米国では、毎年推定80,000人がビブリオ菌に感染し、100人が死亡している。
しかし近年、温暖な地域を中心に「人食いバクテリア」の感染症で死亡するケースが増加傾向だという。
とくに、近年の米国ではハリケーンや気候温暖化などの影響により、「人食いバクテリア」による死者が増加傾向にある。
この「人食いバクテリア」は、「ビブリオ・バルニフィカス(V. vulnificus)」(以降バルニフィカス)という細菌で、感染した条件によっては、人間に重篤な症状を引き起こすことが知られている。
この記事では、「ビブリオ・バルニフィカス」菌や感染症の症状、感染予防策などの早期対策の重要性について、詳しく説明する。
人食いバクテリア
バルニフィカス菌が「人食いバクテリア」と呼ばれるのは、感染して重症化した場合、医学的には「壊死性筋膜炎」という傷の周りの組織が急速に壊死する状態を引き起こすためだ。
他の12種類ほどのビブリオ属細菌が比較的軽症で済むのに対し、「ビブリオ・バルニフィカス」菌だけが生命を脅かす重篤な感染症を引き起こす。
重篤な場合は、集中治療や四肢切断が必要になることもあるという。
この「ビブリオ・バルニフィカス」は食中毒菌である腸炎ビブリオやコレラ菌と同様、ビブリオ属に分類される菌の名前であり、ビブリオ感染症は、ビブリオ菌に感染することで引き起こされる人獣共通感染症である。
ビブリオ属の菌は一般に通性嫌気性で、塩分濃度が2~8%でよく発育するが、バルニフィカスはそれより低い1%程度の塩分濃度でも発育し、特に陸地から栄養補給を受ける河口域で海水(塩分濃度は約3.5%)と真水が交わる汽水域に生存していることが多い。
つまり、生息範囲が広いということである。
水温が高くなる5月から10月にかけて塩分濃度が増加し、海水温度が20℃を超えると検出される傾向がみられ、感染の多くも同時期に発生している。
軽度のビブリオ症のほとんどの人は、約3日間で回復し、後遺症も残らないと言われているが、アメリカのCDC(米国環境情報センター)によると、バルニフィカス菌に感染した人の約5人に1人が死亡し、感染後1日または2日以内に亡くなることがあると警告している。
ビブリオ感染症の発生状況
CDCは、アメリカで毎年約80,000件のビブリオ症が発生すると推定されており、このうち約52,000件は、汚染された魚介類を食べたことが原因と推定されている。
最も多く報告されている種である腸炎ビブリオ(V. parahaemolyticus)は、アメリカで毎年約45,000件のビブリオ症を引き起こすと推定されている。
また、約150~200件のバルニフィカス感染症が報告されている。
日本での発生状況
日本におけるビブリオ・バルニフィカス感染症は、1976年に長崎で第1例が報告されて以来、約200例が確認されているという。
発生地域は熊本県が最も多く、福岡、佐賀、長崎を加えた北部九州地域で全体の50%以上を占めている。
その他に、山口から岡山にかけての瀬戸内海沿岸と東京、千葉の東京湾沿岸における患者発生が目立った。
発生時期は6~10月で、冬季の発生はなかった。
ただし、冬も暖かい奄美大島では、1月にバルニフィカス感染症が疑われる症例が1例見つかっている。
その他の特徴
・人から人への感染は報告されていない。
・創傷感染のリスクが高いのは、肝疾患、糖尿病、免疫不全などの基礎疾患を持つ人といわれている。
・創傷感染は潜伏期間が短く、出血性水疱の有無にかかわらず、壊死性皮膚・軟部組織感染を特徴とし、創傷感染症の患者の多くは、集中治療または外科的組織切除を必要とする。
つまり、基礎疾患を持つ人が傷口からバルニフィカス菌に感染した場合、重篤化リスクが非常に高いということだ。
温暖化の影響
バルニフィカス菌は、特に夏季(5月から10月)に温暖な海域、および河口のような塩分の低い海洋環境で増殖し、米国ではバルニフィカス感染はメキシコ湾岸諸州から最も多く報告されている。
しかし、米国東部での感染は1988年から2018年にかけて8倍に増加し、北部の地理的感染範囲は年間48km増加しているという。
沿岸の洪水、ハリケーン、高潮などの異常気象は、沿岸の海水を内陸部に押し流す可能性があるため、このような海水にさらされた人々、特に高齢者や基礎疾患を持つ避難者は、ビブリオ菌による創傷感染のリスクが高まる。
実際、2022年のハリケーン「イアン」の後、フロリダ州で感染者の増加が確認されている。
さらに2023年7月から8月にかけて、米国では沿岸の海面水温が平均を上回り、広範囲に熱波が発生し、コネチカット州、ニューヨーク州、ノースカロライナ州を含む東海岸のいくつかの州で、重篤で致死的な感染が報告されている。
ビブリオ・バルニフィカス感染症の症状
まず、潜伏期間についてだが、腸炎ビブリオは早くて2時間、長くても1日ほどの潜伏期間を経て発症する。
CDC(疾病管理予防センター)によるとバルニフィカスに感染した場合、以下のような症状が見られるという。
・ほとんどのビブリオ感染者は下痢を起こす。
・胃痙攣(いけいれん)、吐き気、嘔吐、発熱、悪寒、水下痢などの症状が表れる。
・傷口が感染した場合は、皮膚に変色や赤み、痛み、腫れなどの症状が出るほか、体液が分泌されることがある。
・血液を通して感染が広がった場合、水脹れのような皮膚の病変を引き起こす場合もある。
肝臓疾患、免疫力の低下などを基礎疾患として持つ方や、貧血の治療で鉄剤を内服している方は、次のように重篤化することがあるため、注意が必要だ。
