現代の国際情勢において、かつて孤立主義的な外交方針として受け止められてきた「モンロー主義」が、再び注目を集めている。
しかし、これは単なる歴史の再来ではない。
21世紀の今日においてこの思想が想起される背景には、米国社会に広がる内向き志向や「アメリカ第一主義」の再浮上がある。
とりわけ、日米同盟を安全保障の基軸としてきた日本にとって、米国におけるモンロー主義的な機運の高まりは、同盟の前提そのものを揺るがしかねない重大なリスクを孕んでいる。

画像 : アメリカ合衆国第5代大統領ジェームズ・モンローの肖像 public domain
アメリカ第一主義と世界秩序の変容
1823年、当時のジェームズ・モンロー米大統領が打ち出したモンロー主義は、本来「欧州列強による米大陸への干渉を拒み、同時に米国も欧州の紛争には関与しない」という、相互不干渉を基本原則とする構想であった。
しかし21世紀の今日、この思想は当時の文脈とは異なる形で再解釈されつつある。
それは「アメリカ第一主義(アメリカ・ファースト)」というスローガンの下、対外関与を抑制し、自国の負担を極力軽減しようとする姿勢である。
米国国内で内向きな世論が強まっている背景には、長年続いた海外介入への疲弊と、国内経済や社会分断の立て直しを最優先すべきだという切実な声がある。
だが、米国が「世界の警察官」としての役割を放棄し、自国の利益のみに閉じこもることは、既存の国際秩序の崩壊を意味する。
歴史が示す通り、パワー・バキューム(力の空白)が生まれた地域には、必ず別の覇権主義的な勢力が入り込むからだ。
日本の防衛ラインと孤立への懸念
日本の安全保障は、米国の抑止力、いわゆる「核の傘」を含む軍事的なプレゼンスに深く依存している。
もし米国がモンロー主義的な発想に傾き、東アジアへの関与を段階的に縮小させた場合、日本はこれまで想定してこなかった厳しい選択を迫られることになる。
北朝鮮の核・ミサイル開発、中国の海洋進出が加速する中で、米国という後ろ盾が揺らぐことは、日本の防衛ラインが直接的な圧力にさらされることを意味する。
これは単なる軍事的問題に留まらず、シーレーンの安全確保やサプライチェーンの維持といった経済安全保障にも直結する死活問題である。
モンロー主義の再燃は、日本にとって「梯子を外される」という最悪のシナリオを現実味を帯びたものにしているのだ。

画像 : 日本のシーレーン 出典:首相官邸ウェブサイト
自律的な防衛力と多国間連携の模索
米国が内向きになる現実を前に、日本に求められるのは「受動的な同盟維持」からの脱却である。
もはや、米国の善意や慣習だけに頼る時代は終わったと言える。
日本は自身の防衛力を抜本的に強化すると同時に、オーストラリアやインド、さらには欧州諸国との多角的な安全保障協力を推進しなければならないだろう。
いわゆる「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の深化は、特定の国に依存しすぎない強靭な秩序を構築するための鍵となる。
かつての孤立主義的思想が、新たな形で世界を覆おうとする今、日本は「同盟に依存する側」から「秩序を支える側」へと立場を転換できるかを問われている。
日米同盟の重要性を維持しつつも、最悪の事態を想定した戦略的自律性を確保すること。
それこそが、不確実性の時代において日本の安全保障を現実のものとする、唯一の道である。
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部























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