江戸時代の交通史において重要な場所であった「箱根関所」。
時代劇のドラマや映画などで見たことがある人も多いでしょう。
現在、芦ノ湖畔にある文化史跡「箱根関所」は、約150年の年月を経て、当時と同じ場所に復元したものです。
国内外の観光客で賑わう箱根で、江戸時代にタイムスリップした気分を味わってきました。
江戸時代に存在した箱根関所を復元
箱根関所は、江戸幕府により元和(1619)から明治2年(1869)まで、芦ノ湖畔(現在、箱根関所の施設がある場所)に設置されていました。
役目を終えた後は取り壊されたものの、大正11年(1922)には国の史跡に認定。
さらに、昭和58年(1983)、静岡県の江川文庫(※1)から『相州御関所御修復出来形帳』(※2)が発見され、箱根関所の構造が明らかとなったことが復元のきっかけになったそうです。
そして、平成11年(1999)〜13年(2002)にかけて行われた発掘調査で箱根関所の遺構が確認され、順次整備が進み平成18年に全体が完了。平成19年から全面公開することになりました
※1 江川文庫:伊豆・韮山で歴史を重ねる「江川家」が伝え守ってきた歴史的文書・写真・文物を収蔵
※2 相州御関所御修復出来形帳:江戸時代末期に行われた、箱根関所の解体修理の詳細な報告書(慶応元年/1865)
国道1号線から関所通りに入り「京口御門」へ
国道1号線沿いにある「箱根関所」の大きな看板から関所通りに入り、歩くこと数分のところに箱根関所があります。
見学券売り場にて見学券を購入して敷地内に入ると、「渋黒(しぶずみ)塗」という、日本古来の伝統技術で真っ黒に塗られた大きな「京口御門」が姿を現します。
江戸時代、この京口御門は、明け六ツ時(午前6時頃)に開門し、暮れ六ツ時(午後6時頃)には閉門してしまうので、間に合わない旅人は、箱根山麓の宿に宿泊して翌朝早くから関所を目指していました。
この門から中が箱根関所の構内になるため、京都方面から来た旅人はこの門前で身支度を整え、関所の中へと入ったそうです。
京口御門を潜ると、目の前には江戸時代の関所の風景が広がっていました。
馬を繋げていた「厩」(うまや)
京口御門をくぐるとすぐ左手にあるのが「厩」です。5頭の馬を繋げられるようになっています。
幕末には2頭しかいなくなったため、空いた場所は掃除道具や火消し道具などを置き、納屋として使用していたそうです。
箱根関所の主要な建物「大番所・上番休息所」
厩の隣にあるのが、関所の主要な建物「大番所・上番休息所」です。
2棟が繋がれている大きな建物で、街道側にあるのが「大番所」、湖側が「上番休息所」になります。
この建物も、京口御門同様、渋黒塗をほどこされた真っ黒な外観が特徴です。
ここは、関所役人たちが仕事をする場でもあり、休憩したり風呂に入ったり食事をしたりと日常生活を送る場所。
いろいろなスペースに分かれています。
面番所(めんばんしょ)
建物の中で厩側に近いところにある「面番所(めんばんしょ)」。
旅人改(旅人の調査)や関所の維持管理などの実務を行う「番士(ばんし)」が、常に3人勤務していました。
この部屋の前の縁側では、箱根関所唯一の女性役人「人見女(ひとみおんな)」が「出女」の取り調べを行います。
出女とは、江戸から出ていく女性のことです。
当時、幕府は大名の正妻を人質として江戸に住まわせていました。けれども、反乱を企む大名は妻子をこっそり江戸から国元に脱出させようとするため、江戸から出て行く女性は、関所でとどめられて厳しく調査されていたのです。
この調査は微に入り細に入り時間をかけて行われたために、関所は待たされる旅人たちの大渋滞が起こることも珍しくなかったといわれています。
ちなみに、建物の随所で、関所で働く当時の人々の人形を随所で見かけます。(写真)
淡い灰色一色で作られているのは、当時の人の身体的特徴や着物の色柄などが明確になっていないために、このような人形で「シルエット展示」という方法にしたそうです。