・初発症状は発熱と激しい痛みで、ほとんどの患者に皮疹が認められる。
・その皮疹は多彩で、紅斑、紫斑、水疱、血疱、潰瘍などが混在し、また短時間で皮疹が変化する。
上記のような症状が認められた場合には、直ちに医療機関で受診していただきたい。
また、肝硬変などの肝臓に基礎疾患のある患者では、敗血症を引き起こすことがあり、この場合の死亡率は高く、50%~80%であったと報告されている。
日本では、1975~2005年の30年間で185例が報告されており、死者は117例、死亡率は65%である。
診断・治療方法
診断
万が一、自分がバルニフィカス菌に感染してしまった疑いがある場合は、以下のことを考慮していただきたい。
なお、次のような方は感染症のリスクが高いので注意が必要だ。
・肝臓疾患(アルコール関連の肝硬変を含む)
・糖尿病
・その他の慢性肝疾患
・免疫機能が低下している状態
もし感染症が疑われる場合は、次の症状があるか自己確認してほしい。
・発熱している
・出血性の水ぶくれがある
・敗血症の兆候がある
また、担当医に次のことを伝えていただきたい。
・沿岸水域で傷ができたのかどうか
・沿岸水域で開いた傷口が水に触れたかどうか
・生、または加熱不足の魚介類を食べたかどうか
なお、海産魚介類の生食によるバルニフィカスの感染については、健康な方は過敏になる必要がないといわれている。
治療
バルニフィカスに対しては、早期の診断と治療が重要だ。重篤な場合はあっという間に壊死が広がってしまうからだ。
治療は抗生物質で行う方法が確立されている。
しかし、抗生物質を使って治療するものの、壊死や感染した組織を除去するために脚や腕の切断しなければならない場合もある。
また、バルニフィカス菌が血液に入って状態が悪化してしまったり、症状が進行してから抗生物質を投与しても、非常に効きづらい場合もあるという。
原因と予防策
ここでは、バルニフィカス菌に感染しないために、感染の原因とその予防策について説明してく。
感染の原因
多くの場合、生の牡蠣または加熱不十分な魚介類を食べることで感染する。また、バルニフィカス菌は、傷口が海水または汽水に触れると皮膚感染症を引き起こすこともあり、重篤化しやすいといわれている。汽水とは、淡水と海水が混ざった水で、河川が海に注ぐところによく見られる。
また、CDCによれば、生や加熱不十分な魚介類、その汁やドリップに触れた場合も、傷口が感染する可能性があるのだという。
予防策
日本の厚生労働省は「健康な人は軽度の胃腸炎を起こす場合があるものの、重症になるケースはほとんどないため過敏になる必要はない」と説明している。
その上で、「肝臓疾患や免疫力の低下などを基礎疾患として持つ人、貧血の治療で鉄剤を内服している人は、夏場の魚介類の生食に注意するように」と呼びかけている。
疾患がある方の場合
免疫力が低下している人、特に慢性肝疾患の人は、ビブリオ症にかかりやすくなる。
傷口(手術、ピアス、タトゥーの直後のものを含む)がある場合は、6月~10月の沿岸の暖かい海水または汽水に触れないようにするか、海水または汽水、生の魚介類、生の魚介類の汁と接触する可能性がある場合は、防水絆創膏や防水包帯で傷口を覆う。
肝臓疾患、免疫力の低下などを基礎疾患として持つ方や、貧血の治療で鉄剤を内服している方は、特に夏場における海産魚介類の生食は避け、適切に加熱調理したものを摂取することが重要だ。
また、生の貝類を扱う際には手袋を着用し、食べ終わったら石鹸と水で手をよく洗う。
なお、ビブリオ・バルニフィカスは、通常の調理温度で食品の中心温度が70℃で加熱すれば死滅する。
健康な方の場合
前述したとおり、健康な方は感染しても軽度の胃腸炎を起こすことがあるが、重症になることはほとんどなく過敏になる必要はない。
ただし、健康な方でも傷がある場合は、海水に接触することで感染し発症する可能性があるので注意が必要だ。
その他の予防策
少し細かい内容になるが、医療や衛生関係者が推奨している感染予防対策は次のとおりだ。
安全を確保をするために参考にしてほしい。なお、前述の内容と重なる箇所は除いている。
・水中で切り傷を負った場合は、すぐに水から離れること。
・生、または加熱が不十分な魚介類を扱った後は、必ず石鹸と水で手を洗う。
・まな板からの2次感染もあるため、調理後は、まな板を含め器具をしっかり洗浄すること。
・ま水に弱いため、刺身にする時も真水でしっかり洗浄すること。
・熱や寒さに弱いため、魚介類は冷蔵庫や冷凍庫で保存し、調理時はしっかり加熱することが望ましい。
・傷口からの感染は重篤になるケースがあるので、傷を作らない
・貝は十分に熱したものだけ食べる
・開かない貝は絶対に食べない
・ 牡蠣には要注意。
・特に肝疾患の方は、素足で海岸を歩行しない。
さいごに
ここまでビブリオ・バルニフィカスについて説明してきたが、この人食いバクテリアは、近年の温暖化などの気候変動によって、予期せぬ場所でも見られるようになっているようだ。
2023年も9月後半に入り、気温も徐々には低下していくだろうが、日中はまだまだ暑い日が続くため、日本においても十分注意する必要がある。
皮膚に傷があるときに、不用意に海や川、湖、沼などの水辺に近づかないようにしていただきたい。
傷口から感染した場合は、高確率で重症化するので要注意である。
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