西洋史

【青ひげのモデル】 ジル・ド・レとは ~ジャンヌ・ダルクの右腕

ジル・ド・レは青ひげだったのか調べてみた

ある金持ちの男は、青い髭を生やしたその風貌から「青髭」と呼ばれ、周囲に恐れられていた。貧乏貴族の三男で、小さな領地で暮らしていた男の物語である。

フランスの詩人、シャルル・ペローが執筆した童話であり、その主人公の名も「青髭」と呼ばれた。グリム童話にも削除されたり、改変されながらも集録されたことがある。

その奇怪なタイトルから、名前くらいは聞き覚えがあるかもしれないが、青髭にはモデルとなった人物がいたといわれる。その人物こそ百年戦争期において、ジャンヌ・ダルクと共に戦ったといわれるジル・ド・レだ。

では、なぜそのような人物が青髭のモデルとなったのか?

百年戦争


※左上から時計回り:ラ・ロシェルの海戦アジャンクールの戦いパテーの戦いオルレアン包囲戦  出典:Blaue Max

ジル・ド・レ(Gilles de Rais, 1405年 – 1440年10月26日)は、百年戦争期のフランスの貴族であり軍人である。また、男爵の爵位を持ち、フランスの元帥でもあった。

ジルは、成人し軍人になると、1424年に宮廷入りを果たした。時代は百年戦争の最中である。この戦いはフランスを戦場にしたイングランド軍との領地の奪い合いで、兵も民も疲弊しきっていた時代だった。

そのような情勢下、1427年に祖父がヨランドの長男アンジュー公ルイ3世の副司令官に任命され、ジルも遠縁でシャルル7世の側近ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユに重用される。これで、アンジュー軍を動員出来る立場に出世、同年に初陣を飾った。

ヨランドとは、フランス王シャルル7世の姑ヨランド・ダラゴンのことである。

ジャンヌ・ダルクとの出会い


※シャルル7世戴冠式のジャンヌ・ダルク

やがてジルは、1429年のオルレアン包囲戦でジャンヌ・ダルクに協力し、フランス軍の中核を担う軍人たちと肩を並べて戦った。オルレアン包囲を解いた後も、ジャンヌ率いるフランス軍は、北フランスにおいて小規模な戦闘を続けねばならなかった。

そんな中、1429年6月12日にジャンヌの軍が同地方のジャルジョーを占領し、イングランド軍の重要な司令官の1人であるサフォーク伯ウィリアム・ド・ラ・ポールを捕らえるという戦果を挙げる。

これにより戦況が変わり、フランス軍はイングランド軍を壊走させることに成功した。
この奇蹟ともいえる勝利は、ジャンヌのオルレアン解放やランスへの行進と並ぶ意義を持っており、これ以降の野戦における両軍の勝敗は一変する。ランスの街がフランス軍により解放されれば、シャルル7世は正式にフランス国王として戴冠されるのだ。

ジル個人としては、この戦いの後も終結まで祖国に貢献し「救国の英雄」とも呼ばれた。初めジルは、主であるラ・トレモイユにジャンヌの監視を命じられていたが、いつしかジャンヌに感化され協力的になったといわれている。

ジャンヌとは9月のパリ包囲戦を最後に別れたが、それまでの期間でジャンヌという娘の軍事的センス、大天使のような威厳に圧倒され、傾倒していたことは間違いない。もともと信仰心の厚いジルである。彼はジャンヌに忠誠を誓い、彼女の良き右腕として戦ってきたのだ。

信仰の喪失


※ジルの居城の1つ

領地に戻ったジルを待っていたのは、ジャンヌがイングランド軍に捕縛されたという情報だった。ジャンヌの救出を試みるも失敗。ジャンヌが異端裁判により処刑されると、それまでの信仰を失ったかのように放蕩三昧の生活に身を落とす。

芸術と奢侈をこよなく愛したジルは、世界中の豪華な美術品を買い漁り、連日のように盛大な宴を催しては、その莫大な富を蕩尽していく。数年後にはフランス随一とまで云われた財産を使い果たしてしまった。彼が錬金術に魅せられたのはこの頃からである。

