死亡後も世界を揺るがすジェフリー・エプスタイン

画像:ジェフリー・エプスタイン public domain
資産家であり投資家として知られたジェフリー・エプスタインは、長年アメリカの上流社会と深く関わってきた人物です。
政財界や王室、学術界の要人たちと親交を持ち、とりわけ科学研究への資金提供でも注目を集めていました。
しかしその一方で、未成年者への性的搾取という疑惑が長年つきまとっていたのです。
2019年、エプスタインは性犯罪の容疑で起訴され、拘置所内で死亡しました。
しかし彼の死は、事件の終結ではなく、数々の疑惑と陰謀論をさらに加速させるきっかけとなりました。
近年では、トランプ政権による関連文書の扱いをめぐって議論が再燃しています。
かつて「ディープステート(影の政府)の腐敗を暴く」と宣言していたトランプ氏に対し、いまや支持者からも情報隠蔽を疑う声が上がっているのです。
今回は、これまでに明らかになっているエプスタイン事件の経緯を振り返りながら、「エプスタイン島」の実態、そしてトランプ政権を揺るがす陰謀論について解説していきます。
富と権力への階段

画像:若かりし頃のエプスタイン氏(27歳) public domain
ジェフリー・エプスタインの物語は、ニューヨークのごく普通の家庭から始まります。
大学を中退した後、エプスタインは名門私立校の教師となりましたが、そのキャリアは長くは続きませんでした。
しかしその後、投資家として頭角を現し、瞬く間に巨万の富を築き上げます。
その資産は、ニューヨークの豪邸やプライベートジェット、そして後述するカリブ海の私有島など広範囲に及びました。
また、彼の周囲には、政財界や学術界、さらには王室の重鎮たちが常に名を連ねていました。
ビル・クリントン元大統領、ドナルド・トランプ氏、英国のアンドリュー王子など、そうそうたる人物たちと親交を持っていたのです。
しかし、その華やかな交友関係の裏側では、おぞましい犯罪行為が組織的に繰り返されていました。
2000年代初頭には、フロリダ州で未成年少女への性的虐待疑惑が浮上します。
ところが、数十人に及ぶ被害者がいたにもかかわらず、エプスタインは不可解な司法取引によって重罪を免れたのです。
カリブの楽園に潜む闇「エプスタイン島」

画像:エプスタイン事件の舞台となったリトル・セント・ジェームズ public domain
エプスタイン事件の異常性を象徴する場所が、米領ヴァージン諸島に彼が所有していた私有島「リトル・セント・ジェームズ」です。
青い海と白砂のビーチに囲まれた美しいこの島は、やがて、有力者による不適切な行為が繰り返されていた「エプスタイン島」として、その名が世間に知られるようになりました。
エプスタインは、自身のプライベートジェットを使い、世界中から著名なゲストをこの島に招いていたとされています。
その中には、英国のアンドリュー王子の名も一部報道で取り上げられました。
外界から隔絶されたこの島では、若年層の女性が不当な扱いを受けていたとの証言が多数寄せられています。
少女たちはモデルやマッサージ師としてスカウトされ、裕福な暮らしや、有力な人脈を得られるといった甘い言葉で誘い出されていたのです。
こうした状況を公に告発した被害者の一人が、ヴァージニア・ジュフリー氏です。
彼女は著名人による不当な関与を訴え、アンドリュー王子との民事訴訟も提起しました(同氏はすべての主張を否定し、2022年に非公開の和解が成立)。
ジュフリー氏の勇気ある証言は、同様の境遇にあった人々に大きな力を与え、#MeToo運動の象徴的存在の一人ともなりました。
しかしその後、精神的・肉体的な負担が積み重なっていたと見られ、2025年春、オーストラリア西部の自宅で亡くなっているのが発見されました。
家族の発表によれば、彼女は41歳で自ら命を絶ったとされており、「生涯にわたり被害を受けてきた戦士だった」とする声明が公表されています。
亡くなる数週間前には交通事故に遭っていたことも、SNSの投稿を通じて明らかになっていました。
報道によれば、現地警察は事件性を否定し、死因は非公開ながら「不審な点はない」との見解を示しています。
その突然の訃報は、彼女の活動を支えてきた関係者や被害者たちに大きな衝撃を与えました。
トランプ政権のジレンマ

画像 : 窮地に立たされているトランプ大統領 public domain
2025年7月、エプスタイン事件は新たな局面を迎えます。
長らく存在が噂されてきた「顧客リスト」は発見されなかったと、米国司法省が公式に発表したのです。
また、エプスタインの死因についても自殺と結論づけ、今後これ以上の情報公開は行わない方針を示しました。
しかし、こうした発表は事件を終結させるどころか、むしろ世論の大きな反発を招くことになりました。
中でも強く反応したのが、トランプ前大統領を支持する保守層の一部、いわゆる「MAGA(Make America Great Again)」の支持者たちです。
彼らの中にはかねてより、「政府内部の一部勢力(いわゆる“ディープステート”)が有力者による不正行為を隠蔽し、エプスタインの死にも関与している」と信じてきた人々も多く、今回の発表は期待を裏切るものと受け取られました。
さらに、ロイター通信による世論調査では、「トランプ政権が情報を隠蔽している」と考える米国人が、約7割に達したとも報じられています。
事態をさらに混乱させたのが、『ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)』の報道でした。
同紙によると、2025年5月の時点でボンディ司法長官が、エプスタイン関連の捜査資料にトランプ氏の名前が複数回記載されていることを、本人に直接伝えていたといいます。
この報道を受けて、「トランプ氏は自分の名前が含まれていることを知ったうえで、関連情報の公開に慎重な姿勢を取っているのではないか」という見方が広まり、さらに多くの憶測を呼ぶことになりました。
こうした状況の中で、トランプ氏は「民主党による策略だ」と主張し、SNS上では一部の支持者を「誤情報に踊らされた人々」と批判する姿勢も見せました。
さらには「もはや彼らの支持は必要ない」とまで突き放したのです。
その後、トランプ氏は一部報道に対し「名誉を毀損された」として、WSJを提訴する事態にまで発展しています。
このようにエプスタイン事件は、単なる個人の犯罪を超え、富と権力が司法制度に与える影響を浮き彫りにしました。
数百人とも言われる被害者の存在が示すように、問題は一人の人物にとどまらず、既得権益層全体の責任が問われているのです。
「ディープステートの腐敗を暴く」として支持を集めたトランプ氏にとっても、今回の司法省の発表と報道の波紋は痛手となりました。
支持基盤であるはずのMAGA層との信頼関係にもひびが入りつつあり、今後の政権運営や2026年中間選挙などに長期的なリスクを与える可能性があるでしょう。
参考文献:
ジュリー・K ブラウン(2022)『ジェフリー・エプスタイン – 億万長者の顔をした怪物』(依田光江 訳)ハーパーコリンズ・ジャパン
文 / 村上俊樹 校正 / 草の実堂編集部
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