思想、哲学、心理学

【2024年は波乱のスタート】 地震、事故…なぜ自然(神)は無慈悲なのか? スピノザの「神すなわち自然」」とは

2024年は波乱の幕開けとなりました。

新年から大地震と飛行機事故が立て続きに起こり、不安を感じた方も多いと思います。

「なぜ自然は元旦に地震を起こすのか?」「なぜ神は、被災地に支援物資を送る飛行機に事故を起こしたのか?」

自然や神によるあまりの無慈悲さに対して、なんとも言えない感情が生じてしまいます。

17世紀の哲学者であるスピノザは「神すなわち自然」と説き、人間の幸福について考えました。

この言葉の真意とは何なのでしょうか?

不安を感じてしまう新年のスタートを受けて、今回の記事では、スピノザの哲学から何かしらのヒントを探していきたいと思います。

画像:オランダの哲学者であるバールーフ・デ・スピノザ public domain

スピノザの神は感情を持たない

スピノザの主著としては『エティカ』が有名です。直訳すると「倫理学」になります。スピノザが追求したのは「人間にとって真の幸福」の在り方でした。

しかし彼の唱える神は、きわめて独特なものでした。

神は感情を持たない完全に無機質な存在だと言うのです。

スピノザの考える「神」は、私たちが考える人格神とは大きく異なります。スピノザの神には、人間的な感情や意志はまったく存在しません。喜怒哀楽を超えた、完全に無関心な存在なのです。

人間の状況を喜ぶことも、怒ることも、哀しむことも一切ありません。人間が経験するような感情の起伏は、スピノザの神には存在しないのです。人間の幸福も不幸も、全く問題となりません。

喜びや悲しみといった感情は人間特有のものであって、無関心な神の領域では意味を持たないものです。この無機質な神は自然界の法則のようなもので、人間的な感情や意図とは無縁であり、冷たい神と言っていいかもしれません。

たとえば、ある人が不慮の事故で家族を失ったとします。

このとき通常の神であれば、人間の悲しみに共感し、哀しみの中にある人を慰め、前向きな方向へ導こうとするでしょう。

しかしスピノザの神においては、上記のようなことは全くありません。人間がいかに悲しみに暮れようと、神は全く感情移入することなく、無関心を貫き通すのです。

同様の例えとして、ある人の病気が奇跡的に完治しても、神が喜びを表明し、祝福を与えることもありません。人間の出来事に喜怒哀楽を持つこと自体、神の性質から外れているのです。

スピノザの神は感情を持たないため、個人の出来事に一切関心を払いません。自然法則のように冷たく、世界を規則正しく動かしているに過ぎないのです。

神への服従

スピノザによれば、この無機質とも言える神を愛することが、人間の幸福につながると説いています。つまり感情移入する対象としての人格神ではなく、むしろ自然法則のような無関心な神への服従が、幸福の道であると提唱したのです。

無機質な神を愛することが、スピノザの幸福なのです。それはまさに自然の必然性や運命を愛することと同義かもしれません。

人が不治の病に侵された場合を考えてみましょう。この病苦を神のいたずらだと考え、怒りや恨みといった感情を抱く人もいるかもしれません。

しかし、病を受け入れて残された時間を懸命に生きる方が、素晴らしい人生であるとも解釈できます。

また人間が病に苦しむことは、自然界に内在する必然的な法則に基づいています。

身体の複雑なバランスが崩れたとき、腫瘍や炎症などの病気が生じることがあります。この現象は生命システム自体に内包された結果であって、神が特別に人間を苦しめるために仕組んだことではありません。

人間の老いも同様です。

神による不公平な扱いだと思わずに、避けられない自然の摂理として受け入れた方が心の平穏(幸せ)につながるとしたのです。憎しみや恨みを持ったとしても長く生きることはできません。

日本人が持つ自然観との親和性

画像:古来より日本では、地中深くに住むナマズが暴れることによって大地震が起きると信じられてきた public domain

自然による必然性や悲劇的な出来事を、神による作用(意図)と見なさず、何も考えずただ受け入れることが幸福につながる。

このようにスピノザは主張します。

人間の力ではどうにもならない事柄についてはただ受容し、耐え忍ぶことが幸福への道だと説いたのです。極めて理性的であり、冷徹な悟りの境地であると言えるでしょう。

必然的な法則性の現れとして自然を客観的に捉え、個人的な意味付けからは距離を置く姿勢は、日本の自然観につながる部分があります。

日本の神道思想では、自然界の現象は神々の働きとして尊重されますが、同時に人間の力ではどうすることもできない自然に対して、謙虚な心を持つことが大切だと考えられてきました。

台風や地震などの自然災害によって被害を受けたからといって、日本人は神や自然に対して怨嗟の念を抱くことはありません。むしろ自然の脅威を前にして人間の無力さを痛感し、その秩序に逆らわず素直に受け入れる姿勢を保ち続けてきました。

科学技術が肥大化し、もはや人間の手には負えなくなっている現代社会において、スピノザの哲学は重要な視点を与えているのかもしれません。

参考文献:堀川哲(2006)『エピソードで読む西洋哲学史』PHP研究所

[ikemenadoyoko]

 

村上俊樹

村上俊樹

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“進撃”の元教員 大学院のときは、哲学を少し。その後、高校の社会科教員を10年ほど。生徒からのあだ名は“巨人”。身長が高いので。今はライターとして色々と。
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