1973年にアメリカで公開された「エクソシスト」は、悪魔と神父の戦いを描いたホラー映画の傑作だ。この映画で初めてエクソシストという存在を知ったという人も多いだろう。
悪魔祓いを専門に行うカトリック教会の聖職者のことである。だが、エクソシストは単なるフィクションではない。
イエス・キリストの悪魔祓い
【※キリストによる唖者のいやし】
エクソシストは、エクソシスム(ギリシア語:厳命によって追い出す)を行う司祭のことだが、ギリシア語では「厳かに問いかけ、切実に呼びかける」という意味を持ち、必ずしも「悪霊払い」だけを指すものではない。だが、カトリックにおけるエクソシストは、キリストへの祈りを通して悪霊を追い払う儀式とされている。
新約聖書『マタイ福音書』には、イエス・キリストがエクソシスムを行ったことが書かれている。
人々が口のきけなくなった者をイエスのもとへと連れていく。すると、イエスは悪霊を追い出してその者の口をきけるようにした。群集はこの奇跡に驚き、「イスラエルでは未だに現れたことのない人物だ」とキリストを讃えたとある。
この話は「キリストによる唖者(あしゃ)の癒し」として、イエス・キリストが悪魔祓いを行った例として記されている。唖者とは口のきけない者(先天的な病気や発達障害などもふくむ)のことである。
エクソシストはスペシャリスト
こうした経緯から、カトリックでは聖職者が悪魔祓いをするときは、イエスの名のもとに神の力を借りて行う。
エクソシストは、その何たるかを学んだ司祭が教会の儀式によって任命されてきた。
そして、祓う相手に対する正式な規則もある。
○依頼者が悪魔に憑かれているのか、精神疾患なのかを見極めなければならない。
○司祭は清廉潔白な生活を送り、謙虚で思慮深くなければならない。
○悪魔祓いは教会の定める方法で行わなければならない。
○憑依された相手に、悪魔祓いをしたいという気持ちを起こさせなくてはいけない。
○悪魔祓いは、小部屋に十字架とマリア像を用意して、家族や友人などの少人数で行うのが重要である。
○悪魔が1度で排除されない場合は、繰り返し何度か行わなければならない。
○エクソシストは決められた衣服を着用しないといけない。
こうした規定のほか、憑依を見分ける症状などを知り、エクソシストは初めて仕事を始めることができる。非常に高度な職人といっていいだろう。
ひとりの人間に3体の悪魔が憑依?!
実際の儀式では、憑依された相手に聖水を振りかけるところから始まる。悪魔が主導権を握っている場合は聖水を拒むため、子供のスープに混ぜて飲ませることもあるという。
すると、ある子供は「苦い」と言い出して途中で飲むのをやめた。このように、本当に悪魔に疲れている場合は「聖なる物」を避けるようになるという。
さらに十字架にキスをさせ、「我は汝に命じる」「悪魔よ、帰れ」などの決まった言葉で悪魔を祓うのだが、一人の人間に一体の悪魔だけが憑依しているとは限らない。ある女性は長年に渡って原因不明の体調不良に悩まされていたが、「高名なエクソシスト」は即座に3体の悪魔が彼女に憑依していることを見抜いたのだ。
その司祭が実際に悪魔祓いをしたところ、2体は比較的簡単に祓えたが、残りの1体は繰り返し3年もの儀式が必要であったという。この悪魔は、恋愛における嫉妬に狂った女性の呪いによって送り込まれていた。
その高名なエクソシストこそ、2016年に亡くなったガブリエーレ・アモルト神父である。
アモルト神父は、前教皇ヨハネ・パウロ2世に悪魔祓いの代理を任されたほどの人物だ。
教皇の代理を務めたエクソシスト
【※ガブリエーレ・アモルト神父】
ヨハネ・パウロ2世は、教皇に就任してから3回の祓魔式を行ったことがある。
1978年と1982年には悪魔に勝利したが、2000年の式では生涯最後にして悪魔を祓えなかったのだ。
2000年9月7日、サンピエトロ広場で行われていた教皇による一般謁見の最中に事件は起きた。北イタリアから来ていたという19歳の女性は、背骨の障害により歩行が困難な状態だったが、教皇が姿を見せただけで激しく暴れだし、聞いたことのない言語で叫び出したのである。警備員がなだめようとしたが、障害のあるはずの女性は驚くべき力でそれに抵抗した。
翌日、教皇は自ら悪魔祓いを行ったが、悪魔は彼女から去ることはなく、多忙な教皇に代わりガブリエーレ・アモルト神父がその後を引き継ぐ。それでも悪魔は極めて強力な種であったためか、その後も神父による悪魔祓いは何年も続いたという。
深刻な人材不足
アモルト神父は、2016年に91歳で死去したが、1986年からローマ教区でエクソシストとして勤務を始めると生涯で7万回以上の悪魔祓いを行ったてきたといっている。このことからも、いかにエクソシストの必要性が大きいか分かるだろう。
だが、能力があるとはいえ老齢のエクソシストが繰り返し儀式を行が者わなければならないのが、ヴァチカンにとっての悩みの種である。なぜなら、エクソシストの数が不足しているのだ。ヴァチカンが公認する「国際エクソシスト協会」では、儀式の前に必ず医師の診断を受けさせて、精神疾患の患者を排除してきたが、それでも2017年はイタリアだけで50万を超える憑依の報告があったという。
これには理由があり、興味本位でタロットカードなどで悪魔を引き寄せてしまい、取り憑かれることが増加したこと。若い司祭の中には悪魔の存在を心から信じている者が少なく、エクソシストを目指す人数が少ないこと。エクソシスト不足につけこみ、アマチュアがエクソシストと称して金銭目的で儀式を行った結果、逆に悪魔を招いてしまったことなど、複数の要因があると現役のエクソシストは語っている。
最後に
こうした負の連鎖を断ち切り、悪魔祓いの需要に応えられるように、ヴァチカンはエクソシストの養成に力を入れることにした。
ローマに本拠地があるカトリックの教育機関「教皇庁レジーナ・アポストロルム大学」において、4月に6日間の特別コースが開講されるという。
テーマは「悪魔祓い」と「解放の祈り」ということらしい。人材不足はヴァチカンとて例外ではなかったわけだ。
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