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人類が根絶できたウイルス「天然痘」の歴史と被害

現在の医療技術をもってしても、ウイルスは根絶出来ていない。

世界にはコロナウイルス、エボラ出血熱、エイズウイルス、インフルエンザ、などの感染症が存在しているが、これらに共通するのは細菌ではなくウイルスによる感染症であるという事である。

しかし、人類はかつて大量の死者を出したウイルスを完全に封じ込めたことがある。それは『天然痘ウイルス』である。

この天然痘とはどういった病気なのか?人類はどのように影響を受け、そして根絶できたのか?
今回は天然痘と人類の歴史について解説する。

天然痘ウイルスとは

天然痘とは天然痘ウイルスを病原体とする感染症である。

致死率が平均で約20%から50%と非常に高い事で有名な感染症であり、有史以来人類はこのウイルスによって多大な被害を被ってきた。
現在は感染症として最も注意が必要な1類感染症のカテゴリーに分類されているが、既に世界から根絶されており感染している人はいない。

症状として40度近い高熱と、頭痛、腰痛、特徴的なあばたが出来る、潜伏期間は7~16日、その後に発症する。
非常に強い感染力を持っているので、一度感染が拡大すると被害の拡大は深刻である。

治癒後は二度と掛からないとされていて、現在は種痘というワクチンを接種することで予防が可能である。

天然痘

天然痘ウイルス wikiより引用

ウイルスと細菌の違い

感染症の原因としてウイルスと細菌があるが、この二つは全く別物である。

『ウイルス』

・ウイルスは非常に小さくそのサイズは10㎚~100㎚である。
・自己増殖が出来ずに必ず宿主が必要である。
・DNAウイルスとRNAウイルスの二つが存在している。
・人体に入り込んでから増殖するので治癒させる抗ウイルス剤は非常に少ない。

『細菌』

・サイズはウイルスと比べて1㎛前後である。
・体内に入りこんだ細菌は細胞分裂によって自己増殖により数を増やしていく。
・細菌には体に必要な良い菌も存在している。
・抗生物質や抗菌薬が存在していて有効なものが多い

天然痘の被害

天然痘の起源ははっきりしていないが、紀元前1350年ごろのエジプトとヒッタイトによる戦いの頃には既に存在していたことが考古学的に判明している。

古代ギリシアにおける紀元前430年の「アテナイの疫病」も天然痘である。
165年、ローマ帝国を襲った「アントニヌスの疫病」も天然痘とされ、少なくとも350万人が死亡した。

日本でも天然痘は奈良時代のころには確認されている。

平城京で政権を担当していた藤原四兄弟が相次いで死去した原因も天然痘であり、日本書紀にも天然痘の記述がある、
16世紀にはフランシスコザビエルが日本人に全盲の人が多いと言っており、彼らの多くが天然痘の被害者である。更に伊達政宗は眼帯をしていることで有名であるが、この目も天然痘が原因で失明している。

最も被害が大きかったのは、アメリカの先住民の被害であろう。

16世紀、コロンブスのアメリカ大陸発見後にスペイン人が次々とアメリカ大陸に船で上陸することになる。この際に船員が天然痘をアメリカ大陸に持ち込んだとされている。

ヨーロッパ人は天然痘と共に歴史を歩んでいたことで多少の免疫を持っていたが、アメリカ大陸には天然痘は存在しておらず先住民族は天然痘に対して全く免疫を持っていなかった。

画像 : アメリカ先住民、天然痘の治療をしている public domain

アメリカの先住民族の死亡率は9割にも達し、中には全滅した部族もあったようだ。
この出来事は、アステカ王国インカ王国滅亡の大きな要因となっている。

彼らは家畜として牛や馬を飼っていなかったが、それが運命の分かれ道であったことが後に判明する。

天然痘ワクチンの発見

西暦1000年ころの段階で、インドでは天然痘の患者の膿を健康な人に摂取させ免疫を獲得させる予防対策がなされていたが、安全面に問題があり普及するまではいかなかった。

18世紀になると牛を飼っている人たちは天然痘にかかることが少ないことが認知されていた。牛痘と呼ばれる病気は人に感染するものの経度で済む特徴があり、この事実に着目したのがエドワード・ジェンナーである。

1796年、彼は少年に牛痘の膿を接種させた後に天然痘の膿を接種させ、発病しないことを発見する。

天然痘

エドワード・ジェンナー

この発見によって人類最初のワクチンである天然痘ワクチンが開発され、天然痘に対して有効な対策が確立された。

ワクチンの普及は早く瞬く間に世界中へと広まり、天然痘の被害は減っていったのである。

天然痘の根絶

ワクチン発見後も天然痘自体はまだ世界に存在していたが、20世紀に入ると先進国において天然痘が確認されない地域も出てきた。
日本においても1955年には天然痘が根絶された。

1957年にWHOは天然痘根絶計画を掲げ、世界中でワクチン接種が行われた。
しかし発展途上国のワクチン接種は困難を極めた。特にインドでの被害はまだまだ多かったがWHOは計画を修正して全員に接種させるのではなく、感染者に賞金を懸け、発見次第その感染者の周りの人間に予防接種させることによって被害を食い止めようとした。

この作戦は功を奏し、インドの感染者は激減した。

1970年 西アフリカ全域から根絶
1971年 中央アフリカと南米から根絶
1975年 アジアから天然痘は根絶
1977年 ソマリア人青年のアリ・マオ・マーランが最後の感染者として報告されている。
1980年5月8日、WHOは地球上からの天然痘根絶宣言を発するに至った。

人類がウイルスに対して勝利したのは天然痘のみである。

現在も残る天然痘ウイルス

天然痘

天然痘ワクチン

天然痘は1980年に根絶されたが、天然痘ウイルス自体はこの世界に存在している。
アメリカ、ロシア、北朝鮮、フランス、イラクなどの国は天然痘ウイルスを研究所に保管しており、細菌兵器としての利用目的のために保管しているとの噂もある。

現在根絶しているウイルスなのでワクチン接種を受けている人間はいない。

アメリカは細菌兵器としてのテロの脅威から国を守るために、2001年からワクチンの備蓄を強化しアメリカの全人口分を備蓄している。

天然痘の脅威は感染症ではなく兵器としての脅威として、今でも世界の中で残り続けている。

 

草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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