大正&昭和

『呪いか、詐欺か』昭和に実在した“指切り村”の実態とは

画像:pixabay

九州・福岡県の北東部に位置する大任町(おおとうまち)は、現在では人口5000人に満たない静かな町である。

しかし、かつてこの地で、常識では考えられないような奇妙な出来事が続いた。

町内で、手足の指を失う事故が相次いで発生したのだ。

いずれも農作業や日常生活中の負傷とされていたが、件数があまりにも多かったため、近隣住民の間では「何かの祟りではないか」との噂が広まっていった。

こうして一時期、一見平和に見えた田舎町は、「指切り村」と揶揄されることもあった。※「村」は俗称であり実際には町。

今回は大任町の歴史と、この町で起きた奇妙な事件について掘り下げていこう。

かつては炭鉱で栄えた大任町

画像:大任町役場(2011年撮影) wiki c Muyo

福岡県田川郡にある大任町は、古くは宇佐神宮や英彦山を本所とする荘園の一部として発展した地域だ。

戦国時代には大友氏と大内氏の支配の狭間にあり、豊臣秀吉の九州征伐以後は本町付近が毛利氏の支配下におかれ、関ヶ原合戦の後には細川氏、続いて小笠原氏に支配されるようになった。

明治維新後は、この地域にあったいくつかの小規模な村が合併を繰り返し、明治22年に大任村となり、昭和35年の町制施行を経て大任町となった。

現在では人口5000人未満の小規模な町だが、石炭が主なエネルギー資源だった昭和前期までは、筑豊炭田の産炭地として繁栄した地域であった。

筑豊炭田は福岡県の北九州市や飯塚市など6市4郡にまたがる石炭の産地で、戦前には日本全国で採れた石炭の半分以上が筑豊炭田から掘り出されていたほどの、大規模な炭鉱地帯だった。

画像:三井田川炭鉱大煙突(田川市大字伊田・2007年撮影) wiki c M-MIx

当時の産炭業は給金の割が良く、羽振りの良い炭鉱夫たちが毎日町に金を落とすので、大任町も活気に溢れて景気が良かった。

しかし、昭和26年と昭和28年に発生した集中豪雨により、筑豊炭田の炭鉱のいくつかが立て続けに浸水し、さらには昭和30年代からエネルギー資源の主体が石炭から石油に移行していったことで、筑豊炭田は急速に衰退していく。

炭鉱の閉山にともない、筑豊では失職者が多く出た。
しかし離職者には国や自治体、企業から退職金や補償金が支払われたので、大任町の元炭鉱従事者や住民もすぐさま路頭に迷うことはなかったという。

中にはその大金といえる額の補償金を浪費して、自宅に芸者を呼んだり家族総出で海外旅行に行ったりなど、生活レベルに見合わない贅沢を満喫する者もいたという。

昭和51年には筑豊炭田最後の鉱山が閉山し、それまで炭鉱で働いていた多くの人々は新たな職を求めて大都市などへ移住していった。

一方で、移住せずに旧炭鉱住宅に住み続ける人々もおり、中には生活保護などの社会保障を受けながら地元に留まるケースも少なくなかった。

次から次へと起きる欠損事故

画像:pixabay

大任町で奇妙なケガ人が続出するようになったのは、昭和50年代のある日、1人の男性が農作業中に、刈払機で自らの足の指を切断してしまったことがきっかけだった。

この一件をきっかけに、町内で手や足の指を失う負傷者が次々と現れるようになる。

手足の指の欠損事故は特別珍しいものではないが、そう頻繁に起こるものでもない。ましてや小さな町の中で欠損事故が続出したので、近隣の人々は当然その事態を異様に感じたようだ。

大任町周辺の人々は、相次ぐ欠損事故は「何かの呪いや祟りではないか」と噂し合った。

しかし、こうした連続する身体欠損の背景にあったのは、迷信ではなかった。
昭和57年9月、大任町の水道係長を務める男性が、保険金詐欺の容疑で福岡県警に逮捕されたのである。

報道によれば、この男性はギャンブルで作った借金の返済に窮し、自らの左手人差し指を斧で切断。
傷害保険などで合計400万円以上の保険金を不正に受け取ったという容疑だった。

町の職員が逮捕されたこの事件は大々的に報道されたが、実はそれ以前の同年2月から、町内外で同様の保険金詐欺事件が相次いで発生していた。

逮捕されたのは、金融業者、暴力団関係者、さらには一般の主婦までを含む32人にのぼる。

つまり、大任町で相次いだ町民の身体欠損事故は、そのほとんどが保険金を不正受給するための故意の切断だったのである。

“指切り詐欺”の裏側にあった闇

画像:Klenkes von Ahoerstemeier wiki c 1971markus

自らの指を切断してまで金を得ようとする行為は、常識では理解しがたい。

しかし当時の報道によれば、この事件には複数のグループが関与しており、借金の督促を行う者、切断を勧める者、実際に身体を損傷させる手助けをする者など、役割分担がなされていたという。
組織的に動いていたグループは3〜4組に及んでいたとされる。

最初に草刈り機で足の指を切断してしまった男性の場合は、不注意から起きてしまった事故だったのだろう。

しかしこの方法を使えば、大金が手に入ることに気付いてしまった人々が、渡ってはいけない橋を渡ってしまったのだ。

人は、一度ぜいたくな暮らしを経験すると、その後に訪れる不自由な生活に強いストレスを感じやすくなるものだと言われている。

欠損詐欺に手を染めた人々は、一度手にした補償金や退職金による潤いをもう一度取り戻そうとして借金を重ね、返済に行き詰まるなかで、こうした行為に至ったと考えられる。

この集団的な保険金詐欺は、保険会社の調査と警察の捜査により次第に実態が明らかとなり、関係者の逮捕が相次いだことで収束へと向かった。

その後

画像:道の駅おおとう桜街道 wiki c アラツク

故意の身体欠損による保険金詐欺事件が終息した後も、大任町では昭和61年に当時の町長が執務中に射殺されたり、平成14年には町議会議長が銃撃を受けたのち、翌年に銃刀法違反で逮捕されるなど、混乱の影を抱えていた。

しかし平成22年には、子どもの遊び場や温泉施設を備えた大規模な「道の駅」が開業。また、町を流れる彦山川に自生するしじみの保護活動など、自然環境への配慮や観光資源の活用にも力が注がれている。

少子高齢化や人口減少、公共施設の情報公開といった課題を抱えながらも、「美しい花々と自然が魅力の町」を目指す取り組みが続けられている。

参考 :『怖い村の話』他
文 / 北森詩乃 校正 / 草の実堂編集部

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