帝国内から西方の主要都市へと広がっていきました。

当時、ユダヤ人はエルサレムを中心に強い結びつきを持ち、宗教的にも経済的にも団結していました。

しかし、紀元後70年に将軍ティトゥス(後に皇帝)がユダヤ人の反乱を鎮圧するためにエルサレムを包囲し、最終的に破壊しました。

こうしてユダヤ人は根拠地を失って各国へ離散し、移住を余儀なくされたのです。

キリスト教徒からの迫害と実情

画像:シェイクスピア『ヴェニスの商人』に登場するユダヤ人の金貸しシャイロックと商人アントーニオ wiki c Richard Westall

各国に散在せざるを得なくなったユダヤ人は、キリスト教徒から様々な迫害を受けるようになります。

ローマはユダヤ人の住処を遠隔地とし、ローマが滅亡した後も、諸国においてユダヤ人は公職に就くことが許されませんでした。

それでもユダヤ人は、マルセイユやシチリア島といった当時の商業都市を拠点に商業活動を行い、経済的な地位を維持し続けたのです。

しかし、キリスト教国はユダヤ人への圧迫を更に強めていくようになり、フランスではユダヤ人に強制改宗を求める法令が発布され、スペインでも同様に洗礼を強制するようになったのです。

その一方で、ユダヤ人は中世初期のヨーロッパにおいて特権的な地位を獲得しつつもありました。なぜなら、その頃から西欧諸国では両替や資本の貸付けなどの金融業務は、ユダヤ人の役割となったからです。

その背景としては、当時のキリスト教徒が利息を取るための貸金業を忌避していた事が挙げられます。利息を取り貸金を行うのは神に背く不正行為であり、罪悪とみなされていたのです。

つまり、ユダヤ人に農業のような「正当な」職業への従事を禁止し、代わりにキリスト教徒が行えない貸金業のような業務を彼らの役割としたのでした。

加えて、一時的な例外や緩和策が取られることがあったとはいえ、ヨーロッパの殆どの地域ではユダヤ人に土地の所有を認めていませんでした。またギルド(技術の独占等を目的に組織された、中世ヨーロッパの同業者団体)の加入も拒絶されていたため、ユダヤ人が製造業に従事することは事実上不可能だったのです。

そして14世紀になると、ユダヤ人に対する圧迫は更に激しさを増し、ついにユダヤ人は金銭以外の所有を認められなくなったのです。

ユダヤ人と十字軍そして王侯貴族たち

画像:十字軍によるエルサレム攻囲戦 public domain

遡ること12~13世紀、西欧諸国の君主や貴族らは大変な財政困難に陥っていました。

その要因の一つとして挙げられるのが、十字軍による遠征です。

当時、もはや自費で東方へ派兵することができず、国内法や慣習法によって、商人から利息を伴う貸付金を受けることも困難な状況にありました。

そんな中、貸金を行えたのが一般社会から排斥されていたユダヤ人でした。彼らだけが軍用金の貸し手となり得たのです。

こうして、王侯貴族たちはユダヤ人に様々な利益を付する見返りに、金銭の搾取を目論むようになり、ユダヤ人の方も一般人への貸付よりは特権階級に金の便宜を図る方が安全だと考えるようになります。

しかし皮肉なことに、ユダヤ人はあたかも王侯貴族に金を融通するための道具のような状態に陥ってしまったのです。

ユダヤ人とイングランド

画像:ウェストミンスター寺院に描かれたエドワード1世と推定される肖像画 public domain

ここで当時を知る一例として、十二世紀頃のイングランドの様子を見てみましょう。

まず、ユダヤ人には自ら所有する権利というものが認められておらず、その所有物は全て国王に属するとみなされていました。また、貸金業についても国王の直接管理下に置かれるだけでなく、彼らには自律的な組織の運営などは許されていませんでした。

それはあたかも人格というものを認められず、ただ利益を得るために動く「王の道具」として働かされるような状態でした。

こうしてユダヤ人は王の私有財産、もしくは奴隷のように扱われた上、1290年になると今度は財産の没収などを目論んだエドワード1世により、イングランドから追放されるという憂き目にあうのです。

その後、ユダヤ人が再び移民としてイングランドの地に受け入れられるまでには、近世のステュアート朝以降を待たねばなりませんでした。

このように中世ヨーロッパの各地では身分を問わず、ユダヤ人を忌避しながらも、彼らを便利な金融機関として利用していた事実が浮かび上がります。

その利害関係は、例えばイタリアにあった「ユダヤ人を打つより大公を打つ方がまし」といったあからさまな諺などからも窺い知れるでしょう。

こうして、紀元前から中世を経て近現代に至るまで、ヨーロッパとユダヤ人の関係は複雑に絡み合い続け、その影響は現在の国際情勢にも深く関わっているのです。

参考文献:『高利貸の歴史―出挙、土倉、ユダヤ人』井関孝雄/藤野恵/滝本誠一/三浦周行 著
文 / 草の実堂編集部

 

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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