色彩のない人形ではありますが、それぞれに表情がとても豊かで、イメージが膨らみます。
勝手板の間(かっていたのま)
囲炉裏が置かれている部屋で、関所の役人が食事や休憩に使用している部屋です。この奥には彼らが使用する食器などを収納した戸棚があります。
伴頭(頭)以下の関所役人は小田原藩士で、毎月交替で単身赴任するため自分で使う茶碗などの日用品を持ってきていたそう。
その証拠に、発掘された茶碗や皿などはすべて絵柄が揃っていなかったそうです。
湯殿(ゆどの)
湯殿ではありますが、お湯を張った湯船があるわけではなく、奥の大きなタライに湯を汲んで湯浴みをしていたそうです。
台所土間・土間(どま)
大番所・上番休息所の建物の入り口となる、台所土間と土間。
大番所・上番休息所の建物の裏側、芦ノ湖に面しているところにある矢場。
弓や鉄砲の練習場です。
きれい好きだった箱根関所
関所は、幕府から「常にきれいに掃除をするように」と指示されていたため、大番所・上番休息所は、足軽たちがこまめに掃除をしていました。
その掃除のたびに、追い立てられた伴頭や番士たちは、火鉢を抱えて建物の中を右往左往していたとか。
厳しいイメージのある関所ですが、日常生活の中ではそんなことが起こっているところを想像するとちょっと面白いですね。
二番目に大きな建物「足軽番所」
さて、大番所・上番休息所の向かい側にあるのが「足軽番所」です。
箱根関所内では二番目に大きな建物になります。京口御門や大番所・上番休息所同様、渋黒塗をほどこされた真っ黒な外観です。
ここは、足軽たちの控室でもあり夜は寝る場所でもありました。
足軽は日々関所の掃除や施設の点検・補修などを担当し、出女の改めが行われるときは門前に立ち旅人を立ち入り禁止しにて、見張る役目も行っていました。
足軽たちは2つのグループに分かれ月に2回交代していたそうです。
三つ道具建(みつどうぐだて)
足軽番所の入り口にある三つ道具建。
左から刺股(さすまた)・突棒(つくぼう)・袖搦(そでがらみ)という捕り物道具が立てられています。
獄屋(ごくや)
足軽番所の端には、関所破りなどの罪人を一時的に留め置くための、非常に頑丈な造りの獄屋があります。
井戸
足軽番所の裏手にある井戸で、山水を蓄え枯れることなく一定の水位を保っているそうです。
井戸は、このほかにも関所構内に2ヶ所あります。
土間
足軽番所の土間。
炊事道具のほかにも、六尺棒などの捕物道具が置かれています。
石段と遠見番所
発掘調査によって出土した江戸時代の踏み石をそのまま使用した階段で、この急な傾斜も当時のままを再現しています。
遠見番所は2階建てで、四方に大きく開かれた窓があり、2名の足軽が昼夜を問わず芦ノ湖や街道沿いを見張っていたそうです。
遠見番所まで石段を登っていくのはかなり大変ですが、素晴らしい眺望が目の前に広がるので天気のいい日はぜひ登ってみてください。
終わりに
関所通りの左右には、箱根関所の雰囲気に合わせた、黒塗りのクラシックな外観の蕎麦処・茶屋・土産物店などが並んでいます。
広々とした自然の景色が広がる芦ノ湖畔で、のんびりとタイムスリップした不思議な感覚を味わえる箱根関所。当時の人々を模したシルエット人形の表情が実に豊かで、なにやら会話が聞こえてくるようでした。
意外と見どころが多いので、箱根に訪れたらぜひ足を運んでみてください。
抱っこすれば愛犬連れもOK
こちらの「箱根関所」は「箱根関所資料館」(関所敷地内から江戸口御門を出たところ)と共にペット同伴OK!
愛犬は抱っこすれば、施設すべて一緒に見学できます。
箱根関所:9:00~17:00(12月~2月は16:30まで)
※入場は閉館の30分前まで
観覧料金
大人 500円(箱根フリーパス等、400円)
小人 250円(箱根フリーパス等、150円)
箱根関所 公式HP
https://www.hakonesekisyo.jp/index.html
文 : 撮影/桃配伝子 校正/草の実堂編集部
この記事へのコメントはありません。