大正&昭和

『111歳で死去』二・二六事件当日に警備にあたった元近衛兵の証言と戦争体験

2026年2月8日、静岡県磐田市の自宅で一人の男性が老衰により亡くなりました。

水野清隆さん。111歳。国内男性の最高齢者として知られた人物でした。

1914年(大正3年)に生まれ、大正、昭和、平成、令和という四つの時代を歩んだ水野さんの生涯には、昭和史の大きな転換点がいくつも重なり合っています。

今回は、近衛兵として経験した二・二六事件、日中戦争への出征、そしてフィリピン沖での輸送船撃沈など、水野さんが経験した激動の戦争史を振り返ります

近衛兵が見た二・二六事件

画像:軍部の発言力増大、日本のファシズム化・軍国主義化を決定づける転換点となった二・二六事件 public domain

水野さんが20歳で配属されたのは、近衛歩兵第三連隊でした。

近衛兵とは、天皇と皇居を直接守る任務を担う日本軍の精鋭部隊です。その任務の最中、水野さんは近代日本最大の軍事クーデターに遭遇したのです。

1936年(昭和11年)2月26日未明、陸軍の青年将校たちが約1500人の兵を率いて決起しました。
「国家改造」を掲げた将校たちは、首相官邸や警視庁などの政府中枢を占拠し、高橋是清蔵相や斎藤實内大臣ら天皇の側近を次々と殺害しています。

当時の岡田啓介首相も標的となりましたが、秘書官の松尾伝蔵が身代わりとなり、岡田首相は難を逃れました。

クーデターは4日後に鎮圧されましたが、この事件を境に軍部の政治的発言力は一気に強まっていきます。
穏健派の政治家が排除されたことで文民統制は形骸化し、日本は対外強硬路線へと突き進んでいったのです。

その朝、水野さんは何を見ていたのでしょうか。

昨年(2025年)に行われた取材によれば、水野さんは上司に叩き起こされ「反乱軍がくるかもしれんで、拳銃を持っていけ」と命じられたといいます。

何が起きているのか説明はなく、まず陸軍省の警備に走り、続いて皇居周辺の警備に就きました。反乱の全容を知ったのは、すべてが終わった後だったと水野さんは振り返っています。

教科書では数行で語られるこの事件は、現場にいた一兵士にとっては突然の混乱だったことが、この証言から伝わってきます。

日中戦争、そしてフィリピン沖の海へ

画像:日本に徹底抗戦した蒋介石 public domain

二・二六事件から3年後の1939年、日本は日中戦争の長期化に苦しんでいました。

戦争が始まった当初、日本軍は短期間で中国を屈服させるつもりでしたが、蔣介石率いる国民政府は首都を内陸の重慶に移して、徹底抗戦の構えを崩しませんでした。

重慶政府が持ちこたえられた大きな理由の一つが、「援蔣ルート」と呼ばれる国際的な補給路の存在です。

アメリカやイギリスなどの国々は、フランス領インドシナ(現在のベトナム)やビルマ(現在のミャンマー)を経由して、武器や物資を中国に送り続けていました。

日本にとって、この補給路を断つことが戦争を終わらせるための重要な課題でした。

水野さんはこの時期に近衛歩兵第一連隊に所属して、中国南部の戦線に送られています。

画像 : 近衛師団兵舎(1940年頃)public domain

当時、広東方面に展開していた日本軍は、1939年12月から1940年1月にかけて「翁英作戦」を実施していました。

水野さんが所属していた近衛歩兵第一連隊は、この時期、近衛混成旅団の一部として華南方面に展開しており、翁源・英徳方面への進攻作戦に関与していたとみられます。

しかし作戦の途中で、別方面の情勢が急変します。
日本軍が援蔣ルート遮断のために占領した広西省の南寧が、中国軍約15万人の大反攻を受けていたのです。

この事態を受け、華南方面に展開していた近衛部隊は作戦を切り上げ、広東から海路で南寧方面へ転進します。

そして1940年1月28日、「賓陽(ひんよう)作戦」に投入されました。
賓陽作戦とは、南寧周辺に展開する中国軍に対する反撃作戦です。

近衛混成旅団は山岳地帯を突破して東へ迂回し、中国軍の退路を遮断。2月2日には賓陽へ突入し、第18師団とともに二重包囲を完成させます。作戦は2月13日に終結しました。

中国軍の損害は甚大で、日本軍は戦死295、戦傷1307と報告されています。ただし、この勝利によって華南戦線の情勢が安定したわけではありませんでした。

南寧は確保されたものの、補給路は他方面へと転換され、戦略的意義は次第に薄れていきます。
そして同年11月、日本軍は南寧を放棄しました。

多大な犠牲を払った一連の作戦がもたらした戦略的意義は、限定的だったと考えられています。

水野さん自身がこれらの作戦について具体的に語った記録は確認されていませんが、部隊の行動記録に基づくと、水野さんも従軍していた可能性は高いと考えられます。

1941年12月に太平洋戦争が始まると、水野さんは満州で編成された部隊に転属し、博多を経由して南方へ向かいました。しかし、その輸送船はフィリピン沖で魚雷攻撃を受けて沈没します。

水野さんは海に飛び込み、漂流する竹の棒につかまって約4時間後に海軍の舟艇に救助されました。

たどり着いたのはインドネシアのセレベス島(現在のスラウェシ島)でしたが、武器も装備も海の底に沈んでおり、水野さんは「しばらく丸裸でいた」と語っています。

空襲のたびに防空壕を掘って逃げ込む日々を送るなかで、そのまま終戦を迎え、帰国したとき水野さんは31歳でした。

太平洋戦争中、日本の輸送船は米軍の潜水艦や航空機によって大量に沈められ、戦没した船員や兵士の数は数十万人に上るとされています。

水野さんはそこから生還した数少ない一人でした。

帰国、そして111年の幕引き

画像 : 近衛兵を務めていた20歳頃の水野清隆(1934年頃撮影)public domain

帰国後の水野さんは地元の磐田市で農業に就き、85歳頃まで長ネギや海老芋を育てて暮らしました。

長寿の秘訣を尋ねられると、「くよくよしないこと。ストレスをためんこと」と答えています。

二・二六事件から90年。あの朝の混乱を現場で体験した人は、もはやほとんど存在していないでしょう。

教科書や資料が伝える歴史と、現場にいた人間の記憶とは、同じ出来事であってもリアリティが違います。

二・二六事件から日中戦争、太平洋戦争までを生き抜いた111年。それは、日本の近現代史と重なる時間です。

戦争を実際に経験した世代は、いま静かに歴史の中へと去りつつあるのです。

(参考文献)
半藤一利(2025年)『新版 昭和史 戦前篇 1926-1945』平凡社
「〈日本最高齢男性111歳〉戦争は『いつまでも記憶しとくもんじゃないで』2・26事件、太平洋戦争も経験した111歳が”人生で一番楽しかった時代”」集英社オンライン、2025年7月13日
「〈日本最高齢男性111歳〉朝昼晩3食と2度のおやつが日課、ストレスをためない…111歳”超”高齢者の知られざる日常と長寿の秘訣」集英社オンライン、2025年7月13日
文 / 村上俊樹 校正 / 草の実堂編集部

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