キョンシーといえば、中国を代表する妖怪の一つである。
日本においても、1980年代後半に映画「霊幻道士」や「幽幻道士」がヒットし、瞬く間に知名度が飛躍的に上昇した。
しかしながら、キョンシーという言葉やその姿を見聞きしたことがある人は多いものの、その妖怪の由来や特徴について詳しく知る人は少ないのではないだろうか。
そこで今回は、キョンシーがどのような存在であり、その摩訶不思議な生態がどのように描かれてきたのかについて解説していく。
キョンシーとは何か?
そもそも「キョンシー」は日本独自の呼び名であり、本来の発音は「ジャンシー」「ゴェンスィー」などが近い。
漢字では「僵尸」と表記し、「僵」は倒れる・硬直する、「尸」は死体を意味する言葉である。
中国では古来より、人間の体内には「魂」と「魄」という、二つの気(エネルギー)が存在すると考えられてきた。
魂は精神を、魄は肉体をそれぞれ司る気であり、人間の死後、魂は天に昇り、魄は地に潜るとされた。
古代中国では、土葬が一般的な埋葬方法であった。
土に埋められた死体は時間とともに腐敗し、分解されて自然に還る…それが世の理である。
だが、何らかの原因で魂だけが天に昇り、魄が残ってしまった死体は、生前の姿を保ったまま腐敗しない状態を維持するという。
こういった死体のことを「伏屍(ふくし)」と呼ぶそうだ。
伏屍が長い年月をかけて土中の精気を摂り込み続けると、やがて生きているかのように動き出すことがある。
この状態の死体を「遊屍」と呼び、この遊屍こそが、キョンシーの正体であるというわけだ。
キョンシーは死後硬直が進んでおり、関節を曲げることができず、機敏な動きは不可能だと伝えられている。
(映画においてキョンシーがピョンピョンと跳ねるのは、この設定を反映してのことである)
だが、キョンシーはそれを補って余りある恐るべき怪力を有している。
鉄を粉々に砕き、クマのような猛獣ですら一瞬でミンチにしてしまうほどの力だ。
さらに、キョンシーは人食いの獰猛な怪物であり、一度狙われれば一般人では抗う術はない。捕まればその場で踊り食いにされ、命運は尽きてしまう。
そのため、キョンシーが出現した場合、ただちに妖怪退治の専門家である「道士」に討伐を依頼したのである。
キョンシー七変化!恐るべき形態変化について
中国は古来より、戦乱や虐殺が絶え間なく続いた歴史を持つ。
そうした大地では、死体が絶えず生じており、キョンシーの発生数もそれに比例して増加していった。
そのため、どれほど熟練した道士であっても、すべてのキョンシーを退治しきれるわけではなかった。
そうして生き残ったキョンシーの中には、長い年月をかけて、特殊な神通力を取得する個体もいたそうだ。
このようなキョンシーを「飛僵(ひきょう)」と言い、その名の通り、空を自在に飛ぶことができるとされる。
飛僵は空を飛ぶ以外にも様々な術を会得しており、雷に打たれても死なないタフネスさを誇るという。
その危険性は通常のキョンシーを遥かに上回っており、熟練の道士ですら手を焼く、非常に厄介な妖怪だといえる。
だが意外にも銃撃には弱いとされ、火縄銃があれば一般人でも撃退できたとされる。
詩人・袁枚(1716~1798年)の小説「子不語」によると、キョンシーには8つの階級があるとされ、飛僵はその中で5番目に位置するという。
飛僵がさらに途方もない年月をかけて力を蓄え続けると、やがて最強の存在である第8級キョンシー「不化骨」へと変じるとされる。
不化骨は殆ど不死身といえる存在であり、稲妻を操る「天雷」、内臓を焼き尽くす「陰火」、体中の穴という穴に入り込み内側から肉を溶かす「贔風」などといった、数々のおぞましい術を行使するそうだ。
こうなると、もはや並の道士では太刀打ちできないので、仙人や神仏に助力を求めるしかなかったという。
一方で、不化骨は「人間の骨が変化した、キョンシーとは関係のない妖怪」として解説されることもある。
この場合の不化骨は黒い玉のような形をしており、生きた人間に祟りをもたらす呪物のような存在だとされる。
他にもキョンシーの中には、干魃(かんばつ)を引き起こす神通力を持つ者が、ごく稀に現れるそうだ。
このようなキョンシーが長い年月を経ると、やがて全身の毛が金色に輝きだすという。
それから1000年後、突然の激しい雷とともに、この世の全てのキョンシーが消滅するが、金毛のキョンシーだけは唯一生き残る。
そしてこの金毛のキョンシーは、最終的に「犼(こう)」という幻獣へと生まれ変わるのだという。
犼は別名を「望天吼」と言い、その姿は犬によく似ているそうだ。
圧倒的な神通力とフィジカルを持つ怪物であり、口から火や煙を吐き出し、尿には血肉を腐らせる効能があるとされる。
その強さは、龍と互角の勝負を繰り広げ、虎も戦いを避けるほどだという。
(古来より中国では、龍と虎が最強の生物だと考えられてきた)
あまりにも強大で危険な存在であるため、神仏たちは犼を騎獣として飼いならし、人間に危害を加えぬよう抑制していたそうだ。
かの「西遊記」や「封神演義」においても、犼は神仏の乗り物として登場している。
それにしても人間の死体が幻獣に変容するとは、ポ〇モンもビックリの超進化と言わざるを得ない。
参考 : 『子不語』『ファンタジィ辞典』他
文 / 草の実堂編集部
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