一説によると、錬金術成功のために財産を浪費し、手下を使っては何百人ともいわれる幼い少年たちを拉致、虐殺したとされる。それも普通の殺し方ではない。ジルにとっては性的興奮を覚えるが、我々にとっては目を背けずにはいられないような殺し方を楽しんだ。

グリムの青髭


※青髭の挿絵

昔々、小さな領地から上がる収益で細々と暮らす貴族がいた。彼は青い髭を生やしたその風貌から「青髭」と呼ばれていたが、ある日、領地の娘に結婚を申し込む。

青髭は何度か結婚したことがあるはずだったが、それらの妻達がどこに行ったかは不明のままであった。気味悪がりながらも金持ちの誘惑に負けた女は男に嫁ぐことになる。

しかし、城での生活は退屈極まりなく、夜の営みも乱暴なものだった。さらに青髭は自分の留守中に不貞を働かないようにと、妻に金属製の貞操帯を付けさせ鍵をかけてしまったのである。しかし、妻には夫とは別に恋人がいた。夫の家臣の一人で青い目に金髪のしなやかな体つきをした青年である。

そんなある日、夫は妻に言った。「これから旅にでる。ここに館の鍵がある。一つは図書室の鍵、一つは宝物蔵の鍵、一つは宝石蔵の鍵、一つは家具室の鍵、一つは金庫の鍵だ。そのどれを開けて楽しんでもいいが、最後の黄金の鍵だけはけして開けてはならない。」
そしていつものとおり、彼女の体には貞操帯がはめられた。

青年は貞操帯のことは知っていたので、その鍵を外してくれた。そして、青髭の秘密を暴くべく家の中を開けて回る。そして、最後の部屋。一度は青年を思いとどまらせて帰したが、どうしてもあの部屋が見てみたい。

そして、好奇心に負けた彼女は、ついに黄金の鍵を使ってしまった。思わず上がる悲鳴。

その部屋は彼女の想像を超えるもので埋め尽くされていた。室内の壁には、人間の、それも女達の無惨な死体がいくつも吊るされていたのである。

そして死体に共通していたのは、女の大切な箇所にがっしりと食い込む貞操帯であった。

神への怒り


※ジル・ド・レの処刑

1440年5月15日、所領を巡る争いからジルは、聖職者を拉致・監禁した。それにより告発され捕らえられる。直ちにジルの身辺調査が行われ、7月29日に告発状が公布、9月15日に逮捕されたジルはナント宗教裁判所へ出頭した。

異端、幼児殺戮、悪魔との契約、自然の掟に対する違反」の罪でジルは告発される。どれ一つをとっても死罪を免れない大罪だった。

公開裁判では、全てを告白し泣きながら懺悔し、その場にいた人間たちに許しを請うた。このため10月26日に絞首刑になり死体が火刑になった。火刑の際にジルの魂が救われるよう、民衆が祈りを捧げたという。

一説にはジャンヌが異端として捕らえられ、火炙りになったことからジルは精神を病んだのだとも言われる。仮にも百年戦争の功労者であり、フランス最大の領主のジルがあのような変貌を遂げたのは、ジャンヌ・ダルクの命を見捨て、彼の忠誠を裏切った神への怒りがあったからであった。

最後に

ジルはこの後にペローやグリムの童話に登場する殺人鬼・青髭のモデルになったといわれている。

確かにモデルにはなったのかもしれないが、記録が正しければ、ジルの殺人は童話における「それ」とはまったく別の、さらに惨いやり方だった。そこまではさすがに童話にはできなかったというレベルである。


※捕縛されるジャンヌ

自分が仕えた聖少女を異端として処刑した人間たちと、それを止めなかった神への怒り。ジルの晩年はそうした怒りを糧に過ごしたのかも知れない。

(百年戦争、ジャンヌ・ダルクのことは【オルレアンの乙女】ジャンヌ・ダルクについて調べてみたを参照)

 

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