聖槍ロンギヌスの行方を追う
「ロンギヌスの槍」と聞くと、アニメ「エヴァンゲリオン」に出てくる巨大な武器を思い浮かべる方も多いだろう。
ストーリーの神秘性を高める重要なアイテムとして描かれており、大変印象深かったのが、実はこの「ロンギヌスの槍」、出どころは新約聖書の外典「ニコデモによる福音書」であることをご存じだろうか。伝説を追っていこう。
聖槍伝説のはじまり
ロンギヌスの槍に纏わる伝説は、キリストの処刑に遡る。
複数の福音書が伝えるところによれば、十字架に打ち付けられたイエス・キリストは6時間もの間、苦しみに耐え、やがて絶命したとされている。
この時、キリストの死を確認するため、脇腹に槍を突き刺した者がいた。キリストに激しい敵意を抱いていたローマの百人隊長「盲目のロンギヌス」である。
キリストの脇腹から流れた血は槍を伝ってロンギヌスの手を染めたが、ロンギヌスがその手で自らの目を擦ると、盲目だったはずの彼の視力が戻ったという。この奇跡により、ロンギヌスは回心してキリスト教徒となり、やがては殉教者として最期を遂げる。これがロンギヌスの槍の伝説だ。
キリスト教によく見られる奇跡譚であり、フィクションであると考える歴史家も少なくはない。しかし、この聖槍を巡っては、その後、様々な逸話が展開されていくことになる。
ロンギヌスとモーリス、そしてコンスタンティヌス
キリストの脇腹を刺したロンギヌスの槍が辿った道については、以下の二説がある。
一つは、ローマ軍兵士のモーリスという敬虔なキリスト教徒によって保管されていたというもの。ちなみに、現在、オーストリアのウィーン美術史博物館には、「聖モーリスの槍」と刻まれた槍が収められているのだが、果たしてこれが聖槍なのかは判然としていない。
別の説として、キリストの死後、聖槍はエルサレムのキリスト教団によって守られていたが、135年、ローマ皇帝によってエルサレム神殿が破壊されて以降、行方知れずとなってしまったというものもある。実は、この説に基づいて、4世紀にエルサレムで大規模な捜索が開始された。主導したのは、ローマ帝国皇帝として初めてキリスト教を公認したコンスタンティヌスである。
この調査では、イエスが磔にされた「十字架」、イエスを打ち付けていた三本の「聖なる釘」、十字架にかけられた「罪状のプレート」と共に、ロンギヌスの槍が発見されたと伝わっている。
複雑さを増す聖槍伝説
コンスタンティヌス帝の捜索によって発掘された聖槍は、6世紀頃までエルサレムに保管され、巡礼者たちが祈りを捧げたとする記録が残っている。
しかし、イスラム勢力セルジュク・トルコに聖槍を奪われることを恐れた同地のキリスト教徒たちは、聖槍を柄と穂先に切り離し、柄はエルサレムに、穂先はビザンツ帝国にそれぞれ分けて保管したと言われている。
事実、ビザンツ帝国の東方正教会で行われる「グランド・アントレ」という儀式の中では「ハギア・ロンケー」という小刀が典礼道具として用いられている。研究者の中には、その小刀こそロンギヌスの槍の穂先だと説く者もいるのだが、真相はわかっていない。
おわりに
コンスタンティヌス帝のように、時の権力者たちはロンギヌスの槍を手に入れるため躍起になった。聖槍には無敵の魔力があるとされていたからだ。歴代のビザンツ皇帝も、聖槍の力によって数々の戦果をあげたと伝わる。
その後の歴史においても、権力を手に入れた者たちの傍らで囁かれてきた聖槍伝説。あのヒトラーさえも聖槍の魔力に魅せられたという興味深い逸話が残っている。が、それはまた別の機会にお話ししよう。
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