ミイラといえば

画像 : ベルリン・エジプト博物館のエジプトのミイラ(2017)Yair Haklai CC BY-SA 4.0
ミイラと聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのはエジプトではないだろうか。
エジプトのミイラは保存状態の良さで知られ、当時としては高度な防腐技術が用いられていた。死後も魂が身体と結びついて存続すると考えられていたため、遺体の形を保つことが重視されたのである。
だが、ミイラはエジプトだけのものではない。
中国にもまた、驚くべき保存状態で発見されたミイラが存在する。しかもその方法は、乾燥を中心とするエジプトとは大きく異なる。
今回は、中国で出土した代表的な事例を取り上げ、その保存技術と歴史的背景を検証していきたい。
馬王堆の辛追夫人

画像 : 辛追の生前の姿の復元モデル(湖南省博物館の展示) public domain
中国のミイラを語るうえで、前漢の辛追(しんつい)は外せない存在である。
彼女は紀元前2世紀、長沙国丞相・利蒼の妻で、1972年に湖南省長沙の馬王堆1号墓から出土した。
長沙市東郊での工事中に偶然古代墓が発見され、その調査の中で姿を現したのである。
没後およそ2200年を経て発見されたその遺体は、考古学界に大きな衝撃を与えた。
辛追のミイラは、極めて良好な保存状態で知られる。皮膚には弾力があり、関節も一定程度動かすことができ、内臓もほぼ完全な形で残っていた。
髪やまつげも残り、今しがた眠りについたばかりのような状態だった。

画像 : 辛追夫人のミイラ 前漢時代 湖南省博物館 Public Domain.
一般にイメージされる乾燥したミイラとは異なり、湿潤状態を保ったまま保存されていたのである。
棺内には大量の液体が存在し、空気に触れると褐色に変化したという。
つまり、エジプトのミイラが内臓を摘出し、乾燥処理によって作られたのに対し、辛追は内臓を残したまま、密閉環境の中で保存されていたのである。
この保存状態は、墓の構造によるところが大きい。
棺は四重構造で密封され、墓室も外気が入りにくい設計になっていた。さらに棺の外側には厚い木炭層と白色粘土層が設けられ、湿度を一定に保ちつつ酸素の侵入を抑えていたとみられている。
このミイラは不腐の湿屍として注目を集め、「馬王堆女屍」として広く知られることになった。
辛追の例は、中国のミイラが単なる偶然ではなく、墓の設計や埋葬方法の総合によって生まれたものであることを示しているのである。
800年以上前の南宋時代のミイラ

画像 : 南宋時代の儀式風景(12世紀)Public Domain
2018年、江蘇省常州市で南宋時代のミイラが発掘された。
墓誌銘から名は季立之(き りつし)、享年52であったことが確認された。
南宋後期の地方エリート層に属する人物であったと考えられている。
解剖および画像診断の結果、動脈硬化などの疾患も見つかった。
注目すべきはその保存状態であり、外観のみならず、脳や内臓までが良好に保たれていたという。
発掘後、このミイラからは腐敗臭ではない強い芳香が感じられたことも話題となった。
研究チームは全身CT検査や解剖、古DNA解析、同位体分析、防腐材などの成分調査などを行った。
その結果、腸腔内に水銀と朱砂(しゅさ)が充填されていたことが判明した。

画像 : 朱砂(辰砂、英語: cinnabar)別名賢者の石、赤色硫化水銀、丹砂、朱砂、水銀朱などがある。日本では古来「丹(に)」と呼ばれた。JJ Harrison CC BY-SA 3.0
朱砂は硫化水銀を主成分とする赤色鉱物で、古来より顔料や儀礼用途に用いられてきた物質である。
季立之のミイラの例では、内臓を摘出することなく、消化管内部に水銀系物質を直接灌入するという方法が取られていた。
これはエジプトのように内臓を除去する方式とも、中世ヨーロッパの一部で見られる空洞処理とも異なる、東アジア独自の人工ミイラ化技術といえる。
また、動脈硬化に関わる遺伝的な素因があった可能性が示され、動物性タンパク質を多く摂取していた食生活も明らかになった。
そして強い芳香が感じられた理由であるが、分析の結果、遺体から龍涎香、龍脳香、没薬、乳香、沈香など、複数の高価な香料成分が検出された。
これらは海上交易を通じて流通したものであり、南宋期の香料貿易の広がりを示す証拠ともなった。
この事例からは、中国では時代ごとに異なる方法で遺体保存が行われていたことがうかがえる。同時に、富裕層が死後にも特別な処置を受けていた社会のあり方も浮かび上がってくる。
このようにミイラは単なる遺物ではなく、当時の医療知識、物質文化、交易網、そして死生観を映す資料でもあるのだ。
参考 :
『馬王堆簡帛』湖南省博物院公式サイト
Wang et al., 2026, “13th-century artificial mummy in China”, J. Genet. Genomics
文 / 草の実堂編集部
























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